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獣のテュラノス  作者: sajiro
ザルドゥ首都/狼王編
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彷徨

 黒い女のナスは動かなかった。

 頭を失くして活動不能になる。ナスシュも同じ運命にあるらしい。

 上空の天魔の動揺からしてもそれは間違いない。

 鼠の王は完全に存在を消したことになる。

 新野は口角を上げたまま、その天魔を見上げる。

「どうやらあんたが、鼠の王のテュラノスの姿のまま操ったのが幸いしたみたいだ。鼠の王のデカブツを相手にしていたらこんな風に簡単には済まなかった。ありがとよ」

「…………」

 新野は天魔の反応を尻目に自分の身体を探る。

 額のしるしは輝きを消したが、額になにかがある感覚は強く残っていた。

 青白い燐光を放つ腕甲を脚甲のほかに、普段と変化の無い衣服もどこか違う感覚を持っていた。

 数秒考えた後、新野の背後に黒い靄は発生し、それがずるりと空気を這って形を成す。

 冴龍の翼が背中に現れる。

 また同じように意識すると背後に大きく龍の尾が現れた。どれも新野の身体から生えているというよりもそこに現れた、という感覚。

 なるほどと心中頷く。

「想像を具現化ってのは本当らしい」

 おもむろに上げた片腕からずるっと靄が動き、それは瞬く間に空間に伸びた。

 はっきりとした形をもたない新野の腕につながった靄がブラウとロットにすり寄る。

 二人の鼓動をその靄越しに感じ新野は胸をなで下ろした。

 意識は無いが命に別状はなさそうだ。

 足元の黒い残骸を見下ろす。

(あんたそんなになっても、子どもを守りたかったのか?)

 しかし早く助け出して手当をしたい。

 新野は冷ややかに、宙に浮く敵を見つめた。

 天魔はその視線と冷たい気を受けて、忌々しく顔を歪めた。



 狼王と龍王は突如襲った感覚に目を合わせた。

 龍王は震える手で手の中の鼠を撫でる。

「チュンリーちゃん、ちょっとここで待っていてくれ」

 手の中から鼠を下ろして、龍王は踵を返す。

 沈黙する狼王の視線を背中に感じつつ。

「……君がしてほしかったようになったな、狼王」

 その声に明るさは一切なく、口を返すことを拒絶しているようだった。

「君は決断しろって言う、新野も決断をしなくてはって、言うんだ。でも僕には……難しい、ヒト一人救うこともできない僕には。ヒト一人を救いたいって思うのさえ苦しい僕には、全部が惜しいから、なにかをとりこぼすのは怖いから、決めて誰かが傷つくと思うと身がすくむ」

「後悔するぞ。決めるから、進めるはずだ」

「そうだね、でも決断なんてしてもしなくても後悔はする。だったらその都度、後悔が軽いほうに行くさ、僕は臆病者だからね」

 苦笑する獣の王の中の王に、狼王は舌打ちをした。

「夢を見るな龍王。お前は龍なんだ、お前が夢を見たって誰も救えない、大団円はこの世にありえない。殺すと救うが同義の時もある、それが今なんだ」

 怒りをぶつけるように暴れる言葉に、龍王はそれでもかぶりを振った。

「お前のテュラノスは決断して鼠の王を殺したぞ、それさえも否定するのか」

 龍王はひどく傷ついた顔をする。胸が痛んで仕方ないと苦痛を必死に抑えた少女に、男は一段と苛立たしさを感じる。

 この龍王が、何度同じ目に合っても何度も同じように、「双方の痛み」に哀しむ様が狼王にはひどく不快だった。

 新野が本当は嫌だけど二人の兄弟のために、自分のために、街のために、ナスシュを倒したことを、悲劇だと哀しむ。

 そしてその哀しみの中に、友人の死に直面している狼王に対する同情もある。それが一番狼王を苛立たせる。

「お前が神だったら俺も許しただろう。他人の哀しみに勝手に足をつっこんで、誰もが幸福になる夢想にふける。最強の平和主義者、その力で一体何度救える者を救ってこなかった。お前が殺していれば、救われた命がいくつあった」

 龍王が笑って許した加害者が、再犯をする。その再犯の犠牲者に龍王は泣いてわびる。

 何度も狼王はその背中を見てきた。

「何度、その失敗をする気なんだ」

「違う」

 狼王さえ面喰う即答だった。言った本人ですら目を丸くしていた。

「あー、いや……。違うよ狼王」

 恥ずかしそうにごまかし笑いをして龍王は頬をかいた。

「僕もまだわからないんだ。だから模索し続けってるっていうか、そんなすぐに答えが出ることじゃないから、だったらさっきも言ったように、後悔しないほうを選んでるだけで。まいったな、言葉が選べない……」

 目の前に殺気立った男がいるにも関わらず、龍王は顎に手をあてて唸った。

「うーん……、わかんないや。でも嫌だからなあ、やっぱり」

 そしてへらりといつもの笑いを出す。

「仲良くやっていこうぜ、同じ地上で生きるもの同士」

 まるでこんなに自分がいらいらしているのが馬鹿みたいに感じるような、気の抜けた脱力を誘う言い分。

 狼王は何度もこのやりとりをしていて、そしていつも彼の方がギブアップする。

「腹が立つやつだ……」

 ぎらぎらした瞳を向けられても龍王は笑いながら冷や汗をかくばかりだった。

 そして相手の怒りの矛先に気をつけながら、龍王はそろそろと駅に向かおうとする。

「お前が勝手にする分、俺達も勝手にするさ」

 獰猛な笑みをたたえて、狼王はその龍王を見送った。

 


 ホームは静謐に包まれていた。

 天井は大穴が開いているが、不思議なことにその分の瓦礫がどこにもない。

 そして空間いっぱいに広がっている、その綺麗な光に龍王は目を奪われていた。

 光は七色に輝き波打っている。大きく広がるその虹の翼の中心に新野がぽつんと立っていた。

 その足元には、瓦礫にめりこんだ女の姿。

 白いスーツは泥と鮮血に汚れきっていて、美しい金髪を散々に乱して女は半壊した地面に倒れていた。

 血の気のない頬に赤い血を飛沫を受けている新野は、龍王の気配に振り向いた。

 新野の瞳は橙に光り、瞳孔は針のように細い。

 装甲は青白い燐光に明滅し、衣服からのぞく首や頬などは黒い鱗に浸食されていた。

 新野は龍王を見つけ、ぽつりと言う。

「ごめんな……」

 虹の翼が霧散していく。

 新野は龍王に力なく歩み寄ってきた。その両足の軌跡には水晶が生え、割れていく。

「俺には誰かをタスケルことは、できないらしい……」

 そう言って乾いた笑いを発する。直後魂が出ていってしまうような溜息をついた新野の瞳から、一筋涙がこぼれた。

 それはすぐなかったことのように、宙に落ちて消えた。

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