レスト・イン・ピース
(俺は)
決断力も行動力もなくて、選択の機会に出会わないよういつものらりくらりと生きて。
それは誰かと衝突したくなかったから。
衝突しても自分の意思を押し通す自信もなかったから。
相手に自分の意見を曲げられるのが怖かったから。
人は時にそんな新野を優しいと評価する。
だけど今ならそれは、間違いだったと言える。
衝突して良かったんだ、相手を知るために、自分を知ってもらうために。
先延ばしにすればする程、結果は悪い方向になっていく。
選択を避けても一本道の人生はやってこない。
一人で孤独に生きていく覚悟もないのに、他人と衝突を避けて、ただ道は左右に揺れるばかり。
どこにもたどり着かないで、相手も自分も傷つける。
じくじく痛むくらいなら、最初に我慢してすっぱり痛みを取り除くべきなのだ。
選択する恐怖に立ち向かうべきだった。
(だから今度は選択しなくてはなんだ)
ロットの言葉を、白銀の女は鼻で笑った。
「やはり王の意思とは強いものですね。私の認識が甘かったようです。もっとも、私のナスシュへの支配力を弱めているのは、鼠の王の意志の強さだけではないようですが」
女は言ってニイノを睨みつけた。
「陰と陽のように、やはり我々龍の力は双方相反するもののようですね。冴龍は黒葵龍の末裔と聞きます、黒葵龍と白銀龍の一族は争いが絶えなかったとも。そういうわけもあるかもしれませんが……、まあ今の貴方にはあずかり知らないことですか」
嘆息して女は槍を握る手を降ろした。まるで武装を解いたように。
しかし開いた緑眼の輝きに劣りはなく、
「では少し本気を出させていただきます」
女は翼を開いた。白銀の羽根がさざめき波音を奏でるととともに、女の頭上に輪が発生する。
光輝く翼に燐光をともなった輪のかんむり。その姿は天上の使いのように煌びやかだ。
同様の輪が鼠の王の頭上にも表れる。
怪訝としていた王は直後動きを止める。
「王の意思となると、屈服にも時間がかかりますが……」
白銀の女の輪が強く明滅すると、後を追うように王の輪も光り、ついには同じリズムで点滅を繰り返す。
「インストール完了です。さあ、新たに目覚めなさい、影の王よ!」
王の輪がかき消えた。
青い髪がざわりと気配にそよぐ。
指先に力がこもり、ヒトの爪が徐々に鋭さを増していく。
眼球が、はしから墨に染まっていく。そして漆黒に塗り込まれた。
「親父!」
「母さ――」
声を上げたロットの真横を颶風が通り抜けた。
ごく簡単な動作だった。体当たりで鼠の王はブラウともども壁に突っ込んだ。
瓦礫の中から現れたのは腕の骨を折ったらしい母の姿だけ。
脱臼した肩を無造作に戻しながら女はまた地を蹴った。
とっさに大剣を盾にしようと身体の前に出したことは、素晴らしい反応だったといえるが、それでもロットも線路上にたたきつけられて、
「…………」
ニイノが反応もできない内に、二人は倒されてしまった。
崩れた瓦礫の中からブラウの片足が見えた。線路に倒れるロットの頭から血が溜まっていった。
たった数秒だ。
(ほら、やっぱり)
ニイノの内側で、肩を落してぼんやりとそう呟いた。
突如漆黒の麒麟は空気を震えさせるほどの甲高いいななきを放った。
前脚を振り上げ、どっと宙を走る。
駆ける、滑空する。
その身に包むように円錐状の水晶が瞬く間に形成されていく。
輝く断面に変わり果てた女性の顔が映った。
全く減速なく、ニイノはホームを駆けた。
標的からずいぶん離れて、ようやく減速。四肢がコンクリートを蹴るころには、水晶が砕け空気中に散っていく。
ホームには黒いヒト型のナスが一人立っていた。
それは首から上を失くしていた。
女のナスは力なく倒れた。
あとに残されたのは、目を見開き固まる白銀の女。
そしてホーム上にゆらりと立ち上がった、黒い男。
新野の額にはひし形の紋に広がる両翼――龍王のテュラノスのしるしがしっかりと輝いていた。
久方ぶりに見た、自分の人間の手の平はそのままだが、それを包むのは黒に青白い燐光を灯した黒龍の腕甲。
脚甲だけでなく、今や全身に冴龍の装甲を完成させた新野は、薄暗い空間で唯一輝く女を見上げた。
自らの手駒を一瞬にして倒された女は、憤りをなだめつつ新野を睨んでいる。
その視線を無表情に見捨てて、新野は続いて今さっき倒したナスに歩み寄った。
首から上をなくした真っ黒な女性。
白いワンピースも見えず、ただただ黒い。
新野は低く嗤う。
目だけはなんの感情もないまま、口端が上がる。
「これでいい。これで……いいんだ……」




