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獣のテュラノス  作者: sajiro
ザルドゥ首都/狼王編
48/147

VS鼠の王

 老人も子どもも、男も女のものもある。

 その幾重に重なった哄笑を無数の口から放ちながら、鼠の王は体毛を膨張させ威嚇する。

 哄笑は吹き出し、ニイノに真っ向から向かうが、宙を蹴り黒い獣はひらりとひらりとかわすばかり。

 鼠が苛立つように嗤いながらつめる距離をニイノは離す。

 翼が颶風を放ち羽ばたくたびに、空間に旋風が巻き起こり獣が空を疾駆する。

 鼠の王が繰り出す崩壊の笑い声は、不可視であるが一定の距離と方向にしかその影響を届けない。

 それを獣の勘かなにかで把握しているのか、四脚の獣はその距離を保ちつつ鼠の王に対峙していた。

 荒い息を吐き出しその鈍重な動きを止めた鼠は、複眼を辺り一体に動かす。

 足元には、その獣同士の戦いを見ている小さな生き物二体。

 青と赤の二人組に、ほかの複眼も集中する。

 鼠の王がひたりと動きを止めた。

 静謐は次に、破壊をもたらす。

 

 ロットとブラウは、見下ろしてくる異形の眼球たちに息を止めた。

 怪物の視界におさまっていることへの緊張、父であった存在への淡い期待。

 しかし次には、その期待を打ち砕く一撃が二人を襲う。

 巨大な石柱が二人の真横から薙いで来たような。

 その衝撃が襲う直前に間に割って入ったのは、

「ニイノ!」

 石柱のように感じたのは鼠の尾だった。

 プラスチック板を殴った時のようなどこか気が抜ける、そんな音が今は鼓膜を突き破るかというほどに響く。

 尾は進撃を阻まれて止まっている。

 それと押し合うのは薄い靄のような半透明の膜。

 半円状の膜を盾にしてニイノが立つ。

 それで止まらず尾が再び振りかぶる。その一旦退いた尾に寄り添うようにニイノが地を蹴っていた。

 初めて攻勢に転じた獣は、振りかぶった尾に向かって高々と前脚を上げた。

 空中で高く跳びあがったニイノはそのまま翼を風に叩き込み、前脚の一撃を尾に振り下ろす。

 突撃したニイノとともに尾は地面に直撃。

 爆音とともに長年の埃と土煙が強風とともに、荒波となって二人を襲う。

 飛ばされそうな衝撃に目を防護した二人に影が落ちる。

 宙で急停止したのはニイノだった。

 土煙の中爛々と輝く眼光は、鼠の王のもの。

 奥で上がる尾は中途で歪に折れ曲がっている。

 苦痛からか鼠の眼たちは怒りに見開かれていた。

 一瞬の交差とそのけた違いの威力に言葉を失っている二人の上空から、再び鼠の王の笑い声が降り注ぐ。

 身構えたニイノは薄い膜を屋根のごとく展開するが、ブラウのつま先近くの床が黒く変色していく。

 こぼれた雨のように襲い来る崩壊をニイノは確認して、その双眸が橙にきらりと光った。

 龍の額にテュラノスのしるしが強く発現する。

 両翼が大きく開かれ、ニイノは鳴いた。

 間延びした、鐘と鈴の中間の音がその口腔から流れる。

 聞いた者の心に夏風が吹くように思わせる鳴き声。

 その陽の咆哮に、鼠の王の陰の哄笑が一瞬だけかき消された。

 刹那、ニイノを中心として、氷が割れる音響とともにきらびやかな輝きが生まれる。

 青白い発光からどんどん増幅していくそれは、水晶。

 氷にも似たその透明な石が、四つ一瞬にして形成され、鼠の王に切先を向けた。

 鋭利に尖った、発光する水晶柱がたじろぐ影に飛来する!

 漆黒の巨躯に槍の刺突のごとく水晶が激突。

 皮膚と肉を食い破り、深々と刺さる。

 ニイノのしんと静まる瞳に直視されたまま、鼠の王は天に向かって盛大に悲鳴を上げた。

 水晶の輝きは失われ、脆い石となったそれは塵となって消える。

 あとに残るは無残に開いた大きな穴。

 血も流れない空洞を体に開けて、鼠の王は無数の口からよだれを吹き出し叫んでいた。

 哀れで醜い姿に二人の顔は青くなっていた。

 しかし同時に発生する疑問にブラウははっとする。

 今の攻撃を頭に行えば、おそらくナスシュは致命傷を受けたはずだ。

「こ、こいつまさか……」

 ブラウは怒りと笑いを混ぜ合わせた奇妙な表情で、静かにたたずむニイノを見た。

 この超常の獣は二人の親である相手を殺すこともなく、さりとて攻撃を受けるだけでもない。

 ブラウの知っている、ヒトの頃の新野の残った性質の部分に嬉しくなるような、しかし親である怪物を痛めつけることに怒りたくなるような。

 横では同じくロットもおかしな表情をしていた。

 そして二人は同時に上空の彼女を睨みつける。

 眼下で繰り広げられる戦いに溜息をつきながら、頬を染めて見守る白装の女を。

「いい加減にしろよてめえ……」

「こういうのが好きなら、仲良くできねえな」

 女はその二人の抑えきれないふつふつとした怒りのつぶやきを聞いたのか、まるで興味のなさそうな無関心の一瞥を投げた。

「鼠の王、なにをやっているのですか。もっともっと頑張らなければ敗北してしまいますよ。その時はこの街を――」

 女は温和な微笑みをたたえたまま長大な突撃槍を重たく持ち上げた。

「焦土にしてあげましょう」

 鼠の王は直後、哄笑ではなく雄叫びを上げた。

 老若男女の無数の叫びが重なって、空間を震えさせる。

 ムカデの足のように並ぶ鼠の足が、関節を増やし伸びていく。その分鼠の体が浮いていき、さらに巨大さを増した。

 這うような移動が、急激に速くなる。

 一足で離れていた距離がつまり、新野に無数の口が群がる。

 噛まれる直前で防護の膜がニイノを守る。

 しかし相手の力が強いのか、押し込まれニイノの足が地面に着いた。

 踏ん張る足元で床に亀裂が入る。

 鼠の王の咆哮は止まない。

 その光景に女の口角が上がり、愉悦に笑みが深まる。

 しかしすぐさま女は目を見開いた。

 背後の気配に振り向く。

 油断していた、わずかに遅い。眉間には既に両手剣が到達していた。

 ロットの両手剣が、完全に彼女の顔面を断ち破る、と確信した瞬間、強風が吹いた。

「?!」

 女から吹き上がった風がロットの体を嬲り、はじき出された直後、風は直角に曲がりロットは地面へと垂直に落ちる。

 その体が地面に突き当たる瞬間、ニイノの膜が彼の衝撃を受け止めた。

 女の集中がロットの強襲により切れた瞬間、鼠の王の力は弱まり、ニイノは再びロットとブラウのもとに駆け寄る。

 強襲が失敗に終わりロットは舌打ちする。

「惜しいなー! いい作戦だと思ったのにっ」

 ニイノの防護膜を宙に展開し、それを足場にして上空まで跳び上がった。

「もう少しでやれたよなあ、あれ!」

 悔しがりながらも、高みの見物をしていた相手に一矢報いたことでロットは楽しそうに口端を上げている。

 その表情に女は歯噛みした。

 冷静だった美貌に怒りが浮かび上がりかけたが、女は息を吐いてやり過ごす。

「鼠が二匹、邪魔ですね……!」 

 女は鼠の王に向かって怒号を上げた。

「ご退場願いなさい、腐敗の王よ! 愛する我が子を抱いてあげなさい!」

 女の命令には強力な支配力がある。毒が全身に伝うような苦痛にのたうちながら、鼠の王が複眼を二人に向ける。

 その視線をふさいで立つニイノ。

 しかし次の瞬間、

「いてっ」

 ロットが小さく声を上げた。

 ブラウも続けて、足首に小さく痛みを感じる。

 ロットは、肩の上に乗るその、今噛みついてきた存在を見て目を丸くした。

「デイボウ……」

 突き出た前歯だけが白く、それ以外は真っ黒に染まった鼠がいた。

 ブラウの足にも、見慣れた鼠が漆黒に変貌してとりついていた。

 ナスシュの感染力に負けた、小さなナスが二匹。

 その二匹に噛まれた今、二人も影の末路につくこととなる。

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