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獣のテュラノス  作者: sajiro
ザルドゥ首都/狼王編
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発覚

 金髪の女は薄暗い空間で、天井を見上げた。

「陰気なところですね。鼠の王らしいといえばらしいですが、これでは華やかさに欠ける」

 女の独り言に反応するように、鼠の王が重たく首を上げる。

 複眼が上空を一斉に見上げ、無数の小さな鼠の口たちが開いた。

 その口たちからそれぞれぶつぶつと呟く言葉が漏れ出すと、不協和音は空へのぼっていく。

 すると天井の材質が変わっていった。

 水が染みだすように、じわじわと黒く染まっていく。コンクリートの天井は錆びついたように固まり、やがて小さく欠けだす。

 粉雪が振り落ちるごとく天井が消えていく。

 黒い雪に覆われるホームの上に、曇天が広がった。

「残念ですね、あまり変わらない。ならば早く済ませて、家に帰りましょうか」

 女の細い指がニイノへと上がった。

 はじかれるように鼠の王の視線がニイノへと集中する。

 漆黒の龍の翼が全開となり、ニイノは真横に跳んだ。

 途端、直前までニイノの足場だったホームが黒く染まっていく。

 穏やかに崩壊していき瓦礫と化したホームを見て、ロットとブラウも息を飲んだ。

「さあ貴方の闇で、龍王のテュラノスを眠りに誘ってあげてください」

 陶然とした笑みを浮かべる女の望みに従い、鼠の王はニイノを追いかける。

 龍は鼠の王の視線につかまらないように辺りを跳びまわる。

 駅構内は鼠にかじられたチーズのように少しずつ穴だらけの姿へと変わっていった。

 反撃こそまだしないが、ニイノがいつ鼠の王を攻撃するかわからない。逆にいつニイノが影につかまり崩壊へと導かれるかわからない。

 二体のナスの間に入れないことにもどかしさを感じながら、ロットは歯噛みして金髪の女を見上げた。

「おいあんた! 高みの見物はよしてこっちで遊ぼうぜ!」

 女は向けられた声に冷ややかな視線を送る。

 ブラウとロットを緑眼におさめ、なんとその眼を潤ませた。

「――あ?」

 女の涙は演技には見えず、二人を当惑させる。

「私は悲劇を好みません。我が王が組んだシナリオといえど、悲しみをこらえきれない」

「なに言ってんだ?」

「鼠の王のご子息よ、退きなさい。貴方たちでは私に刃を向けることもできない」

 女の言葉に一瞬ぽかんとした後、ロットは吹き出した。直後大剣の切先を女に向ける。

「たいそうな自信だが、やってみなくちゃわかんねえこともこの世にはごまんとあるもんだぜ?」

 鉛色の輝きを見て、女は残念そうに眼を閉じた。

「無知であることは悲劇の序章を呼びます。貴方たちでは私を倒すことはできないし、龍王のテュラノスが鼠の王を倒すこともできない。それは最早決まっていることなのです」

 女の絶対的な自信に、ブラウは眉をひそめた。

「決まっていることだって?」

「そうです。王は王にのみ倒れ、テュラノスはテュラノスにしか倒せない」

「……は?」

 唖然とするロットの横で、それじゃあ、とブラウは目を見張った。

「お前もテュラノス?!」

 金髪の美女は、白布の麗しき男装で会釈をしてみせた。

「私は邪龍王のしもべ。白銀のテュラノス――貴方たちが虚偽の天魔、ドゥルジと呼ぶ者です」

 刹那、女の全身が白銀の輝きに包まれる。

 燦々たる輝きは形を変え、質量を増幅させる。

 空間一体を覆う目を奪う輝きが膨れ上がると、中から燦然たる翼が広がった。

 白い翼、羽毛の形をしながら硬質なそれは、涼やかな音を奏で羽ばたく。

 その美しい翼を背負い、金髪の女は白銀の甲冑を着て現れた。

 スーツ姿から大きく変わった大胆な露出と、見るものに溜息をつかせる壮麗な甲冑。片手には長大な突撃槍を握り、ドゥルジは女神のごとく温和な微笑みを浮かべる。

「我が王より授かりしこの白銀龍の因子がある限り、貴方たち凡夫の刃が私に届くことはないと思いなさい」




 龍王は耳に届いた小さな足音に上体を起こした。

 狼王と龍王の待機していたそばの瓦礫の隙間から、小さな鼠が顔を出す。

 そのメスの鼠を見て、狼王が名を呼んだ。

「チュンリー」

「あああ、狼王様、お久しぶりでちゅ! このたびは突然のご拝謁となりまして――」

「そういうのはいいから! どうかしたのお嬢さん?」

 龍王は高い声でチュンリーの言葉を遮り、その小さな体を手の平に乗せた。

 鼠はしきりに前足で顔を洗う動作をする。

「そうなんでちゅ! 大変なんでちゅ! ……あ、あの、ところであなたさまはどちらさまで?」

 つぶらな瞳に射抜かれて、龍王は人懐っこい笑みを浮かべた。

「初めまして、僕は龍王。狼王の知り合いにこんな可愛らしい子がいるなんて驚き」

 含みのある笑みを狼王に向ける横で、チュンリーは目を白黒させた。

「な、なんでちゅって! 貴方様がかの龍王……!」

「チュンリーちゃん、どうか驚かないで。ところでなにか急いでいたみたいだけど?」

「ああ! そうなんでちゅ、駅の中でブラウ様やロット様たちが大変なんでちゅ!」

 目をしばたかせて焦る鼠の背中を龍王は人差し指でさすった。

「ああ、ありがとうございまちゅ」

「ゆっくり話してごらん」

「はい……。我ら勇気の団は狼王様のご助言に従い、ナスシュを捜索していましたでちゅ。そして構内に見つけたところ、ブラウ様たちのお友達が……」

「新野か。僕のテュラノスだね」

「は、はい、そうみたいでちゅ。お友達様が現れまして、ナスだけどブラウ様たちをお守りしてくれて、……ああでも、今度こそダメでちゅ。どうかお助けください!」

 わっと泣き崩れる鼠の言葉に龍王は深刻な表情をする。

「ナスシュはブラウ様ロット様の母君、我らが鼠の王のテュラノス様の変わり果てたお姿でした! それが天魔が現れ、ナスシュは怪物に、鼠の王のお姿に! どうかお助けください!」

 その発言により、事態が深刻であることを確信して龍王は立ち上がった。

「行くのか?」

 しかし不敵な笑みがまたもその背中に問いかけた。

 龍王は手の中の鼠を見る。灰色の体中に擦り傷や打身が見られた。事態を伝えようと必死にここまで来たのだ。その意思に応えないでどうするというのか。

「鼠の王は、獣王である僕か君にしか倒すことはできないだろう?!」

 龍王の言葉に狼王は失笑した。

「それが唯一例外なのが龍王のテュラノスだろうが。テュラノスでありながら獣王すら倒す性能を持っている。知らないわけがないな?」

「そうだけど、天魔が出たのなら加勢が必要だ!」

「それでお前がいくのか? 龍王が、邪龍王のテュラノスである天魔を倒しに?」

 低い声は龍王を責めるように放たれ、龍王は息をつまらせた。

「ではお前は、また邪龍王と戦うと決めたんだな?」

 これまでにないくらいの真剣な表情で、狼王はまっすぐ龍王を見つめた。

 龍王の視線は、揺らぐ。

「二年前、お前は邪龍王の一団と戦った。俺達獣王とそのテュラノスを連れて。結果はどうだ」

 狼王は手を広げる。

 それはこの街のことを差していた。

 地上に大穴を穿ち、異界をひきずりこんで、混沌と化した街。

 目を見開き、呼吸も忘れた龍王に答えることはできない。

 代わりに狼王が言った。

「負けたんだ」

 空気は絶対零度と化す。

「幾人の獣王、テュラノスを道連れにして世界を捻じ曲げて。だがそれをまた繰り返そうとしている、お前は。性懲りもなく龍王のテュラノスを作り、邪龍王に目をつけられた。牽制の猪の王によってまんまと表舞台に立ち、こうして気が付けば戦いは始まっている。だが肝心のお前はどうだ? 覚悟もなく、誰彼かまわずまきこんで、その自覚もないままにまた戦おうとしてるぞ」

 狼王は激情を真紅の瞳にだけ宿して棒立ちする龍王を貫いた。

「決めろ、龍王。邪龍王と戦うと」

 息を吐き出し、龍王は冷や汗を流したまま、苦痛にゆがんだ声を出す。

「そうか、君はそうして欲しかったのか」

「鈍い奴め。その通りだ」

 狼王は口もとに笑みをたたえたまま、まばたきもせず怪しい輝きを双眸に落とした。

「この憎しみを晴らさなければならない、なぶり殺しではとうにすまない。邪龍王は、この世から抹殺しなければならないんだよ。そのためにはお前が必要だ」

 組んだ手は限界まで握り込まれ、血を流すほど。そこには考えられないほどの怨嗟が渦巻いている。

 その気にあてられて、龍王の手の中で鼠がとうに失神しているほど。

「それで新野を一人で向かわせたのか……」

「龍王のテュラノスは戦力になる。お前に任せていてはあいつはいつまでたっても蛆虫のままだ。それにお前は言うことができないだろう?」

 狼王から向けられた嘲笑に、龍王はうなだれた。

「獣王は、テュラノスを食うと」

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