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獣のテュラノス  作者: sajiro
ザルドゥ首都/狼王編
43/147

勇気の団

 その影に手を伸ばす。

 それはびくりと体を震わせるが、逃げ場所の無い彼がとる術はひとつしかない。

 ナスは獣人の手をうつむいたまま、じっと見つめていた。


「よし、ついてきてるついてきてる」

 後方数歩離れた距離を、漆黒のヒトガタがのそのそとついてくる。

 知り合いが変異したその影の手首とブラウの手首は、さっきの部屋で調達したビニールテープでつながっていた。一応はぐれないようにとのロットの案だが、それが自分の手首であることがブラウは今になっても納得がいっていない。

 後方を確認しつつ、ロットとブラウは階段を降りて小さな道先案内人の後を追った。

「おいデイボウ! ほんとにお前ナスの居場所がわかるのかあ?」

「合点ですロットの兄貴! さっきはちょいと危なかったですがね、任せてくださいよこの韋駄天のデイボウが、ちゃあんと兄貴を親玉のもとへお連れしやすって!」

「お前いっつも言うだけだもんなあ」

「そりゃあひどいですぜ!」

 ぴょんぴょん跳ねて憤慨を表現するのは、灰色の体に白い斑点のある鼠だった。

 この鼠、二人とは顔見知りの仲だが先刻の部屋で、唐突に机の影から現れたのである。

「いやあほんとびびりやしたぜ! ナスシュにつかまったと思ったら、マグカップに入れられて。そこのナス野郎……おっと兄貴のお友達でしたね、ナス友さんに食べられるかと思いやしたからね」

 かなりの命の危機を、からからと笑う楽天家な鼠だった。

「それでお前一匹だけじゃないんだろ、ここに潜ってるやつは」

 ブラウの問いに、鼠の尾はぴんと立った。

「へい旦那! 聞いて驚け見てびびれ、一番組長韋駄天のデイボウ率いるナスシュ偵察隊、全員この駅構内に潜伏中です!」

「よし集めろ。作戦会議だ!」

「作戦会議、なんて素敵なんでしょ! 了解合点承知の助でさあ!」

 デイボウは身軽に近くの壁に駆け寄ると、そこの壁と床の接着点に小さくある、人間はほぼ気づかない穴に鼻先を突っ込んだ。

「各員、こちら一番組長! 早急に集合されたし! 繰り返さないっ、早く来いやあ!」

 ふごふごと鼻息をこぼしながらそう告げる。

 すると微弱な揺れがデイボウの足に伝わってきて、

「組長お呼びですか!」

通路のあちこちの隙間から、鼠たちが集まってきた。

 それらは横一列にびしっと並ぶ。

「点呼!」

 組長の掛け声に並んだ七匹の鼠たちが従う。声に合わせて上げられた尾が綺麗に一列に掲げられた。

「我ら、勇気の団一番組! 最重要にて最も危険な任務に駆ける鼠なりー!」

 鼠たちは声を合わせてそう叫び、敬礼のごとく両耳を張った。

 ロットが称賛の拍手を起こす隣で、ブラウはやれやれと息をつく。

「お前ら状況わかってんのか」

「へい旦那、報告ですね?! それなら一番組紅一点のチュンリーからどうぞ!」

「いやちが……」

「チュンリー!」

「任せてくださいでちゅ!」

 桃色のペイントを片目に施した奇抜な鼠が、一歩前に出る。

「ナスシュは現在、旧東横線地下ホームに潜伏中でちゅ! 構内にはナスの姿はなく、ナスシュ一匹でちゅ、これは討伐の大チュンス! やるしかないっちゅ!」

 非常に興奮しているチュンリーの勢いにうんざりしつつ、ブラウは問い返す。

「その地下ってのはどんなとこなんだ」

「それが、地下ホームは建設中だったので、詳しいことはわかりませんちゅ……」

「わからない?」

「全体像はわかるんでちゅが、そのナスシュが潜伏する辺りは……。近寄ろうにも本当に何も見えない常闇の世界で……おそろしくって……」

 小さくなってがたがた震えるチュンリーの頭を組長らしくデイボウが鼻で撫でていた。

「ナスシュは普段は闇そのもの、行動する時のみ形を成す。そちらのナス友さんとはご歓談されているようだったんですがね」

「ご歓談ねえ……。どんな奴なんだ?」

「それが……、マグカップに入れられた恐怖であんまり覚えちゃいないのですがね、どうも女のような成りでしたよ。複眼が顔にびっしりだったが、髪の毛かなありゃ、ところどころ青いんですよ。真っ黒な女の成りに、なんと白い洋服を着ているようでした」

「服を着たナスか……。ニイノと話してたって?」

「おそらくは。いやあっしにはお互いに呻き声を上げているようにしか聞こえませんでしたが。いやはやなんともおそろしい。それが突然ナス友さんが苦しみ出して、そうその時にヒトの言葉を発していたっけ」

「デイボウお前、ヒューマンの言葉ちょっとわかってるだろ」

「へい。あれはね、アンタニンゲンジャナイノカ! ですね意味はわからんですぜ。まあそのおかげでこうしてナス友さんに食われずにすんだわけです」

 ひげをそよがせてデイボウは目を細める。

 聞いた話から想像するに、新野には対峙するナスシュを人間と見間違っていたようだ。

「こいつ、今自分がナスだってのも気がついてないのかねえ」

 ロットたちからは距離をとったところで、床にへたり込んでいる黒いヒト型を見ながら言った。

 その言うとおりのことだとしたら、今このナスの意識はいったい誰なのだろう。ロットとブラウのことを襲ってこないのだから、新野の意志が残っているとブラウは思いたいが。

「とにかくナスシュをぶっ倒す、それだけだ。そしたらニイノも元に戻るかもしれねえからな」

「そうそう! 場所がわかってりゃもう行くしかねえだろ! デイボウ連れてけよ、俺達を!」

「了解でさあ! 我ら勇気の団、お二方の為なら火の海だろうとお供いたしやすぜ!」

 組長の気合に続いて、団員たちも意気揚々と尾を振り上げた。

「出発進行!」

「合点だ!」

 ロットの晴れやかな号令に鼠たちが続く。

 その後ろでブラウが目頭をおさえこんでいた。

「ちょっと待て。作戦会議だっつってんだろ」




 点滅する電灯の下で、女はベッドに腰掛けていた。

 小さな一室は奇妙なつくりだった。

 大きな口に齧りとられた穴の中のような。

 ベッドと小さな机がひとつ置いてあるのみ。

 女は青い髪を垂らし、白いワンピースに身を包んでいる。

 机の上に倒れている写真たてを可憐な指先が立て直した。

 映る写真にはこの女と――少年が二人、幸せそうに笑顔を向けている。

 女はその写真の中の自分の顔を、指先でそっとなぞった。

「ついに来たようだよ、この時が」

 電灯がぷつりと消え、静寂と一緒に暗闇を持ち込む。

 部屋の一面は壁がなく吹き抜けで、その奥の闇に二つ、光が灯っている。

 それは鋭い、眼光だった。



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