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獣のテュラノス  作者: sajiro
ザルドゥ首都/狼王編
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教鞭2

 乱暴に落とされたそこはどこかの屋上だった。

「見ろ、新野」

 促されて目に映した光景に新野は絶句した。

 そこは首都の中央部分。

 ザルドゥ首都を半日散策した時にようやく知ったことだが、ここは元シブヤといってもそのままの姿を維持しているわけではなく、渋谷が異界ナハバルとごちゃごちゃにかき混ぜられた結果の土地なのだ。

 渋谷駅の地下道を抜けた先は、どこかが違うが渋谷風の街並みだった。

 病院を訪れた時新野ははじめそこを青山辺りかと推測したのだが、通りの名前は「旧スペイン坂」。

 ブラウとロットの住処アンファの近くには東急百貨店とロフトが並んで建っていた。

 本来近くないものが近くにあり、東にあったものが西にある。

 この街は混沌の只中にある。

 常識は通用しない。

 そしてもっとも顕著なものがこの首都の中心街だ。

 109と街は廃墟によって隔絶されている。双方をつなぐのは旧渋谷駅から入り込める地下鉄道。

 しかしその街のはずれにあるはずの旧渋谷駅が、この街の中心にもうひとつあるのだった。

 廃墟に残された、新野も通った渋谷駅は真ん中で分断されていた。

 外から見るとそこはまるで最初からその先など、無かったかのように綺麗な断面をさらしている。

 渋谷駅は異界と混ざり合う際に二つにすっぱりと分かれた、その半分は街の中心に設置された。

 そうとしか言えない。

 地上のホームを全て無事に残した状態の中心旧渋谷駅、そこに今はびこる影の化け物たちに、新野は絶句していた。

 ざっと数えて二十余体。

 徘徊しているそれらはヒト型もいれば動物型もいる。お互いになんの反応もなくナス同士はすれ違う。

「こんな集中してるなんて……」

「龍王は教えてくれなかったか?」

 見上げた先で、龍王はその光景に指を差す。

「旧駅を中心にうろついているだろう? おそらくあの中にナスシュがいる。あれらは兵隊だな」

 狼王は獲物を前に舌なめずりをする獣のように、獰猛な笑みを浮かべた。

「ナスは陰気な臭いがしてたまらん。ここ一帯に充満する気配に龍王が気が付かないわけがない」

「で、でも龍王は、俺に街のはじって……。いやあいつは、まずナスを全部倒そうとしたんだ」

「ナスシュがいる限りナスの感染はおさまらないとも言ってただろ?」

「そ、そうだけど……」

 口ごもる新野。狼王の言わんとするところがわかって、しかし納得ができずにぱくぱくと口を開閉する。

 その動揺を嘲り、なぶるような笑みで狼王は影を背負って嗤った。

「誘導されたんだ新野。お前は意図的に危険の少ないほう少ないほうへと連れていかれてる」

「だからそれが、なんでなんだよ!?」

 不可解だ。龍王がわかっていてナスシュを避けた意味がわからない。

 わからないと心中で三度呟いた時、新野は答えに行き着いた。

「い、いや……」

 わからなくはない。

 新野は龍王の気持ちがわかる、同意できる。

 龍王を慮り、ナスとの戦いに立っていた新野と同じ気持ちだったのだ。

「あいつが、龍王が……俺に優しいからか。俺を危険にさらさないためか」

「ご明察」

 くすくすと嗤いながら、狼王は新野の困惑を見守る。

「街の危機もわかってて、それでも俺とはじへ向かったのか、あいつは」

「そうだな」

「もしかしてここのナスになる前の奴らは、その間に襲われていたのかもしれない」

「そうだな」

「そんなのって……」

「混乱か? 落胆か? それとも幻滅か?」

 まるでそうなることを期待しているように狼王ははやすが、数秒固まっていた新野はやがて答える。

「いや、あの龍王だ。俺を街のはじでまいて、一人でナスシュを倒す気だったんだ。そうだ! それだ!」

 手を打ち納得に声を上げる様子に、狼王はごく小さく、新野が気が付かない程度に舌打ちをした。

「これだからテュラノスは……。無条件に信じるんだな、お前の王を」

「無条件じゃない。短い間でわかったことだ。龍王はそういうやつなんだ、ヒトを見捨てるような奴じゃないんだ」

「ああわかったわかった、それは大いにわかった。テュラノスは王を信奉する、どうしようもないくらいに。それはもうわかっていたんだ、確認しただけだ」

 こめかみに手をあてて、煩そうに手を振る狼王。

「それがあんたの言うテュラノスの性ってやつのことか?」

「ああそうだ。テュラノスになった時点で、お前はそういうモノに成り代わっている。王を認識し、自分がテュラノスであると自覚した今、王との距離が近ければ近いほどその信奉は濃厚なものになっていくだろうな」

「まるで俺の気持ちはまやかしのように言うんだな」

「だいたい合ってるぞ。そのまやかしを本物にするまで時間はかかるだろうが、まあ無理な話じゃない。安心しろ」

 反論してやりたいが、この男に歯向かうなど命がいくつあっても足りないことはわかっている。

 そんな相手が今隣にいることは、新野にとっては幸運なことだ。

「まあいい、俺にとっちゃ龍王がいないのは好都合だ。さあ行こう、必要かはわかんねえけど、足はひっぱらないようにする」

「なんのことだ?」

「……ナスシュを倒すんだろ?」

 きょとん顔に、声を荒げそうになったがすんでで抑える。

「ああ、そうか」

 言われてようやく合点がいったかのように、狼王は手を叩いた。続けてからからと笑う。

「それはお前に任せる」

「……は?」

「ん? 不満なのか?」

「そうじゃなくて……。あんたが倒すんじゃないのか? 街を守るんだろう、そういう約束なんだろう?」

 新野の放った、約束という単語に、狼王は反応をした。

「誰に聞いた? いやあいつしかいないか。お前の王様しか」

 半ば後悔しながら、新野は押し黙る。

「別に、詳しくは知らない」

「そうだろうな、あいつが詳しく知らないんだから。まあそれはともかく、お前は早くナスシュを倒しに行ったほうがいい」

「だからそれはあんたが……」

「おいおい無駄話に時間を割いている場合か?」

「?」

 にやにやとする狼王の視線が下がる。それにつられて新野はようやく、自分に降りかかっている状況を知った。

 自身の右手の甲に小さな裂傷があった。

「ま、まさか……」

 自分の中の冷静な部分が答える。そのまさかだと。

 新野は黒い薄手の指出しグローブをしていたが、右手のそれをめくる。

 そこは真っ黒に染まっていた。

 黒い生地をめくったはずなのに、まだ黒い。

 自分の皮膚が黒く染まっている。

「こ、これ……!」

「黒化が始まっているんだよ。小さい傷だから進行は遅いが、半日もしたらお前もあれらの仲間入りだな」

 見下ろした先で、ヒト型のナスが倒れていた。

 仰向けに倒れたそれは、そのままの姿勢で立ち上がる。手足を四肢のように張り、腹をアーチ状に沿って。そしてそのまま関節も骨格も無視して、歩き出す。

 異様だ。化け物だ。

(俺も、こうなるのか?)

 その時訪れたのは、恐怖以上に、

「ナスシュを倒せ新野。どのみちそれしかお前に道はない」

戦いへの迷いを払しょくする、殺意と呼ぶような感情だった。

「さあさあ早くしないと、お前も化け物の仲間入りだ」

「ナスシュ……!」

 旧駅のよどんだ空気を視界に納め、新野はその右手を強く握り込んだ。 

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