表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獣のテュラノス  作者: sajiro
ザルドゥ首都/狼王編
37/147

教鞭1

「五体目!」

 漆黒の頭を踏み潰して、新野は怒号をあげる。

 息はあがっているがすぐに回復する。

 残されるのは元はただの生き物だった、化け物。

 五体目はヒトではなかった。街の住人だろう、二足歩行で人間の子どもくらい大きいが猫である。

 愛らしかったはずの顔いっぱいに複眼が並び、開いた口から長い舌が垂れていた。今はその顔は無残に潰れている。

 新野はその死骸を見つめる。

 瞬きもせず、息を荒く吐いて。

 自分の呼吸音だげが響く。

「新野!」

 はっと我に返った。気が付けば龍王が新野の両頬をその手で包んでいる。

 焦点が合ったのを確認してから、その手はそっと離された。橙の瞳は依然厳しいまなざしで新野を見上げる。

「だい、大丈夫だ」

 心配されまいと言ったが、明らかにかんでしまった。どうにも嘘が下手くそだ、と内心唇を噛む。

 新野はわかっている。龍王がナスを倒すことに心を痛めていることに。新野と全く同じ気持ちであることに。

 だから尚更龍王にナスの相手をさせることはできない。

 ここは意地でも、自分の心を殺してでも戦うべきだ。

 それがどんなに自分のなにかが壊れていく行為でも。

 動物だったものを倒した時、言い聞かせた。

 これは猫じゃない、俺は猫を殺していない。怪物は殺していい、大丈夫だ、と。

 だがどうしても心からなにかがこぼれていく。もう拾うことができないそれは、「偽善」だろうか、大切なものでなければいいが。

 建物の向こうには森が見えていた。

 もともと住宅が点々としかない範囲だ、人影も見当たらない。

「ここから街中へ向かって掃除していけばいいわけだよな」

 そう告げる新野の顔は口元がゆるんでいた。なのにそれ以外は無表情。感情が浮かんでいない。

 龍王は少し悲しそうな顔をするが、新野はそれに気が付かない。

「新野、少し休んだらいい。ここらへんなら誰もいない、僕が見て回ってくる」

「いやいい。疲れてない」

「まあまあいいから! 座ってろって!」

 少女は無理矢理新野の肩を押して、近くのベンチに向かわせようとする。

「ほんとにいいって! 離せ……ってかどんだけ怪力だお前は! いでででで、肩壊れる!」

「ご、ごめん!」

 あわてて離した隙に、新野は強く地を蹴った。

 壁面を脚甲のつま先で蹴って、あっという間に四角い五階建ての屋上まであがる。

 龍王が驚いた様子で見上げてくる。

「ここから探してみる!」

「ま、待てよ。僕も行くから!」

 龍王は橙の髪を揺らして建物の入り口へとまわっていった。

 強めの風が新野の顔にぶつかる。

 それほど高さのある建物ではないが、近辺を見回すだけなら十分だ。

 コンテナが乱立する向こうには109が建っている。

 その塔を見ていたら、近づいてくる影があった。まばたきよりも速く向かってくる。

 とっさに身を固めるがその暴風は一瞬で新野の背後にまわった。

「――ッ!」

 半分振り返る新野の真横に、赤い舌がねっとりと見える。それとらんぐいの牙。

 肉食獣の口だ、それがかっ開いて新野の顔面に迫っている。

 刹那、その口は新野の視界からかき消えた。

 肉と骨がコンクリートに叩きつけられる壮絶な音が聞こえる。

「いくらか倒して慢心でもついたか、新野」

「あ、あんた……」

 呆然と見るそこでは、床に倒れるナス化した狼の化け物、その頭を踏み潰している男の姿だった。

 狼王は、新野に背中を向けたままもう一度踏みつける。ナスの頭が壊れる様は、果物が落ちて破裂する様と酷似していた。

 完全に沈黙した狼ナスの遺骸から足を上げた男は、じろりと新野をねめつける。

 その睨みに新野は背筋を正した。受けた殺気が悪寒となって全身を駆け上る。

 危機に反応して、新野の両足に冴龍の脚甲が出現する。

 それを見て狼王はぱっと殺気を霧散させた。

「少しは成長したみたいだな、龍王のテュラノス」

「…………」

 唐突に普段のくだけた様子になる彼の真意が読めず、新野は身構えたまま冷や汗を流す。

 そんな様子を狼王は笑い飛ばした。

「だがお前全然使いこなせていないようだな」

「そうかな? あんたから逃げるくらいはできそうだけど」

「……試すか?」

 再びぶつけられる気配に総毛立つ。しかしすぐさまそれは解除された。

「まあ使い方はおいおいわかる。自分で学ぶしかない、間違ってもお前の王を頼りにしないことだ」

 新野は答えないながらも表情に感情が出ていた。

「不満そうだな?」

 図星。固い表情のまま黙る。

「のん気でわがままなお前の主に任せていたら、お前はいつまでたってもロットやブラウにも勝てない」

「ひとの王の悪口はいただけないな……」

 狼王の言い分に無性に腹が立ち、低い声で威嚇する。絶対に敵わない相手とわかっていても。

 その新野の業腹な態度を狼王は一笑に付す。

「テュラノスの性にとらわれてばかりだと命を落とすぞ。喧嘩を売るなら相手を選べ」

「性……?」

「出会ったばかりのあんな小娘に、なんでそこまで心酔できる? 出会って数日の仲になんで信頼があると思う? お前は龍王の何を知っている?」

 答えられない。なにも答えることができなくて、新野は目を見開いた。

「テュラノスは獣王の隷属だ。間違っても主に離反することがない忠実な僕。お前は生き返らせてもらったかわりに主に尽くす運命にある」

「り、龍王は、いい奴だ……」

「だからそれがどうしてそう思うのか、考えたことはないのか?」

「それ、は……」

「王が近くにいればいるほど、テュラノスは無条件で王を信奉する。そういうものなんだ、そうできている」

 愕然とした。信じられない言葉だが、確かにそうだと思うこともできる。

 狼王が顔を上げる。

「少し話すか新野、ここじゃあいつが邪魔だな」

 固まる新野のフードをつかんで狼王はいとも簡単に跳んだ。

 抵抗を忘れていた新野は、屋上から離れる一瞬、現れた龍王の驚きの顔を小さく見た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ