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獣のテュラノス  作者: sajiro
ザルドゥ首都/狼王編
36/147

約束の名のもとに

「ほら、もう逃げるとこないだろうが、こっちに来い……」

 表面上だけの笑みを口元に作って、ロットは対象に向かって猫なで声で手招きをした。

 その指先では震えるフェレットがいた。

 ロットの腕一本の幅しかない隙間に入り込み、その動物は籠城を決め込んでいる。

 必死に隙間に腕を伸ばすロットの後ろ姿を眺めて、ブラウは大仰に溜息をつく。

「まったく。わたしの宝石を探してきて、なんて依頼だから金持ちかと思ったのに、イタチかよ」

「おいいい加減に……あ、痛ェ! 噛まれた!」

 見ろ、と言わんばかりに小さな傷がある中指を見せてくる。

 そのくだらなさにブラウは素直に顔をしかめた。

「こんなことならニイノを連れてくるんだった」

「説得するのか、名案だなそれ!」

「今さらかよ……。お前が追いかけまわすから、びびっちゃって出てくる気配はないし、ニイノを呼んできたほうが早そうだ」

 迷いフェレットが逃げ込んだのは、依頼主の家の近く、薄暗い路地裏だった。

 その路地裏から通りのほうへ目を向けた二人の視界に、走るヒトの姿がうつる。

 それが一人や二人から始まり、やがて大勢の人波が通過していくのを見る。

「またなんかあったのか」

「相変わらずうるせえことだな、……いやなんか、違くないか?」

 だんだんと状況の不審さに気が付いて、ロットも立ち上がる。

 その隙にフェレットが隙間から飛び出していったが、既に二人の関心は街の騒ぎへと向いていた。

 路地裏から走り去るフェレットと交差して、青いリボンをつけた鼠が一匹そんな彼らに走り寄っていった。



 小柄なナスが正面から向かってくるのを、地を蹴った新野は身をかわして前進しながら回避する。

 すれ違いざまに空中で膝を曲げ、ナスの後頭部を全力で蹴った。

 反動をそのままに、家屋の壁面に両足で着地する。

 冴龍の脚甲が壁にひびを入れる。

 地面に降り立ち顔を上げれば、後頭部を陥没させたナスの体は四肢を放り出して倒れていた。

 荒い息をおさめつつ、そのナスを見下ろす。

 元はまだ青年だったのだろうか、体格からは想像できるが年齢や外見などはわからない。

 人間だった頃の面影は全て抹消されている。

 肩で息をしつつ、後味の悪さに舌打ちをした。

「いったい何体いやがるんだ」

 このナスで既に四体目だった。通りから住民の姿はあらかた消えたことが幸いだが、呑気な見物客やナスに立ち向かおうとする無謀な輩までなにかと外に残る者もいる。

「ナス予備軍はいくらでもいるってことだろ……?」

「ナスシュを撃退しない限り終わりはないからな」

 辺りを見回ってきた龍王に新野は振り返る。

「もっと森に近い市街地に行ってみよう。ナスと接触して傷を負ったヒトが第一感染者なんだ、近いほうがナスのいる可能性も高いかも」

 目的の方角を指差す龍王の横で、新野は苛立ちに奥歯を噛んでいた。

「そもそもこんな時に狼はなにをやってるんだ? 自治に興味はなくともナスから街は守るヌシなはずだろ」

「大丈夫、動いているよ」

「なにが大丈夫なんだよ、なんだよその確信は」

 龍王の微笑みに納得できず、新野の声はとげとげしくなる。しかし龍王はまだ笑った。

「狼王はこの街を守る、それだけは外さない。いい加減で気分屋でだらしがないけれど、それだけはやってくれるんだ」

「めちゃくちゃ悪口に聞こえたよ今の」

「あれ?! おかしいな……」

 歩き始めた龍王に従いながら、新野は狼王の印象があながち間違っていないことを認識する。

「でもそんなでもさ、あの人が強いのはわかるよ、俺でも」

「うん。だから大丈夫なんだ」

「でもなんかなあ、今いちそんな信じられないね。この街なんてどうでもよさそうに見えるんだよ。109さえ無事ならって考えてそうだ」

 狼に信頼されているのは見てとれたが、街との交流があるようには見えなかった。

 新野の意見に龍王は吹き出した。しばらく笑ったあとに、訂正をする。

「それは違うよ新野。彼はこの首都を守る存在だ」

「絶対、みたいな言い方だな」

「絶対だよ。彼は約束しているんだ、この街をどんな脅威からも守るって」

「約束? あの人が約束を守るようにはますます見えないんだけど……そんな大仰な約束をしてるのか」

「そうだよ。先代の、首都のヌシとの約束なんだ」

 龍王の嬉しそうな、それでいて寂しそうな横顔を新野は見ていた。



 同時刻。狼の寝床と化したシブヤ109の玄関口では、狼数頭が集合していた。

 その中心で闇色の巨体が自慢の狼、ジャイアントが面々を睥睨する。

「ナスシュが街に入った今、森の影どもを殲滅する!」

 号令に狼たちは高揚した声をあげるが、一頭の小柄な狼はおずおずと問うた。

「街のナスどもはどうされるのでしょう、それにナスシュは……?」

 もっともな問いに集団に動揺が走り、ジャイアントの返答に注意が集中した。

 それをものともせず堂々と黒狼は鼻づらに皺を寄せ唸りを発する。

「そちらには我らが王が既に出陣なさっている。無用な心配など貴様に必要はないぞ」

 狼たちは一様に身を小さくし、自分たちの心配を恥じる。

 その集団に喝を入れるように、ジャイアントは吠えて森へと飛び出して行く。

「同胞よ、続け! 殲滅が早く済めば王の横で戦う機会があるやもしれぬぞ!」

「おお! そりゃあ急がねえとなあ!」

「一番牙は俺がいただこう!」

 はしゃぐように飛び跳ねながら、その小隊は森の中へと入っていった。

 109の最上階からその光景を見下ろしていた白狼、ブランカの背中に声がかかる。

「北が出ました。続いて我らも南の森に出ます」

「そう。くれぐれも気をつけなさい」

「了解いたしました」

 黄色の体毛をした狼、イエロウは階を降りていった。

 そして残されたブランカは街の方へと目を向ける。

 不在の主の身を案じた。

 階の奥では青銅色の巨大な狼がいつもと同じように伏せている。

 眠っているのかその狼の眼は閉じていた。

 ブランカは小さく息をついて、その狼に寄り添うかたちで自らも伏せた。

「狼王、あなたはこの街を守る。なんとしても。しかしあなたにナスシュが倒せるとは、思えないわ……」

 しんと静まりかえる部屋に、ブランカの小さな呟きだけが落ちた。 

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