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獣のテュラノス  作者: sajiro
ザルドゥ首都/狼王編
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第一の装甲

 俺がやる、と啖呵を切ったところで、新野はこめかみに冷や汗をかいていた。

 戦う方法など思いつきもしないし、たちまわれるのかすら怪しい。

 相手は獣だ。まだこちらの様子をうかがい、じりじりと距離をはかるように動いているだけだが、動き始めれば身がすくむほどのスピードになる。

 対する自分は、まだスペックすら判然としていない。

 自分自身ですらわからないのだ、自分がどれだけ早く動けたり跳んだりすることができるのか。

 思考をなんとか回転させたくても、戦闘経験の乏しい新野にはなにを考えたらいいのかすらわからなかった。

 その強張る体に龍王が大きな声をかける。

「リラックスリラックス!」

「うわあびっくりした! でけえよ声が!」

「新野、今の君の武器を教えよう!」

「?!」

 耳をそばだてる。

「想像力だ」

「……は?」

 目が点になりそうなくらいに唖然とした新野の隙を、怪物は見逃さなかった。

 巨大な口を限界まで開き、四肢で蹴り出す。ピンボールのごとく跳ね出した、それを激突の直前で気が付き新野は小さく叫んで回避した。

 屋上の床を転げる新野に向かい、怪物は間断なく襲い掛かる。

「新野!」

「来るな馬鹿!」

 助け船を出そうとする龍王を罵倒し、新野は走り出す。

 蛙のように跳ねて追ってくるナスの足は速い。すぐさま屋上の端まで追いつめられ舌打ちする。

(武器、武器だ、今回は武器がない!)

 猪との戦場ではダガーがあった。たとえ小さなひとふりだったとしても、手ぶらとは雲泥の差だ。

 屋上には武器になりそうなものはひとつとして落ちていない。

 森で初めてナスと遭遇した時とは違い、敵の動きは目で追え、かろうじて避けることもできる。テュラノスの体になり以前よりも強靭なものとなったのか、たいして疲れも感じない。

 しかし逃げているばかりでは絶対に倒すことはできない。

 ましてこの怪物がいつまでも逃げ回る新野を狙い続ける確証もない。

 逃げられたらその時点で負けだ。身軽な化け物を追う手立てがないのだから。

(ここで倒すんだ。どうする! どうする!?)

 跳びかかってきたナスの横をすり抜ける。その時偶然にも怪物が着地に失敗し足を滑らせた。

 敵の横腹がさらけ出される。

 考える暇などない、その開いた腹に向かって新野は蹴りをくり出そうとした、

「ぐっ!」

が、その足首を漆黒の手がつかみ取る。

「こいつ、わざと?!」

 そのまま強い力で足を引かれ、新野の体は放り出されそうになる。

 倒れたら、この化け物は容赦なく上からおさえつけ新野を噛み砕くだろう。

「そんなんごめんだ!」

 無我夢中でつかまれた手を払おうと足を振った。

 刹那、怪物の体がぶわりと宙に浮き、手は振りほどかれ数メートル先へと投げ出される。

 自分でやっておきながら一瞬理解できなかった。

 トラックの運転手を救出した時と同じだ、驚くべき脚力。

 これがテュラノスの力の一端なのだろうか。

(想像力って、どういう意味だ? いや意味はわかる。わかるけど……)

 ナスが身を起こす。背中をしたたかに打ったためにぎこちない動きだ。

 新野は必死に思い出した。

 飛燕の王のテュラノス、鹿の王のテュラノス、その者たちの能力らしき姿のことを。

 すると額に熱を感じる。

 この感覚は覚えていた。全身の力がみなぎるような震える感覚。

 額にひし形の光が灯る。そのひし形から広がる両翼の文様。龍王のテュラノスのしるし。

 神子の背中にあった翼、その翼から現れる光や燕たちのように。

 眼鏡の男が従えていた白い靄が、何物をも貫く雷撃の鹿角へとなっていたように。

 新野の漆黒の衣装がぞろりと蠢き姿を変えていく。

 その感覚に後押しされるように、新野はまっすぐに地を蹴った。

 一足でナスとの距離をつめる。

 急速に接近した新野にナスの複眼が驚愕し、一斉に集中した。

 その無数のレンズに新野の両足が映り込む。

「だらあっ!!」

 両足をそろえての渾身の蹴りが、ナスの顔面にめりこむ。

 まともにくらって、影の化け物は吹き飛ばされた。

 龍王の横の、出入口の壁にそのまま激突する。

 受け身もとれず床にしりもちをついた新野は、呆然と自身の足を見た。

 滑らかな輝きを放つ、漆黒の脚甲が両足を覆っていた。膝から下を鋼に似た、それよりも密度のある奇妙な金属の装身具がいつの間にか装着されている。

 その輝きは龍の鱗を彷彿とさせる。

 そして驚くべきことにその脚甲は靄のように形を崩し、もともと履いていた黒のブーツへと戻った。

「こ、これってもしかして俺が出した、のか……? いや、今はそれよりも!」

 嬉しそうに口元をほころばせかけた新野だったが、すぐ意識をナスへと戻す。

 しかしそこには、陥没した壁面にひしゃげた頭蓋をさらす異形の死骸があるだけだった。

 血も出ていない。もう修復できない人形のようなそれは沈黙していた。

 その死骸に歩み寄る新野の顔は、けして晴れ晴れしいものではなかった。


 屋上の端から見下ろした街並は騒然としていた。

 人々はてんでばらばらに騒ぎながら走っている。その光景を見る限り、何体ものナスが各地に出現しているようだった。

 混乱の極みを視界におさめながら、新野は焦りに歯を噛みしめる。

「えらい騒ぎだ、どうする?」

「ナスを止めながら、ナスシュを探す。街の中にナスシュがいる限り感染は止められない」

 横に並んだ少女はグローブをはめ直している。新野に異論はない。

 龍王は新野の足を指差した。

「さっきのが君の能力のほんの一部だ。君は今『冴龍ごりゅう』の装甲を創造できる」

「冴龍?」

「僕のことさ、新野」

 少女は胸に手をあて微笑みを浮かべた。

「僕は冴龍という種族だ。僕の姿を見たことがあるからこそ、新野は想像でき、そこから君の力が創造される。テュラノスは自らの獣王に関する想像を具現化することができるんだ」

「想像を具現化……」

「さっき跳ぼうと思ったのだろう? それを叶え、自分の体を武器にして、冴龍の姿で具現化したんだ。君の想像によって、きっともっと成長させられるはずだ」

「成長、か」

 本当に自分にそんな力があるのか、実感がいまいち湧かない。

 しかしその二文字がもたらす期待感は本物だった。

 額のしるしを意識する。そして先刻のようにイメージを働かせる。

 直後両足を覆う、冴龍の脚甲が現実に現れる。

 それはどうやら使用する瞬間にしか現れないようだ。

 現れさえすれば、素晴らしい脚力を新野に与えてくれる。

 新野は龍王の手をとった。

「行くぞ!」

 そのまま屋上の縁を蹴り、宙へと跳んだ。

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