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獣のテュラノス  作者: sajiro
ザルドゥ首都/狼王編
33/147

街中フリークス

 ロットの言葉を問い詰めることを新野は躊躇していた。

 とても気軽に聞ける話題ではない。しかしどういうことだ、この街に両親が殺された、なんて。

 迷っていると唐突に電話のベルが鳴った。

 壁掛けのそれをロットは取り上げる。

「はい~」

 のんびり取った受話器の先では大きな声が漏れていた。

「うるせえな、なに言ってるかわかんねえよ」

 そのまま切ろうとする。新野が止める前に、タイミング良く降りてきたブラウがロットの頭を殴り制した。

「いてえ!」

「切るな馬鹿! 貸せ!」

 ロットから受話器を奪い、ブラウが電話先と話を続ける。

 文句言いたげなロットを無視ししばらくして電話は切られた。

「依頼だ、行くぞ!」

「うえ、マジか。働きたくねえ」

「うるせえさっさと準備しろ!」

 生返事のロットに怒鳴りつけるブラウの手には、新野の知るコートがあった。

「あ、それ」

「ああ、また作ったんだ」

「すみませんでした……」

「利子はつけとく」

「鬼か!」

 復活した青紺のコートには新野も随分助けられた。強固なつくりのそれがいくらするか、想像したくない。

 そして部屋の主人である二人が出ていったので、再び新野は街に放り出されたことになる。


「しかしあれだな……」

 道行く雑踏を眺めながら、新野のつぶやきはぼんやりと流れていった。

「世界が変わっても過剰労働はあるし、差別はあるし。それでもこの日常は崩れないし。変わらないな、どこも……」

 渋谷が落ちても平然としていた世界。その風景がここにもあった。

 隣で聞いていた龍王は新野の横顔を見つめる。

「残念そうだね」

「まあ、な。異世界っていったら、なにもかもが変わると思ってたから。でも案外同じことばっかだ。哀しいことも辛いこともあるんだな」

「そうだね」

 あっさり肯定するので、新野は小さく息をついた。

「この街のヒトたちも、狼王と猪の王の戦いがあったことを知らない。猪があんなに死んだことも、知らないんだな」

「うん」

 わかっている、それが良いことなのだと。この人々が戦いに気がつくということは、あの猪の軍勢がこの土地に侵入したということだ。そうしたらこの日常も脆性破壊され、きっともっと多くの命が失われていた。

 それを防いだ結果がこの景色なのだとわかっていても、どこか釈然としない気持ちがある。

 肩の上で鼠が「?」と小首をかしげていた。

 不意に龍王が新野の袖を小さく引いた。

「ん? なんだ」

 龍王が視線で訴える方向を見ると、雑踏を突き進んでくる黒の制服。

 警察だ。新野と龍王はそうっとその場を去ろうとするが、その背中が見つかる。

「おい、貴様」

 ぎくりとするが、逃げるわけにもいかないおそるおそる振り返る。

「あれ、あんた」

 一団の先頭を行く男は、依然旧シブヤ動物園で言い争った男だった。ティカを連れて行こうとした、たしか隊長と呼ばれていた。

 男は不満そうに荒々しく息をついた。

 会って早々この態度には新野も腹が立つ。

「やはり不穏分子は馴れ合っているものだな」

 新野も龍王も報奨金がかかっているらしい。しかし街を歩いても別段目をつけられている気もしないので、もしかしたらそういう住民は少なくないのかもしれない。

 男は強行で二人を捕える気はとりあえず無いようなので、新野は顔をしかめるだけにした。

「ちょうどいい、聞いておこう」

 用事があって話かけてきたことにいくらか驚く。

「猪はどうなった」

 その問いに新野は呆然とした。

 男の緊張した顔が目につく。よく見れば、後ろにつづく部下たちだろうか、彼らも皆新野の答えを固唾を飲んで待っているようだった。

(そうか、こいつらは猪が攻めてくるのを知っていたな。でも結果は知らないのか)

「狼王が勝ったけど」

 端的に答えると、男たちは一斉にほっと安堵に顔をゆるませていた。

 結果を知らずいつ猪が来るかと今まで怯えていたのかもしれない。

「さすが狼王だ」

「ああ、よかった」

 嬉しそうな部下の声があがる。隊長分の男はそれを睨み、部下の口を閉ざさせた。

「行くぞ」

 新野にはもう目もくれず、男は踵を返す。

 その背中に新野は声をかけた。

「疑問なんだけど」

「なに?」

「なんで知っていたんだ、猪のこと」

 本当に、ふとした思いで問いかけただけにもかかわらず男の顔は一気に強張っていく。逆に新野が怪訝とするほどに。

「あんたまさか、さあ」

「ち、違う!」

「いやまだなにも言ってないし。ん? なんか、それ……」

 男の頬に大きな染みが見えて、新野は目を細めた。さっきまでそんなものあっただろうか。

 男も新野の言葉で不思議に思ったのか、頬に手をあてた時、その手の甲にも染みがあった。

 黒い染みだ。

「な、なんだこれは」

 狼狽する男。

 急に新野は強い力で腕をつかまれる。ぎょっとして見ればそれは龍王だった。

 言動は可愛くないが、顔立ちだけなら可憐なそれが今は目を見開き固まっている。

「え、なんだよあんた」

「新野……、だめだ」

 少女は必死になにかをこらえるように、目をつむった。

 しかしすぐに開ける。その眼は戦いに赴く決意をしたような、そんな強い意志の眼で。

 なぜ彼女がそんな悲壮な顔をしているのかと新野が慌てる前に、男の悲鳴が横であがった。

「隊長!?」

「な、なんだよこれ!」

 部下たちの混乱した声があがる。

 悲鳴をあげた男は顔を押さえ苦しそうにうめいていた。

 その手が、今や両手が漆黒に染まっている。

 人の肌ではない、もっと硬質な輝きに変わっている。

 新野は見た。男の耳へと侵攻する黒い染みを。それは急速に男の頭を包んでいく。

「体が、黒くなって……」

 呆然と見ているしかない。

 男の苦鳴は小さくなり、頭がひとつ真っ黒になると止んだ。

 男は服を着た、異様な黒い彫像となっていた。髪の毛も耳ももう無い。黒くなめらかに、平坦なものと化した。

 顔を覆って、動きを止めている。

 突然の異常に、誰も反応できなかった。

 新野は激しく自分が動揺していることを自覚する。

 その黒い姿に見覚えがあったから。

 街の雑踏はまだ事態に気が付いていない。

(こんな、こんなところで、どうしてこいつが!)

 黒く変質した男の手が顔面から離れ、ぱたりと落ちた時、新野も部下たちも息を飲んだ。

 顔面の下半分は口。上半分はトンボのような複眼。

「ナス……!!」

 森で出会った影の化け物。

 男の変わり果てた姿は、それだった。

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