理不尽デイウェーブ
「てめえこら銀行強盗のお仲間とはどういうことだこの野郎!」
龍王が事務所に現れたとたん、新野は少女の胸倉につかみかかった。
警察に追われたのは自分も同様だがそこは棚にあげての行為である。
「わー! ちょっと待って落ち着いて!」
「落ち着いていられるかこの強盗共犯者! タッグ組んで一日で解散か?! そうなのか?!」
「犯罪者仲間としてより絆を結べよ」
「違う、俺は違うんだ!」
ブラウの冷静な言葉に新野は頭を抱えうずくまる。
羽交い絞めから解放された龍王は肩で息をしながらそんな新野に声をかけた。
「あれはちょっとした誤解だから」
「誤解い?」
龍王の話によると。
うららかな昼下がり、散歩の途中に覆面姿が何人も銀行に入って行くのを見たんだとか。
なにかの祭りかとなんの気なしについて行ったら、
「全員手を上げろ!!」
「フリィーーーズ!!! 動いたら撃ち殺す!」
銀行強盗だったようだ。
「なんっでやねん!!」
新野の全力の突っ込みは華麗にスルーされた。
もろ手を上げて、龍王含む客の面々は店のすみに固まった。
銀行員は銃口を突き付けられ、必死に現金を袋につめている。
「早くしろ! お前、わざと遅くやってるんじゃねえだろうな!」
苛立ちをつのらせ、つばを飛ばしながら強盗犯がせっつく。
行員は恐怖に余計に手を滑らせもたついていく。
それに強盗犯は顔を真っ赤にして憤怒していた。
同時にものすごい汗をかいている。
それは当然だ、ザルドゥの警察は一片の容赦なく全てを悪と断ずる組織。
先手必勝を生業とする警察が銀行強盗に気が付いたら、外からの一斉射撃をまず繰り出してくるだろう。
人質はこの首都において意味は無く、強盗犯も命がけで犯罪を犯している。
その無謀さにはらはらしながら、龍王は周りで震える客たちも見渡す。
こちらは本当に運が無かったとしかいえない。
強盗犯が上手く逃げおおせないと、この客たちも警察に殺される、もしくは強盗犯に殺されるだろう。
涙を流し我が子を抱く母親がいた。
がたがたと震え祈る老爺がいた。
その不憫な姿が目に余る。
「……あのう」
そっと声をかけた龍王に、強盗犯全員の殺気立った視線が集まった。
「なんだてめえは!!」
「いやいや落ち着いて! この通りなにもしませんから!」
立ち上がりかけた腰を即座に落とし、龍王は慌てて床に這いつくばった。
「動くな!」
「はいすみません動きません! ほらほら動いてない、ね!? 許してー!」
情けなく許しを請うてくる姿に、一瞬混乱しかけた空気が徐々に落ち着いていく。
床にはへらへらと笑う橙の髪の少女が上半身をなげうっていた。
「なんなんだおまえ、なにか用か?! 殺されてえのか!?」
「いいーえ殺されたくありませんごめんなさい!」
強盗犯がすごむと床に額をあてて少女は弁解で叫ぶ。
奇妙な彼女に強盗犯たちの気勢はそがれていき、ただ困惑が広がった。
その困惑の中、顔をあげた龍王がまだ困ったように笑う。
「いや強盗なんて、どうしてそんな無茶をするのかなあ、と」
「うるせえ!」
「はいすみません黙ります!」
潔く謝る彼女に、強盗犯たちは別の怒りをつのらせてきていた。
「なんで強盗なんかするのか、だと……? この、銀行のせいだ! 俺達は被害者なんだ!」
叫び銃口を行員のこめかみに押し込み、行員の哀れな悲鳴が響いた。客たちも恐怖が伝染し騒ぎが大きくなる。
「黙れ! うるさい奴はぶっ殺すぞ!」
強盗犯の罵倒に瞬間空気が冷えて、押し殺した沈黙がおとずれる。
「俺達はな、地上人だ! 労働局に連れられて、首都の行員をやっていた。しかしここの銀行の取締役が最低な地上人差別主義に代わりやがったら、俺達は簡単にリストラだ!」
怒りか悔しさか、強盗犯の全員が肩をいからせ震えている。
「行員はみんなナハバルの奴らに変わった、用済みな俺たちを労働局は工場に送り込んだ。俺達地上人には、仕事や生活を選ぶ権利がないんだ!! 許せるわけがないだろう!」
怒りのままに男が腕を振るうと、はずみで銃口から弾丸が発射された。
撃ったこともないのだろう、反動に男は倒れ込む。カウンターの壁に当たり、跳弾はその男の足に当たった。
「あがっ!」
苦鳴をあげて男はのたうち回る。仲間の幾人かが駆け寄った。
それにより、行員の数名が脅迫から解放される。
「今だ! こいつらつかまえろ!」
行員の一人がそう叫び、強盗犯がそれに気が付き体勢を立て直そうとする。
殺意が交錯する一瞬に、龍王は両者の間に入ろうと立ち上がった。
その時だった、警察の機動隊が到着したのは。
一瞬だった。
機銃の一斉射撃が銀行の壁一面を突き抜けてきた。
ガラスは飛び散り、壁は蜂の巣にされる。
その一面に、銀行内の全ての驚愕の視線がはりつく。
銀行の外では機銃のフルオートが終わった時、警察の拡声器が響く。
『突撃準備! 銀行強盗犯が生きていたら即刻現行逮捕だ!』
しかし白煙の中、動くものはないと警察は予想していた。が、予想を反して、いくつも動く影が見える。
「どうなっている……?」
機銃を操作していた男は眉をひそめた。
瞬きをする一瞬で、風が通り抜けた。刹那、機銃の長く太い銃身がごとりと地に落ちた。
「は?」
呆然とする警察の面々。
銃身は鋭利な刃物で切り裂かれたように滑らかな断面をさらしていた。
動く影は客、行員、強盗犯、そして黒衣の少女だった。
誰一人血を流している者はその場にいなかった。
一歩踏み出した少女の眼が、異様な橙の輝きを見せていて、警察たちは後退った。
「そしてお前は警察の目をひいて、強盗犯を逃したわけか」
「そうだけど……」
腕を組み立ちふさがる新野の前で、正座をする龍王が頬をかいた。
「や、みんないろいろ大変だよね」
「そんな簡単な話じゃねえから!」
「あだだだだだだ! ごめんごめん!」
少女のこめかみを拳骨でぐりぐり押回す新野に、龍王はもがく。
「金はどうしたんだ?」
「へ、銀行の? 持っていく暇もなかったみたい。お店はぐちゃぐちゃになっちゃったしね。もう強盗なんてあきらめてるといいけど」
この期に及んで犯人の心配をして笑う少女に、新野は大きく溜息をついて手を放した。
「労働局といい警察といい、この街らしいかもしんねえがどうなってんだか」
そうしてそこで、はたと気が付く。
「てかさ、狼王がここのナワバリヌシとやらなんだろ? なんでそんな奴らをのさばらせておくんだよ」
「ああ、それはね……」
龍王の言葉を遮って、ブラウがぶすっとしたまま答えた。
「あのおっさんはこの土地を守っているだけで、自治にははなから興味ねえんだ」
「え、ナワバリヌシなのに?」
「ヌシとして、ほかの獣王やナスから守ってる」
「なるほど」
「でも、それだけだ」
ぴしゃりと言い放つブラウの声は非常に冷たかった。
思わず新野も言葉を失う。
静まり返ったその場にはっと我に返ったブラウは、小さく舌打ちをして二階へと上がっていった。
それを見送ったロットは肩をすくめる。
ブラウの狼王嫌いは今までにも顕著な態度だったが、今回は今までと違い、
「なんか、相当だな……」
「まあ、しょうがねえっちゃしょうがねえよ」
ソファで横になっているロットはあくびまじりに付け足した。
「俺らの親父や母さんは、この街に殺されたようなもんだからな」
「え……」
衝撃的な言葉に固まる新野の前で、ロットは呑気に噛んでいたガムを膨らませていた。




