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獣のテュラノス  作者: sajiro
ザルドゥ首都/狼王編
31/147

日常の洗礼

「はいおまたせー」

 受け取ったのは紙に包まれたなんの変哲もないハンバーガーだが、差し出してくるのは蛸の足に似ている。

 小さな窓のせいで店主の姿は見えない、足に触れないようにバーガーを受け取る。

 おそるおそる開いた中身は見た目は安全だ。

 ほっとして頬張りながらまた新野は首都の中心街を歩き始めた。

 噛んだ感触に蛸の切り身があった気がするが、なにも考えるな! と言い聞かせた。

「にいの、それは美味しいの?」

「まあ、味は幸いなことに普通だ」

 肩に乗る鼠に匂いを提供すると彼は首をぷるぷると振る。どうやら鼠には刺激が強いらしい。

 鼠に街の案内を頼み、新野はようやくこの街に慣れてきた。

 地上での上司、課長にも病院で再会することができ無一文の新野はわずかばかりの現金、日本円を頂きこうして食事にもありつけている。

 ここザルドゥ首都はたしかに弱肉強食の特性が強いが、肩の上の鼠のように弱い生き物だって生活している。

 種族はまさにごちゃごちゃ、動物、地上人に酷似したヒト型、どう見たって怪物までいる。

 それらが闊歩する、渋谷を原型に新野の知らない言語の看板が乱立した街だった。

 今歩いている道は狭く、左右の建物の背は高い。道行く人の数は多くそこは渋谷を彷彿とさせる。一本ずれた道では車やバスなどが走っているが、見たこともない生き物がひく馬車など地上になかった光景ももちろんあった。

 きょろきょろと周りを見回しながら歩いていて、新野はすれちがうヒトに肩をぶつけてしまった。

 あわてて謝罪する。相手も会釈してくれたが、それが二足歩行をするワニでぎょっとした。そんな驚きはこの街に来てから数知れない。

「よろしくオネガイシマース」

 道でなにか配っている。地上ではたいがい広告やティッシュだが、少し覚悟をして受け取ってみる。

 眼鏡だった。

「な、なぜ……」

 とりあえずかけてみてから、瞬時に投げ捨てた。

「にいの大丈夫?」

「だ、だいじょうぶ……」

 レンズ越しの世界は青白い景色に変わり、ぼうっと立つ白い影がたくさん見えた。

「霊視グラスはけっこうはやってるから」

「や、やっぱ幽霊なのか、あれ! つかなんてもんを配ってるんだ、なんの意味があるんだ?!」

「眼鏡屋さんの広告でしょう?」

「なんの眼鏡屋……?」

 驚く体験に楽しみ、びびりながら散策していると、急に周囲が騒がしくなってきた。

 不審に思って新野も足を止めると、建物の向こう側からどっと人の波があふれてくる。

 怒号と悲鳴で充満した先から、一台のトラックが突っ込んできて建物へと激突した。

「きゃー!」

 衝撃に振り落とされた鼠の悲鳴に新野はしまった、と地面に目をみはる。

 混乱した人々の足がごった返す中、鼠の小さな体をなんとか拾いあげた。

「おい、無事か?!」

「うん、だいじょうぶ」

 目をまわしてはいるが怪我のない鼠を見てほっとする。

 その新野の前を駆けだしてきた一団が、道を横断し一列に並んだ。

 見覚えのある黒い制服の集団。

「やばい、警察だ!」

 人ごみの中誰かが叫ぶ。

 その場にいる人々が我先にと逃げようとしている。警察から。

 周囲の勢いの中新野は立ち上がれず、鼠を胸に抱いて警察へと目をこらす。

 暴走し突っ込んだトラックに向かい警察は並んでいる。全員銃器のようなものを所持していて――、

「構えい!」

 号令のもと全員が膝をつき大型のそれを構える。

「ちょ、なに!?」

 銃器に見える銀色の筒に全て光が灯っていく。

 警察の列後方でしゃがみこむ新野の顔にまで伝わってきた、高まっていく熱気。

「発射!」

 警告も安全確認などもなく、それは一斉にトラックに向けて放射された。

 皮膚を焼く光が何本も一直線に突き進む。通過した空気の焦げる臭いが一気に広がる。

 トラックの運転席から転がり出てきた男を新野はかいま見た。

 同時に飛び出す。

 額の熱を感じながら新野は疾走した。

「放射やめい!」

 白煙を吹き出し筒からの光が途絶する。

 警察は構えを解き、号令をかけた男が拡声器を持ち出した。

「運転手! 生きていたら投降しろ! 暴走運転のわけがあれば聞いてやる、しかし少しでも怪しければ即刻熱殺も辞さない!」

 もうもうとたちこめる白煙の中、新野は舌打ちを放った。

 トラックは放射の直撃を受け、穴だらけの無残な姿となっていた。頑丈そうな車体は熱に赤く染まり、焼ききられた風穴からは水蒸気が吹き出している。

 白煙が風に流れると、運転手の襟首をつかみ立つ漆黒の男、新野の姿がさらされた。

 がたがたと震える運転手から手を放し、新野は警察に向かって怒鳴る。

「なにが生きていたらだ! なにも聞かずに攻撃なんて、あんたらほんと警察か!」

「危険分子だ、構えろ!」

 再び警察は銃を構える。

「ちょ、聞いてんのか!」

 新野のくすんだ金髪がざわついて、その下で龍王のテュラノスのしるしがまた熱とともに現れる。

 運転手を担ぎ、新野は地を蹴った。

 ぐん、と視界が上に向かう。一足で横のビルの三階の高さまで跳んだ。

「う、うわ……!」

 自身の跳躍に驚き、体をぐらつかせた新野はそのままビルの窓を破って三階に転がり込んだ。

「び、びびった」

「それはこっちの台詞だよにいの! 急にほんとにびっくりしたじゃない!」

 服の隙間から顔を出して鼠が抗議する。

 テュラノスの能力なのか、警察の砲撃よりも早く走ったり、この高さまで跳んだりと新野の身体能力は彼自身もついていけないほどに飛躍するらしい。

 運転手の男もうめきながら体を起こした。

「大丈夫ですか? すいません……」

 初老の男の背中に手をあてて、新野は申し訳なさそうに問うた。

「大丈夫です。いえ、ほんとに助かりました」

 いかにも気の弱そうな男は何度も新野に礼を言って頭を下げる。

「死ぬところでした、あなたのおかげで助かった……。しかしすごいですね、いったいどうやって」

「いやそれは俺にもよくわかんないので」

 無我夢中で飛び出した。砲撃をどう防いだのか具体的にはさっぱりだった。おそらくは先日衝撃波から皆を守ったような膜が出現したのではないかと思うが、自覚はない。

「おじさんどうしてトラックで突っ込んだの?」

「はあ、それはちょっと働きすぎでね、寝てしまったみたいで……。申し訳ない」

 小柄な体をもっと小さくする男の頬はよく見ればこけている。目の下のくまもひどかった。

 急に不憫に思えて居眠り運転を責めることもできず、新野は憮然とした。

 そこに不意に知った声がかかる。

「おいこらお前ら、なに歓談してんだ」

「ブラウ!」

 薄暗いオフィスに入ってきた青年に新野は目を丸くする。

「お前どうして――」

「話はあとだ。警察はロットが引きつけてるからとりあえず事務所まで来い。おっさん、あんたはさっさと家に帰るんだな、あんたは警察には追われないだろうし」

「は、はあ……」

 ブラウは背中を押して急かしてくる。

「おいおい、大丈夫かよあのおじさん」

「いいんだよ、警察は運転手には興味ねえから。それを助けた不審な危険分子に注目いってるしな」

「それって俺?」

「当然だろ! 派手に暴れやがって」

 不機嫌そうな彼に追い立てられる。

 ブラウとロットの住処であるなんでも屋アンファの事務所に向かった。


 大きな羽が天井で回っている。リビングで少し待っているとロットが帰ってきた。

「テキトーにまいてきたぞ」

「いやあ、なんか俺のせいでご迷惑をおかけしまして」

 頭をかき作り笑いを浮かべる新野の前でブラウはよけいに顔を歪ませた。

「全くだ。無駄に騒ぎを起こしやがって」

「すみません……。だけどあの警察! あれはなんなんだよ、居眠り運転に向かってあれはないだろう?」

「地上じゃどうだか知らないが、ザルドゥではあれが普通。危険とみたら即排除、勧告なんぞしやしねえ」

「さすが無法の地……」

 うなだれていると鼠がおもむろにテレビをつけた。

 そこでは早速さっきの事件について報道されている。しかしそこにはトラックの激突などどうでもいいかのように、新野の姿が画面いっぱいに映っていた。

「な、なんじゃこりゃあ!」

 驚愕する新野の耳に報道は続く。

『なんて凶悪な顔なのでしょう! 市民のみなさんお気をつけください!』

「ぶはッ! ニイノ、もう人気者だな」

 吹き出すロットをひと睨みして新野は脱力してソファに座り込んだ。

「なんでこんなことに……」

「あんたは今や目立つ存在なんだから、気を付けてほしいぜまったく」

 いつの間にか淹れたコーヒーをすするブラウは肩をすくめる。

「これであんたもなにかと問題が舞いこんでくるようになったろうな」

「ええ!?」

「警察はすぐ報奨金かけるんだよ。俺らもだけどなー」

「報奨金?! お前らも!?」

「俺達お尋ね者三人組だぜ!」

「すげえ嫌だ!」

「あ、にいの見て。にいののお知り合いさんじゃないかしら」

「え?」

 鼠の声に皆がテレビに注視する。

 そこには橙の髪をたなびかせ電柱にしがみつく彼女が映っていた。

『見えますでしょうか?! 銀行強盗をかくまい警察の銃撃に対抗したのは年端もゆかない少女のようです! ああ! 逃げました、警察が追っていきま』

 新野の手で画面はぷつりと消え暗黒になる。

「テュラノスがテュラノスなら、王も王だったか」

 ブラウの感想が静かな部屋におちた。

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