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獣のテュラノス  作者: sajiro
土中の異世界/龍王のテュラノス編
25/147

廃エンド

 にらみ合う両王の緊張感を刃でもって切り捨てたのは鹿王のテュラノスだった。

 白い靄が急激に姿を変え、眼鏡の男の背負うものは雷撃の槍と変じた。

 それは鹿の角を形作っている。

 しかし本物とは違い雷が軌道を変えて地上に落ちるように、それも対象に向かって無限に伸び、曲がり、追い詰める剣だった。

 それが男を覆う靄から無数に生え、狼王に狙いを定める。

 地を穿ち、泥を跳ねさせ、先端が一瞬の間に地上を幾度も刺した。

 脅威的な反応速度で全てを狼王は回避。

 地面からは蒸気が上がり、綺麗な円錐の穴が点々と開いていた。

 その穴から靄の槍の威力がうかがい知れ、新野は息をのむ。

 神子が空を飛んでいる様から既にわかっていたはずなのに、改めてテュラノスの人間離れした能力に絶句せざる負えなかった。

 猪に対して圧倒的であった狼王の動きをここまで制限させるこの男の力量を想像すると、白い靄の縛りがもしなくとも動くことができなかっただろう。

「クールぶるわりにはこうしていつも先手を繰り出してくる辺りが、変わってない」

 厭味ったらしく口元を歪める狼王は、膝をたわめる。その手に一刀、赤い柄の刃が現れた。

「貴様は動きが随分と悪くなっている、その無意味な格好をやめるべきだ、狼王」

「これでもこの見た目だけは気に入ってるんだ」

「悪趣味なことこの上ないと教えてやろうか。人間の真似事なんて不細工なことはやめろ」

 双方の悪意の応酬に空気が軋んでいく。

「猪の王、予定変更だ。狼王は私が受け持つ、お前は龍王のテュラノスを確保だ」

 下された命令に猪の王が不愉快気に鼻息を吹き出した。

 しかし猪の王がなにか言う前に、男の眼鏡の奥で双眸が絶対零度に細まり睨みをきかせる。

「文句を言う前に自分の眷属すら守れず仇も討てない半端な力量を自覚してみてはどうだ、王よ。数秒で決めてほしい、無駄に肉塊と果てるか矜持を捨てて目的を全うするか」

 その数秒で男の殺意をひしひしと全身に受けながら、猪の王は息をつめる。

「タイムアップだ。愚鈍な仲間はいらないのでな、悪く思うな」

 全く唐突な死刑先刻を放ち男の背後で靄がゆらりと揺れる。何本かの靄の槍が束になりそれは長大なギロチンになり高々と掲げられた。

 猪の王は悲鳴ではなく怒号を上げて、

「!?」

新野へと突進を開始する。

 ギロチンは下りることはなく、男は即座に狼王に向かい無数の槍を雨のように降らせる。

 それを刀で受け流し、避けながら狼王は猪の王の軌跡に目をこらす。

 膨大な土煙の中、新野がブラウとロットに引っ張られて逃げていく姿がちらりと見える。

 それからはもう視線を鹿の男に向け、狼王は地を蹴る。


 列車が脱線したような衝撃だった。

 ブラウが強引に連れ出してくれなければ、強張った体は暴走列車に轢かれていたに違いない。

 森の茂みの中をまた走り、新野は揺れる視界を背後に向ける。

 木々をなぎ倒し、血走った眼を見開いた巨大な猪が迫ってきている。

 直線ではすぐさま追いつかれてしまう。ロットはひきずる新野を見る。

「だめだこいつ今にもぶっ倒れそう! 口から魂半分出てる感じだし!」

「うるせえな! ひきずってでも逃げるんだよ! もしくはお前足止めしてこいよっ」

「オーライ、任せろ!」

「え、マジで?!」

 ロットが踵を返して後方に跳んでいくのをブラウは驚愕で見送った。

 新野とはというと半分すでに意識がない。走る足はもつれにもつれている。

 走るロットの横に黒い疾風が並ぶ。

 クロヒョウと並走し、ロットは背中から大剣を抜き放った。

 猪の王が濠と吠え、更に加速を増した。

 ぐんと迫る牙をロットとティカは左右に跳び回避。

 それぞれがすぐさま反転し、大剣と爪という武器が猪の巨体を強襲する。

 鮮血が舞い、王の横腹左右に裂傷ができるが、全く意に介さず猪の速度はおさまる様子がない。

 攻撃からの着地によりロットとティカは猪の王に遠く離されていく。

 結果的に味方を失っただけで、ブラウは大きく舌打ちを放つ。

 猪の王が最後の一息と一足で距離をつめてきた。

 ブラウは新野を担ぎ次の衝撃に備え歯を食いしばった。

 瞬間、新野は脳天から揺さぶられて意識が跳ぶ。

 猪の王はブラウと新野の足元を大きく崩し、最大速度のまま突き抜ける。

 正面衝突でないとしても台風が真横を通り抜けたようなものだった。弾き飛ばされ、二人は何本もの木に体を打ち付け、森の中に放り出される。

 二人を轢いた猪の王は減速、急停止。ぎょろりと眼光が辺りを見回す。

 巨大な猪にとって轢いた対象は小さすぎ、土煙が充満する視界からすぐに見つけることは少しだけ時間が必要だった。

 新野は幸運にもその時意識を取り戻し、自分が茂みに投げ出されている現状に戸惑った。

 ちょっと離れた先でブラウがうつぶせに倒れている姿を見つけ意識は急速にクリアになる。

 起き上がろうとした時背中にぴしりと亀裂が入ったような痛みを感じ、呻く。

 猪の王がどこにいるか視線を探るが、あたりは破壊された森の姿だけだった。

 全身に喝を入れて匍匐前進をする。

 ブラウにたどりつきその背中に手をのばして弱弱しく叩いた。

 ブラウが小さく身じろぐがまだ気を失っているようだ。とりあえず死んでいないことにほっとする。

 その時近くの茂みが揺れ息を飲む。

 現れたのは黒いしなる優雅な獣だった。

(テ、ティカ)

 声を上げたはずがそれは再生されなかった。枯れた喉は衝撃からまだ抜け出せず正常に動かなかった。

 そのティカの背後に巨大な、そこだけ太陽が届いていないような影がおりていて新野は口を開閉させる。

 その必死さが伝わったのか、ティカは寸前でその場を転がり振り下ろされた鉄槌をからがら避けた。

 猪の王が林をはさんでこちらを直視していた。

 その眼に正気が感じられず、新野は反射的に恐怖を感じる。

 ティカが避けたのは、猪の王の舌だった。

 牙と牙の間から、赤黒いそれが離れたこちらまで伸びていた。血管がみみずのようにうごめき脈動している。醜悪な怪物に成り果てた猪の王はこちらを無機質に見つめている。

 舌がずるっと巻き戻されていく。あの長さがどこにおさまるのか、口腔は閉じられ、猪の王はゆっくりと林を迂回してこちらに向かってこようとしていた。

 それは新野にとっては死と同等だった。

 起き上がることもできない新野は、震える全身を、ぎゅっと目をつむり恐怖を殺そうと懸命に闘う。

「ティカ」

 ふりしぼった声は乾いていた。舌はうまくまわりそうになかったので、端的に告げる。

「ブラウ連れて、行け!」

 言って、見上げた新野は、冷ややかに見下すティカの視線とかち合った。

 虫けらを見下ろすのと同じようなティカの視線。

「え。なにその眼……」

「お前は本当に馬鹿で救いがたいなニイノ」

 ティカは溜息まじりにそう言い捨ててその場をあとにしようとする。

「ティ、ティカ、待て! そっちは――」

 猪の王が迂回しているほうに直線距離でティカは進む。

 その豹の高く立つ尾が大きく揺らされた。

「待て!」

 新野の精一杯の叫びは、豹の歩調に揺らぎを与えることもできない。

「待って……。やめろ……」

 新野の声は地に落ち、手は土を握り込み震える。

 龍王のテュラノスである自分であれば、「確保」という言葉を信じて、殺されることがないかもしれないのに。猪兵を惨殺したティカは狼王に次いで猪の王の憎悪を買っていた。

 確実に殺されてしまう。

 まさにまた、同じ状況に陥っていた。

 ティカに問われた言葉が脳裏に反復する。

(仲間を危険にさらしたあげく、自分の身も満足に守れず、助けようとした相手に逆に助けられる、その気分)

 それは最悪最低で、絶望的で、けれども思考はフル回転し、答えは見つけ出せない。

(どうしたらいい、どうしたらいい、どうしたら……)

 新野の頭はひとつの目的で充満していく。

 ティカを死なせてはいけない。

「待て! ティカ!」

 今までとは違い強い意志が見える声に、豹は足を止めこちらに横目を向ける。

 新野は全身の痛みを耐え、膝を立て、気力でもって立ち上がった。

「俺も、行く」

 新野の額はなんの輝きも発していない。眼光も鋭くなく、橙色にも輝いていない。

 テュラノスのあやふやな力は発せられていないのに、新野の目の中の光は負けないくらいに灯っていた。

「行く、というのは殺しに行く、というので間違いないか」

 ティカの問いに、新野は一歩踏み出した。背中がまた悲鳴を上げたが、奥歯を噛みしめて耐える。

「ああ、猪の王を……倒すんだ」

「ぎりぎりの合格点といえそうだ。だがニイノ、お前は死んでほしくないんじゃなかったか? 誰にも。それこそ猪にも」

「そうだ。なにより、お前にな」

 新野の静かな返答にティカは眼をそらした。新野は続ける。

「お前のほうがきっと正しいよ。俺には、我を通すだけの強さが無いから。でもだからこそお前を死なせない。強いお前を死なせない」

 額に脂汗を浮かばせながら、新野は無理に笑ってみた。

 笑うことがこんなにも重労働だと感じたのは人生において初めての体験だった。

「お前は強いんだろ? だったらもっと自由に楽しそうにしてくんないと、弱い俺が強くなるぞって思えないだろ」

 ティカは鼻で笑った。

「お前は強くなりたいのか」

「まあな」

 無視をきめこむと思っていた相手が返事をしてくれたことに、新野の肩の力が少しばかり抜けた。

 ティカはもう何も言わず歩みを再開する。

 新野はブラウに振り返る。

 ざっと見たところ大きな怪我はない。できるかぎり楽な体勢にしてやる時、彼の銃に手が触れた。

 逡巡もせず、それは持ち出さない。

 借りたダガーは胸に差してある。

 頭上の枝に小鳥が二羽降り立った。

 戦いに身を投じてからほかの動物の姿を見たのは初めてで、ブラウをおいていっても大丈夫だと不思議と確信した。

 そしてティカの後を追う。

 


 

 

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