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獣のテュラノス  作者: sajiro
土中の異世界/龍王のテュラノス編
15/147

leopard

 元シブヤ、ザルドゥ首都の玄関口である渓谷がある。通称「ブルー・セイリオス」。深い森の中急流が流れ、それに沿わずに進まなければ必ず迷いザルドゥにはたどりつくことかなわない。

 そのためどんな動物もその沢を下ってくる。

 迎撃する側としてはそのひとつの入り口を見張ればよい。

 森の影に潜む二つの眼が、列をなし轟々と進む集団をとらえた。

 闇色の狼はすぐさま岩場から降り、彼の王へとそのことを告げる。

 男はそれを受け取り、大木に背を預けたまま笑った。

「ジャイアント、イエロウ、来い」

 闇色の狼と黄色の狼がそれぞれその男、狼王のあとへ続く。

 うごめく大群は無数。それに対して一人と二頭がその玄関口へと踏み入った。


◆◆◆

 

 渋谷動物園の園内はがらんどうとしていた。ヒトはおらず動物のいない展示スペースが続いている。

 その中を迷わず進み、園内でも奥に位置するところへ新野は突き進む。

 そして目当ての展示場へたどり着いた。大きく広い強化ガラスが一面に張ってあり、その中は草原といくつか立つ木や小さな池がある。

 なつかしいその光景。汚れたガラスに手をつき、新野は中に目をみはる。

 よく何も展示されていない、と深く探さない客に言われていたことを思い出す。そんな客と同じように、ブラウとロットもすぐにはそのスペースになにがいるのか分からなかった。

 しかし新野は、

「サラ!」

 嬉しくて、その愛称を叫んだ。

 ぴんと耳が立ち長い優美な尾が揺れた。身軽に樹上から降り立ち、彼女はこちらに駆け寄ってきた。

 ガラス越しに新野にむかって飛びかかるように、その黄色い斑を伸ばし後ろ足をつっぱねて立ち上がる。

「ニイノ!!」

 めったに聞けない猫なで声とともに、美しい女性の声が重なる。

 大型の猫科動物、豹のサラマンカはいた。

「サラ、サラ元気だったか?」

「ニイノ、なぜここに? あなたは落ちなかったと聞いていたのに」

 ガラスから前脚を下ろし、サラマンカは新野の前を行ったり来たりと動く。

 新野は健康的な彼女の姿にどっと安心感を覚えるとともに、意思ある彼女の声を聞いて感無量で言葉が続かなかった。

「これが女!?」

 予想もしなかったらしくロットが愕然と声をあげる。

「人間じゃねえのかよ。ニイノ、獣人でも作る気か? お前地上人のくせにぶっとびすぎだろ」

「いやお前が勝手に先走ってただけだろ」

 二人のやりとりに吹き出しながら、新野は振り返る。

「とりあえずもっと話がしやすいほうに行こう」


 展示場につながる建物へと入る。コンクリートでできた無粋な四角い建物だった。客が通る側とは一変して華やかさのかけらもない。あるのは効率よく飼育管理できる無骨さだけ。

 狭い通路の片側は窓だけでもう一方は鉄製の檻になっている。

 通路の端につけられた棒を下に引くと、連結して檻の中の一部の壁が持ち上がっていく。そのすきまからするりと入り込んできたのはサラマンカだった。

 全身に広がる不規則な斑模様すら美しく感じる。薄い水色をした双眸が三人を見上げた。

 檻に入れば、新野たちと獣の間には鉄の棒しかない。

「サラマンカ、久しぶりだな。本当に元気そうで良かった」

 心底安堵した、と新野の声は優しかった。

 しゃがみこみ目線を同じくした新野に、サラマンカも鼻を近づける。

「ニイノ、本物?」

「はは! そこ疑う気持ちはわかるけど」

 サラマンカは新野の笑い声に後ろにとびさがった。

「ああ、驚かせてごめん。わけあって俺動物と話せるようになったらしい」

「??」

 首を伸ばすサラマンカの尾がゆっくりと不安げに揺れる。

「話せる? わたしとあなたが?」

「そう。ほら、こうして会話してる」

 新野の笑顔に、サラマンカも体の力を抜いていく。

 後ろでその対面を見ている二人を新野は指さした。

「こっちに間違って落ちちまって、狼王とそこの二人のおかげでサラマンカに会えたんだ」

「ナワバリヌシが? そう…。ニイノ、わたしの伝言があなたに届いた、そこまでは嬉しい。こうしてまた会えたのもとても嬉しい」

「伝言?」

 新野が記憶を巡らそうとするのも見えていないのか、サラマンカはつらつらと続ける。

「でもニイノ、あなたは地上に戻れない。どうしてここに来てしまったの……」

 悄然とうなだれる豹の言葉は、新野の心を突き刺したが、それよりも目の前の獣の元気がなくなったことへの気がかりのほうが大きく、新野はあえて元気な声を出した。

「いいんだよ!」

「ニイノ……」

「サラマンカ、今の状況も俺にはかなり辛い。けどそれよりお前が渋谷と落ちた時のほうが辛かったよ。だから、今はいいんだ」

 コンクリートの上に新野は座り込んだ。

「お前と別れてからここに来るまでの話をするよ。お前も今までの話をしてくれ」

 豹が頷く。地上だったらまず見られない、その人間的な動作も会話ができる今となってはなにも気にならない。地上で毎日見ていた彼女とはそういうささいな違いがあったが、やはり思慮深く穏やかな彼女の性格はなにひとつ変わっていないのだと嬉しかった。しかしひとつ気になることがある。

「そういえばサラ、ティカは?」

 彼女の近くにもほかの檻にも動物はいない。

 わずかな不安がよぎるのを無視して問う。

 サラマンカは尾をまっすぐに立て、新野に強い意志の瞳を向けた。

「ニイノ、あの子は、今は隔離されている」

「隔離?!」

「あの子は人間を、殺したの」

 衝撃的な告白に、ニイノは固まった。

 外の空に灰色の雲が広がってきていた。


◆◆◆


「シトスツ!」

 地を蹴り宙に身を乗り出した狼王の手の中に、呼び出された彼の牙が現れる。

 赤い柄を握りこみ、土に着地した。

 反りのある刃をさらし、男は四方を囲む猪たちを睥睨する。

 突然集団の中に降り立った存在に、猪たちは驚愕した。

 その中を低い姿勢で飛び出し、狼王の牙がひらめく。

 波の模様を煌めかせ、大太刀が役目を果たさんと手近の猪を両断した。

 一瞬にしてななめに上体を斬られ、その部位が天高く飛ぶ。

 それを幾頭は見上げ、葉陰から陽光がちらつく空を最期の景色として命を散らせていく。

 狼王に続いた闇色の狼、ジャイアントはその勇壮な戦いぶりに惚れ惚れと見入っていた。

「さすがは我らが王! 負けてはおれぬ!」

「王に張り合うなど命がいくつあっても足りんぞ」

 言い置いてジャイアントの横を駆け抜けたのは黄色い狼イエロウ。

 しなやかな体つきをしたイエロウは猪の視界のすみに滑り込み、次々に前脚を噛み砕いていく。

 狼王の強行に猪の行軍は混乱に陥り、集団の端へ逃げようとするもそこには脚を傷つけられ動けない味方が壁になっている。猪たちは自らの巨体に押しこめられ、身動きがとれない。

 そこへ猪に匹敵する巨体を誇るジャイアントが飛び込み、次々と踏みつけていく。

 猪の悲鳴が充満する空間で、狼王は目の端にとらえた。

 一頭だけその混乱に潜り込んでいるようでそうでない者がいる。

 他の猪と外見は同じだが、その猪の周りから少しずつ冷静な空気を取り戻している。

 その猪がこの行軍のここら一帯を管理する者だ。羊の群れに一頭だけいるヤギと同じ、群れのリーダーをつとめている。

 しかしその猪のところまでに一体何頭の猪がいるのか。密集した乱戦の中、たどり着くまでに統制を立て直されるだろう。

 それが並の狼ならば。

 ぐん、と袈裟懸けに引き斬った猪が倒れるより早く、狼王は走り出した。

 初速の加速は人間をはるかに超える。蹴った土はえぐれ、その身は猪の群れをひとっ跳びで越えた。

 標的の猪が狼王を見上げる。双方視線がかち合い、狼王は笑った。

 滑空と同時に真横に払った刀先は、リーダーの前に踊り出た近衛の猪を断絶する。

 身を挺し守ったその猪がどっと倒れ、それをはさみ狼王と猪は対峙する。

「狼王御自らご出陣とは」

 反りたった牙を向け、対面する猪に同調して周囲の猪も狼王を取り囲む。

 ずらりと並ぶ殺気の中立ち上がった狼王は、愉快そうに口端をあげた。

 

◆◆◆


 ブラウとロット、サラマンカに落ちた経緯を話し終えた新野は、サラマンカの息子ティカの話を聞き頭を抱えた。

「それで落ちた園内に森の鹿が来て、ティカはわたしと別れた。わたしのいないところで、ティカは飼育員のみんなと課長と、園にいたはず。わたしが森から戻ったら、みんな……」

「課長も?」

「いいえ。死んだのは一人。でも他のみんなも重傷で今は病院に。ここは労働局管理になっている。ティカはライオン舎に連れていかれて、それきりよ」

「ほかの動物たちは?」

「みんな出ていったわ。わたしはティカが気がかりで。一人で生き抜くのもこの老体では難しいから、まだここにいる」

 座る豹は見るからに覇気がなく、新野はその話を後ろの二人にも静かに伝えた。

「サラ、ティカに会いに行かないのか。檻なら俺が開ける」

「ニイノ……」

 鉄の棒の前で、サラマンカは動かない。逡巡する彼女の答えを新野はじっと待つ。

 しかし唐突にブラウが立ち上がった。ロットも外の方へ向いていた。

「どうした?」

「なにか来たな」

「ありゃ、パトカーの音だな」

 一拍遅れて、聞いたことのあるサイレンの音が聞こえてきた。

 それはすぐ近くにまで来て、止む。

「警察が来たぞ」

 ブラウが低い声で言い、窓を少しだけ開けた。音が、数人の足音を届ける。

「サラ、ちょっと見てくる」

「気を付けて」

 豹をおいて三人は園の表側に出る。黒い服の男たちが角を曲がっていくところを見た。

「ライオン舎に行く道だ」

 なにやら胸騒ぎを覚える。新野はその集団を追い、ブラウとロットも顔を見合わせたあと、振り返らない新野についていく。

 たどりついた先で男たちが立っていて、新野は建物の影にひそむ。どうも男たちのまとう空気が剣呑としたものだったからだ。男たちは一様に黒い服を着ていた、地上とは違うがこちらの警察の制服だろうか。

 人間の男たちに見えた。髪の色が黒や茶色の者もいるが、地上人がまざっているのかと思った。

 ライオン舎につながる通路から出てきた何人かに囲まれて、連れられた獣を見て新野は目をみはった。

 漆黒の体毛に見覚えがある。

「ティカ……!」

 新野が最後に見た姿はちょっと大きな猫のようでまだ愛らしかったものだが、今のティカは立派な成獣となっていた。母であるサラマンカの倍はある、若くて力に満ちていそうなクロヒョウ、ティカ。

 細い瞳孔にはなんの感情も読み取れない。首輪をされ、そこから何本も繋がれた鎖を男たちが手にしている。男たちの緊張はひどかったが、ティカには気負いは全く感じられなく堂々と歩いている。

「行くぞ」

「さっさと歩け」

 男が一人強く鎖を引き、ティカはわずかに首を引かれた。

 とたんに薄茶の眼光が厳しくなり、ティカは四肢に力をこめその場にとどまった。

「なんだ、こいつ!」

 引いた男は焦りを隠すように声を荒げ、更に鎖を引く。しかしびくともしない。クロヒョウは低く低く唸る。地を這うその声に、男は震えあがった。

 その怯えきった目をティカは数秒見据えたあと、唸りを止めてゆっくりと歩き出した。男の横を通る時、

「丁寧に扱ってもらおうか」

小さく嘲笑をまじえた声が新野の耳に届いた。

 男たちは聞こえた様子がない。とすれば今のはティカのものか。

「ニイノ、このままだと見つかるぞ」

 横からブラウがささやく。

 もはやティカに先導されて歩く一団は新野の目の前まで来た。ティカがまず気がつき、一団の足を止めた。

「お前たち、なにをして……」

 男たちも気がついて、怪訝としたが新野の後ろの二人を見て急に声を上げる。

「貴様ら! アンファ! なぜここにいる!」

 怒鳴りつけるそれにロットは耳をふさいだ。ブラウはあからさまに嫌な顔をする。

「うるせえな」

「別になにもしてねえよ、さっさと行けよ」

「なんだその態度は! 貴様らは公務執行妨害で逮捕されてもおかしくないことを何度も行い……!」

 男は口をとざした。ロットが背中の剣の柄に手をかけたから。

「や、野蛮人め…!」

 男は悔しそうに吐き捨てる。それにブラウが、どっちが、と小さく呟いていた。

「あ、あの、そのクロヒョウどうするんですか?」

 聞いてきた新野を一瞥し、男は嘲りの目に戻る。なんの武装もしていない新野をしっかり見てからというのがいかにも小物臭い。

「これはわれわれが管理することとなったのだ。急いでいる、そこをどけ」

 どけと言われても別に道をふさいでいるわけではない。

 新野は逆に男の前に立ちふさがった。

「?! なんだ貴様」

「いや、あの、連れて行って、なにするんですか」

 なんとか笑いかけ、問う。男は新野をじろじろと見て、

「我々首都警察のもとで公務の手伝いをしてもらうだけだ」

「ほー、ニイノ、こいつらヒトゴロシや破壊工作をこいつにやらせる気だぞ」

「は?!」

 ブラウに振り返り、続けて男をふり仰ぐ。

「どういうことですか」

 男は鼻で笑うだけでなにも答えない。代わりにブラウが続ける。

「力もないが働きたくもない馬鹿なヒューマーの集団だ。武力行使は傭兵とかにやらせて、こいつらは汚ねえ金とヒトの弱みだけで遊んで暮らす毎日だぜ」

「なにを言うかっ!」

「労働局ともつながってるって話は本物だったらしい。労働局管理の動物ならペット同然だな、飼い殺す気なんだろ?」

「黙れ! ナワバリヌシの犬が!」

「あぁ? 誰があんなやつの!」

 憤るブラウを新野は手で制す。

「悪いがティカを連れて行かないでほしい」

「なにを言っている? 労働局の決定はおりているんだ、これは正式な段階をふんだものだぞ」

「でも……」

「聞けば猪の王が首都を狙っているようではないか。警察は首都を守る義務がある、この獣も力があるのなら、戦い街を守るのが当然だろう」

 正論に聞こえるが、どうもそれだけではない。新野はずっと言葉を発しないティカを見た。

「ティカ、お前の意思はどうなんだ」

 クロヒョウは眼だけを動かし新野を見返した。男たちは新野をあざ笑う。

「こいつは黙って我々についてきた。檻を出る時も首輪をつける時もおとなしくしていた。街のために戦うことが本望ということだろう」

「ティカ」

 男の言葉は無視して、クロヒョウの返答を促す。ティカは目をそらし、欠伸をひとつする。男たちはついに笑い声をあげた。

 男たちの笑いの中でも、新野はティカから目をそらさなかった。その様子をティカはちらと一瞥する。

「変わらないな、ニイノ。暑苦しくて、変な奴」

「ティカ、やっぱり!」

 小さかったが、たしかにさっき聞いた声と同じだった。新野が声を上げると周囲の面々はぎょっとした。

「い、行くぞ!」

 男たちが鎖を軽く引く。

「待ってくれ!」

 引き留める声は無視されてしまう。しかしそこでロットが割り込んできた。

「猪が来るってなんで知ってんだおまえら」

 男たちが振り返った先で、ロットは大剣をゆらりとさげた。

「お前ら猪に通じてんじゃないの?」

 にやりと笑う。すぐに斬りかかってきそうな狂気で男たちをとらえている。

 ブラウも剣こそ抜かないが男たちを睨みつける。

「労働局の許可はもらったっていったが、狼王の許可はもらってねえだろ。俺達は狼王に言われてここの動物たちに会いに来てんだ。それを邪魔してまで、つれていくのか?」

 男は苦々しく言葉を探しているようだ。

「……ヌシはどこにいる」

「今まさに猪と遊んでるだろうよ」

 途端男たちに動揺がはしった。

「それじゃあ本当にザルドゥは戦場になるのか」

 先刻ティカに怯えていた男がおろおろと聞いてきて、新野たちも気をそがれる。

「はあ? それがわかっててそいつを連れていくんだろ?」

「あ、ああ……」

「あの、隊長。だったら王の加勢に行ったほうがいいのでは?」

「馬鹿をいうな!」

 隊長と呼ばれた男は声を荒げる。

「我々は街を守るのが使命だぞ!」

「ですが……」

 もめはじめた男たちの様子に、ティカは溜息のように鼻息をついた。

「くだらないな。……猪か」

「ティカ、お前はどうしたいんだよ」

 騒ぎに乗じて、新野は小さい声で問いかける。豹はあまり興味のなさそうな顔で新野を見上げた。

「うるさい奴だな」

「うるさくて結構。お前なに考えてついていくつもりだったんだ?」

「……」

 それはたしかに豹の言葉に返答したものだったので、ティカは新野を唖然と見上げた。

「言えって。今なら聞いてやれるんだから」

 すっとクロヒョウの目が据わる。

「狼王は猪と戦ってるんだよな」

 クロヒョウの声は低く、新野も少し気圧されて頷いた。

「あ、ああ」

「……ふん。おいニイノ、俺は狼王のところに行きたいんだが」

「はっ!? だからそこは戦場だって、お前わかってんのか?」

「うるさい。か弱き人間様とちがって俺は力があるらしいからな、この街のために尽力してやろうと言ってるんだ。いいからそこの奴らにそう伝えろ」

「お前……」

 若いクロヒョウはそれきり拒絶するようなまなざしでこちらを見ている。

「ブラウ、ロット。ティカは狼王のところに行きたいらしい」

「なんでだよ?」

「それは全然わからんけど」

「よくわかんねーが、ニイノはそうさせてやりたいのか?」

「まあ、このひとたちに連れていかれるよりはいいんじゃないか、と思う」

「じゃ決定な」

 刹那、ロットは大剣を地面にたたきつけた。甲高い激突音と散った火花に面々がぎょっとして騒ぎをとめる。

「やっぱそいつおいてけ。そいつには狼王と戦ってもらいます」

 胡散臭い笑みをしたロットの発表に男は顔を歪ませる。

「なにを言う!」

 しかし直後、大剣の切先が男ののど元に向いた。

「じゃあ勝手にもらいまーす」

 男をのぞきこむロットの目はまっすぐで嘘でも脅しでもなかった。

 言葉を失った男が後じさる。するとティカが新野たちの方へ歩みだした。鎖がぴんとのびたところで、クロヒョウは振り返り再び唸り声を上げる。

「こいつもそうしたいらしいから、ここは退がったほうがあんたたちのためにもなるよ」

 新野は少し同情を含ませ、男たちに言った。


◆◆◆


 転がった猪の死骸は山となってうず高くそびえていた。

 手の中から牙と呼ばれた刀が消え、狼王は腰に手をつく。

 その両隣に眷属の二頭が並んだ。

「先頭の一団はこれで壊滅ですな」

「さすがでいらっしゃいます、王よ」

 喝采をあびても狼王はとくになんの感慨もないように森に目をやっていた。

「これならばいくら来ても我らが敵ではありませんな」

「まさにまさに」

「……そうだな」

 同意を得て二頭は喜色満面に褒めそやす。

「ならなんで、猪は攻めてくる?」

 狼王の呟きは風にのり流れていった。

 猪の王の後ろに潜む、大きな影を、狼王は見つめていた。

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