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獣のテュラノス  作者: sajiro
外伝/三条 纈編
146/147

大全世界の鬼ども集え 4

 怪物はまさに凶悪。その剛腕は計り知れず、一撃でもくらえばユハタの体は散々に壊れることうけあいで、

<あはっはっは!>

回避に続く回避を槍の哄笑を添えて、ユハタはこなしていた。

 息が荒くなり、体が徐々に疲労に重くなってくる。

<きみ、そろそろ観念するかい? 手足が鈍っているようだぞ!>

「観念?」

 ふっと笑いながら真横に打ち払われた棍棒を低い姿勢で避ける。だっと踏み出して馬頭のすねに直槍を突き出した。

 ぶもっ! と鼻息が飛び出し馬頭は足を引く。その一瞬の不自然な体勢をユハタは逃さない、体を回し遠心力をそなえた薙ぎを胴に叩きこむ。

 確かな手ごたえが届く前に、せまりくる石斧を辛くも避ける。

 距離をとらされて悔しそうに顔を上げた。怪物二頭は健在で獰猛な声を出している。

「お見事な連携にございます」

<律儀な奴め、褒めている場合か>

 ころころと笑う槍の声が少し煩く思えるくらいには、ユハタは自分の疲れを自覚してきていた。

 顎を伝う汗も放置して隙を見せず距離をはかる。対して怪物たちは左右に別れユハタを挟撃しようとするような動き。

 ユハタは背後も見ずに槍を強く回した。穂先に引っかかって幽鬼の子どもの頸動脈がすぱっと切れる。

 倒れた子どもを一瞥、心臓の位置を瞬時に見て間断なくとどめをさす。

 表情も生気も無い鬼の群れはそれにて駆逐を完了した。

<さああとはこの怪物たちだけぞ!>

「ええ」

 上機嫌の槍に素っ気なく答える。

 その声に合わせて牛と馬が咆哮を――といってもどこか気の抜けた鳴き声だ――上げて襲い掛かってきた。

 右、左、眼球が無駄なく確認した後、背中をそらしたユハタの前で棍棒と斧が空を切って宙で交差した。

 およそ人間離れした速度で上半身を素早くひねったユハタは一瞬の間に槍を回した。すぱん、と綺麗に牛頭の腹が真一文字に斬れて、出血が迸る頃には槍がもう一周、馬頭の手首を掻き斬る。

 はらわたがこぼれるのと馬頭が武器を取りこぼすのが同じくらいで、ユハタがたたらを踏む二頭の間からとんとん、と抜け出したのはその直後。

<はあ見事!>

 槍の感嘆に、ユハタは反応しない。表情はまだ冷静そのもの、二頭の怪物に槍を構える。

 それもそのはず、怪物たちは負傷をものともせず、馬頭は取りこぼした棍棒を無事なほうの手で拾い、猛然とユハタに迫る。巨岩が自分の何倍もの速さで押しつぶしてこようとしているようだ。

 避けるには近すぎる距離から棍棒が振り下ろされた。直槍の柄でそれを受け止めようとして、だがユハタは前転をして辛くも逃れる。

<ああ正解だ! 今のを受けていたらわららは折れずともお前の腕が折れていただろう!>

「少しお静かに」

 第二撃が迫り、それをまた避ける。利き手でなくなった分振りが遅い、当たれば叩き潰される勢いの一撃を余裕で見切り、ユハタは間断に槍を短く突き出す。

 穂先がかすめたのは怪物の指ただ二本。

 針を通すような正確さがその指の神経を切断する。ユハタが槍を引いた時には馬頭の手から棍棒はあさっての方向へ飛んでいた。機能を停止した人差し指と中指が猫じゃらしのごとく揺れる。

 馬頭は一瞬なにが起きたのかわからなかったらしく、空の手を見た。その軽い動作が重く致命的で、ユハタがそれを見逃すはずもなかった。

 馬の脳天を美しい刃が貫通する。

 這入って抜かれて、続いて心臓にもどんっと一撃。

 頭と胸に風穴を開けた怪物の動きが停止する。

 直後まるでほどけた帯を揺らすようにはらわたをゆらめかせた牛頭が猛牛の叫びとともにユハタに迫る。

 巨大な石斧がユハタの眼前を通過し、投げられたその武器を隠れ蓑に怪物が小さな人に体当たりをかます。

 だが人間の体を潰す前にそれはそれは綺麗に、牛頭が彫像のように足を止めた。

 ゆっくりと最後の一歩を踏み終えた時、怪物の息の根は止まっていた。

 そして、最後に牛頭が投擲した斧ががらんと地に落ちる。同じく投擲された直槍は、牛の頭かた首にかけてまっすぐ貫いていた。

 折れた首では槍の重さを支えきれず、がくりと牛頭の体がかしぎ、倒れゆく。それが倒れ切る前に無造作にユハタは槍を回収し、倒れ伏した怪物の心臓をきっちり破壊した。

 二頭の怪物を殺し切っても尚、ユハタは息もつかず肩の荷も下ろさず、また槍を握ってあたりを睥睨した。

 まるで休むということを知らない。

<…………>

 おしゃべりであろう槍でさえも、言葉を失くすほどにその男は隙がなく集中を切らさなかった。

 はあはあと疲れているであろう熱くなった体をほてらせたまま、ユハタはその口元に笑みを浮かべていた。

<楽しかったんだなあ>

 槍の感嘆にユハタは最初憮然とした。意味がわからなかったからだ。だがやわやわとその目が揺れて、ユハタは自分の口元に手を添えた。

「私、は……」

<夢中だったんだなあ>

 愕然としているユハタに槍はひどく面白そうに、顔があったならにまにまと笑っているような声で言う。

<なあきみは、本当に自分が戦嫌いだと思えるのか。そんなことはないよ。だって見てみろ、この成果を、自分の無傷な体を。どこにいるんだ、こんなに殺すのが上手な人間が。戦場だよ、きみはいつだって戦場にいるべき者だ。そういうのをわらわは知っているぞ。わらわと同じ武器だ。研ぎ澄まされて武功と戦場のみを渇望する道具よな>

「私が道具……」

<扱われて振るわれている間はさぞ気持ちがいいだろう。わかるぞ。はじめに合った時きみは随分とつまらなそうな顔をしていたが、今は見違えるようだ。迷いは晴れたようだなあ同胞よ>

 少女のような可愛らしさで純粋に嬉しそうに槍が言う。

 だが反比例してユハタの顔色は失われていく。その血色のなささえも愛おしそうに槍は明るい声を投げかけた。

<決めたぞ三条よ。わらわとこれからも振るうこととくに許す。さあこの乗り場は一掃した。次の獲物を探しに行こうぞ>

「えもの……」

<そうだ。だってわらわたちは戦場で生きる者、それ以外では役に立てぬ。いつだって斬り合う敵を、おとす首を、とめる鼓動を探す。ふふ、それこそ亡者のごとしと言われても仕方ないものよな。さりとてほかにやることなぞ無い>

 敵を殺すこと以外にできることがない。

 その言葉をユハタはぽかんとしたまま聞いていた。

 槍も無言で聞いていたユハタの様子に遅ればせながら気が付いた。目も口も丸くして唖然としている彼に槍でさえも、は? と声を漏らすほどにその顔は何秒も続いていた。

<きみ、大丈夫か? 本当に自分がわかっていなかったのだなあ>

「私は……」

 ユハタは今目から鱗を落としそうなほどに、かっちりと納得がいっていた。

「どうりで……畑を耕しても、料理をしても、洗濯をしても、子守をしてもうまくいかなかったのです」

<ぷぷ、そらそうだろう。きみの本質とはかけ離れている。むしろ真逆だ。きみの特技はそこにないんだから>

 ユハタは槍を握っていた腕をだらんと落とし、目をみはったままはるか地平線を眺めていた。

「そう、だったのか。いや……そうだったろうと、わかっていた……」

 だが、とユハタは小さくこぼした。

「あの方がもういなかったから……。そう、まさしく私が武器ならば、あの方が使い手だった。だから私はもう振るわれることのない槍になってしまって、はは、無用の長物だったのだな……」

 独り言を寂しくささやく。まぶたの裏には尾をゆらめかせる青い虎の姿が浮かんでいた。

「そんなことはずっとわかっていたのに、私はどうやら人になろうとあがいていたようだ」

<それはそれは、かわいそうに。辛かっただろう>

 心の底からの同情を全く嫌味もなく心底愛情深く、槍はユハタをなぐさめた。

 その声はユハタの胸には全く届いていなかったが、ユハタは槍を手放すこともせず、その場から動き出した。

 倒れている骸たちを駅の利用客が見なくていいように藪の中に隠してから、駅の段差まで戻ってまた腰を据えた。

 天上へ行って帰ってきた箱からは数人の人が降りてきて、楽しい思い出を持ち帰るのか笑顔をこぼしながら去っていく。

 その人々の笑顔を見てユハタはふんわり微笑み見送った。

  

 火が落ちて夕方になる。ぽつりぽつりとやって来る歩く死体を突き刺しては隠し、野営の準備をして、ケーブルカーの営業が終わると駅の傍で焚火をして過ごした。

 浅く眠り、物音や気配にすっと意識を覚醒し安全を確認してはまた眠る。

 そうすると朝がきて夜の内に殺した敵の亡骸をまた隠す。

 二日目は敵が来ない時には近くの森に穴を掘って亡骸を捨てる場所をつくる作業をした。

 穴掘りと敵を迎え撃つ作業はだんだんと慣れてきて手際もよくなり、狩りをして食料も確保した。

 一人生きることには慣れていたのでそうしてユハタは、喋る槍とてきとうに会話をしながら数日駅の守護に従事したのだった。


 ある日朝日が昇ってから正午になるまで敵が現れなくなって、ユハタは仕事の終わりを察した。

「鴉王様が戻ってこられたのかもしれぬ」

<では報告に参ろう>

 その場を去る前に最後の作業として、穴を埋めに行った。穴はかなり大きくなり中身もぱんぱんになっていて、腐臭も大変ひどかった。ユハタは慣れていたし槍は嗅覚が無いようなのでなにも問題はなかったが、穴を埋めるのに少し苦労してケーブルカーに乗ってトロントに戻る頃には夕暮れとなってしまっていた。

 数日の野営でユハタは汚れきっていたが、ケーブルカーには見るからに浮浪者と思える者も何人かいたので、さりげなく彼らのほうに立ってことなきを得た。

 トロントの森は相変わらず盛況だ。昔のように知性ある鳥たちが働いているわけではなく、人手は不足しているから、噂を聞きつけた者たちが職を求めて訪れることも少なくない。

 自分もその内の一人に見えているのだと思うとユハタは少し愉快になった。

 ケーブルカーを降りたその足で鴉王の居城を訪れる。

 謁見の間へ堂々と入れば、やはり一羽の黒い鳥が玉座にとまっていた。

「お帰りなさいませ、鴉王様」

 晴れやかに笑顔を浮かべて声をかける。

 鴉王は鳥らしく細かい動作で嘴をユハタに向けた。

『お前生きてたか』

「はい。鴉王様がお戻りになられた途端、幽鬼どもが来なくなりましたので」

『ご苦労だったな』

 簡素な言葉に気を悪くするでもなく、ユハタはいつも通りおだやかに切り出した。

「ところでこの度の仕事の報酬を頂きたく参上しました」

『は?』

 鴉は首を傾げた鴉がどこか愛らしくて、ユハタは微笑みながら手の中の直槍をかかげた。

「この槍を頂きたい」

『…………お前、なに言ってんだ?』

「駄目なのですか? もちろんこれからも私のできる仕事があればどうかおしゃってください。この槍をもって御力になりますとも」

 にこにこしたままのユハタに鴉はばさりと羽を打って向き直った。

『そうじゃねえ。お前がこれからそれを、なんに使うってんだ。俺がここにいるなら、使い道なんてねえんだよ。そいつはまた蔵に入れる、安かねえんだからな』

「そうなのですか」

 きょとんとした後、ユハタはちょっと考えてから思い直したように――ずかずかと鴉へと距離を詰めた。

『おい、テメエ!』

 剣呑な怒気をはらむ鳥に、ユハタは槍の切先を向け、微笑みを浮かべた。

「では、申し訳ありませぬ。力づくでいただきます」

『気ぃふれたか』

「おや。鴉王様もおっしゃっておられたはず。私の得意なことは――生き物を殺すことですので」

 鴉が声を上げる間もなく、すっと切先が黒い羽毛の中に吸い込まれていく。

 

 ユハタは血に濡れた刃を黒い羽で拭き取り、その拭き取るのに使ったものは玉座に恭しく置いて、謁見の間から出ていった。

<きみ、存外思い切りがいいのだなあ>

「いいえ。私は今の今までぐずぐずとしていました。思い切りはかなり悪いほうでしょう」

<じゃあ、次はどうする>

 槍の言葉に、ユハタはふっと笑んだ。その笑みはどこもおかしくない、自然なものにしか見えない。

「もちろん、次の獲物を探しましょう」

<はは、違いない>

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