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獣のテュラノス  作者: sajiro
地上の現代/獣王のテュラノス編
141/147

Wishes come true

『テュラノスは昔のように封印する。そうなれば君たちの力は無くなるだろう、君たちは元の人間に戻るんだ』

 龍王の言葉に、一同がぽかんとする。

「そ、そんなこと」

 神子があえぐと、本名が冷静に先を続けた。

「可能なのか? 我々は一度死んだ身のはずだが」

『その時を止めていた獣王の力ごと回収する。獣王たちには悪いけど、その力でもって封印式を作らせてもらうよ』

『ど、どういうことだ! 聞いてねえぞこの野郎!』

 鴉王が慌てて翼を揺すった。

『銀、きみの力はほとんど取り込んだテュラノスたちのものだろう。もう解放してやらないといけない』

 鴉は反論の言葉を見つけられずくちばしをぱくぱくとさせた。

 上空から機械音が聞こえてくる。ヘリコプターの羽音だ。

 龍は長い首をもたげてその方向を見上げ眼を細めた。

『地上の人間たちに見つかる前に、隧道を抜けて戻らないとね。ノア、ブラウ、手伝ってくれ』

 冴龍が眼をつむると背びれの青白い光から一雫、光が空に浮く。浮遊したそれは鳩の王に触れにじんで消えた。

「なんだ?」

 ブラウがいぶかしんだ直後、彼のテュラノスのしるしが輝く。

『僕の力を少し分けた。使ってくれ』

 言われるまま、ブラウが能力を行使する。

 刹那、全員の視界が一変していた。

 薄く霧に覆われた、肌寒い気候の場所。すぐそばにそびえる寺院のような建物に皆驚いた。

「これは、塔隧道ですね」

「てことは中国ね、一瞬で来れちゃうなんて……」

 往路では龍と鴉の翼で駆け、そこにブラウの能力も使った。それを今は一瞬で行ってしまった。

『モナドを取り込んだ僕はいわば本来の形だ。これでも海竜と一騎打ちして辛勝できるくらいには強いんだよ?』

「そこで自慢しちゃうとこがダメなんだよなあお前は」

 龍王がえっへんと胸を張るが即座に葵に叩かれてしまった。

「紅花?!」

 驚く声に一行が振り向くと、数人の男が駆け寄ってくる。

 先頭は以前にも会った、神子の兄である青共だった。

「兄様!」

 嬉しそうな声を上げる神子。しかしすぐにはっとして龍王を振り仰ぐ。龍は橙色の優しい眼差しで少女を見下ろした。

『さあ、お別れだ』

 異界へと続く道を抜けることができるのは、獣王とテュラノスのみ。

 神子はくしゃりと顔を今にも泣きそうに歪めていた。

「わ、私……」

 龍王は口吻をその少女の頭にそっと近づけ慰めようとする。

『紅花、みんな、君たちには大変な迷惑をかけた。だからこそ僕はきみたちを最後のテュラノスにするって約束したんだ。本当にありがとう。本当に、すまなかった』

 首を垂れうなだれる龍王に神子は鼻をすすりながら首を振った。

「謝ってほしくなんかないわ。私がテュラノスになったのに龍王は関係ないもの」

 涙をぬぐい少女は顔を上げる。

 龍はほっそりと笑んだようだった。

 神子のテュラノスのしるしがひとつまたたいてからすうっと消えていく。

「あ……」

 神子の翼も消えて、光となる。澄んだ光は一羽のツバメとなった。

「燕王?」

 風にのって滑るように飛ぶ燕は神子の肩にとまった。そして親愛のしるしとして神子の頬に擦り寄る。

「ありがとう……」

 少女は静かに涙を流しながら燕の小さな背中を優しく撫でた。

 次にぬうっと真白の鹿王が本名の背後に現れる。そうして彼の頭に口吻を押し付けた。

 本名はそれをおとなしく受け入れる。

「龍王、私は異界に行ってからでいい」

『本名さん』

「異界に落ちてからもう長い時間が経っている、地上の世界よりも異界でやるべきことのほうが多い。混沌から落ちた人間たちを地上に戻す方法を探ったりな」

『それは僕がやるべきことだよ』

「ならばそれを手伝おう。事情に明るい役がいればなにかと便利だろう?」

『本名さんはそれでいいの、もう地上には戻れないかもしれない』

「お前が気にすることではない。我が王も、好きにしろと言っている。ならばそうさせてもらうまでだ」

 本名はそれから、あきまに視線を送った。

 当人は伏せた狼王に背中を預け、やっとといったように立っていた。呼吸が少し荒い。

 あきまはそれでも明るく笑う。

「ああ俺は、テュラノスじゃなくなったらそのままさよならだな」

 自身の運命をからから笑って受け入れている。隣の狼王は聞きたくないといわんばかりに耳も伏せそっぽを向いていた。

 龍王はぐるる、と低く唸る。まるで泣いているように。

『あきま、ありがとう』

「いいってことよ。俺も世話になったしな。でも最後のわがままだ、みあいと一緒に行ってもいいか?」

『……もちろんだ』

 うっすらと黒い龍の姿に重なって、見慣れた少女が現れる。

 徐々に色味が濃くなり、少女の姿は実体と化していく。よろめくあきまがその完全に現れた体を受け取った。

 少女の二つに結った髪の色は、龍王が変化していたときの橙色とは違い茶髪だった。おそらくそれが本来の、龍王のテュラノスだった『みあい』という少女の姿なのだろう。

 みあいは目を閉じ眠っているように見える。しかしそこに彼女の魂は宿っていない。

 その少女の体を抱き、顔を懐かしそうにのぞいてから、あきまは地面に座り込んだ。

 狼王がそれを大きな体で包み込む。

 異界に降りテュラノスでなくなる時まで、王は従者を守り抱擁するのだろう。

 そして最後に、龍王は葵へ眼を向けた。

 なにも言わない冴龍の澄んだ双眸、そこに映る龍王のテュラノスは破顔した。

「俺はこっちに残るよ。もちろん俺もお前を手伝いたいからな、こっち側にも理解者がいたほうがいいだろ?」

 龍は眼を細めるだけで黙っている。

「そっか、ニイノもう会えねえんだよなあ」

 がっくりと肩を落としたロットの頭をブラウがすぱんとはたき落した。

「いてっ」

「馬鹿野郎、かもしれないだけだ。きっとまた会える」

 な、とブラウが葵に促すので、葵も応えて笑うことにした。

「葵、いつでも来てくれて構わない。歓迎しよう」

 三条が冗談めいて言う。葵も頷くが、彼の目の中の不安が垣間見えた。三条もテュラノスでなくなった時の自分に不安を覚えているのだろう。

 葵も同じ気持ちだった。

 かつて狼王から聞いた、テュラノスの意思の誘導――自分の王を理由なく信頼してしまうというもの。

 その作用がテュラノスでなくなって消えたとき、自分にはどんな変化がおとずれるのだろうか。

 だが、

「みんな、またな」

葵はそう、揺らぐ心を押しのけて言える。

 別れの言葉ではなく再会を願う、今の心を信じて。

 神子の肩から燕が飛び立ち、鴉王の頭にとまった。

『けっ、仕方ねえから乗せてやるぜ』

 ぶちぶちと文句を言いながら、巨大な鴉が隧道の扉を開けて去っていく。鳩の王を乗せたブラウが、獅子王とともに歩くロットが、虎王に促されて三条が続く。あきまに本名が肩を貸し、みあいを背に乗せた狼王も追う。

 最後尾では、黒い大きな龍が。

 葵の隣で、神子が大粒の涙を流している。しかし毅然と仲間たちの後ろ姿を見送った。

 龍の姿が灯のない暗い廊下の闇に溶け込もうとした時、葵は衝動に突き動かされて一歩踏み出した。

「龍王!」

 龍が歩を止めた気配が伝わる。

 まだ、龍王へのつながりを強く感じる。

 葵の心中ではどっと洪水のように言葉が流れていく。言いたいことがやまほどあった。

 なのに声が出ない、言い淀んだ迷いが苦しそうな息を吐かせる。

「龍王、お前の……」

 言いたいことがありすぎて、なにを言ったらいいのかわからない。

 だが王とテュラノスはつながっている。

 たとえ言葉にしなくても、真意は伝わりあっている。

 ああ、と龍王が頷いた声が闇の向こうからこぼれた。

『葵、君のおかげだ』

 その言葉が葵に届いた時、まるで熱をともなっているように熱い錯覚を覚えた。

『僕の願いは、みんなと生きることだったんだよ』

 ありがとう、と言い残して龍は再び進んでいった。

 扉がゆっくりと音をたて閉じていき、完全に閉まった時、葵の額の熱はどこかへ消え去っていた。

 全身が倦怠感に襲われている。加えて痛みもひどかった。筋肉痛やなんやらがじくじくと一挙に押し寄せてきている。

 だが葵は、笑い出しそうなほどに喜びを感じていた。

 頬を伝う涙が熱い。

 よかった、と安堵の気持ちが胸を包む。

 龍王が最後に自分の願いを肯定した。

 他人と世界のことばかり危惧し自己犠牲と後悔の念に駆られていた獣が、自分のために生きると想えた。

 それはどんなに葵が焦がれたことだろう、どんなにか龍に思ってもらいたかったことだろう。

 そばにあるいくつもの光に、ようやく龍は顔を上げて気が付くことができたのだ。

 世界の美しさには自分も含まれていることに。

「よかった……」

 涙のたまったゆがんだ視界が扉をぐにゃりと曲げる。

「う、う……」

 遅ればせながら漏れる声に気づいて隣を見ると、

「あ。あああ、每个人都(メイガレントー)龍王(ロンワン)、あうう。うええ」

神子が声を上げて泣きじゃくっていた。扉が閉まるまで我慢していたものが、堰を切ってあふれていた。

 少女が発した聞きなれない外国語に葵はぽかんとする。

「はは、そっか。テュラノスじゃなくなったから言葉がわかんないんだ」

 感情のままに涙する少女の頭を撫で、葵は涙をぬぐい鼻をすする。

 膨大な寂寞感と悲哀、それとわずかな充足感。

 テュラノスでなくなっても彼は彼のまま、仲間たちを想うことができた。

 大丈夫、と口の中で呟く。

「絶対に、忘れないさ」

 葵の日本語を神子は理解できているのかわからないが、気持ちは伝わったのだろう。少女は勢いよく葵に抱きつき押し付けた顔から声を漏らし泣き続けた。

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