VS亜龍の因子たち
鴉の王が断続的に鳴き声を上げる。
すると一斉に町中からカラスの大群が集まり出した。
『くっそ全然集まらねえな! さあてめえら、一働きしやがれヒャハハ!』
窪地のある小山の上空は、漆黒のカラスによって覆われていく。飛龍たちはその壁の中で突然の闇に右往左往した。
だが山の下、町中からその異様な光景に幾人かの住民が気付き出していた。
カラスを食い破り包囲を突破した龍たちがわらわらと町へ降り出した。
「ブラウ! 止めねえとあとでニイノにキレられるぞ!」
「わかってる! 行け!」
ブラウが空間を繋げる穴を展開させると、ロットと獅子王は迷わずそこへ飛び込んだ。
視界は一変し、住宅地から山を見上げる。どん、と車のボンネットに降り立ったロットに、中の運転手が悲鳴を上げた。
それは一顧だにせず、山からあふれる龍の影を見据える。
『ロッちゃん! 流れは山に返す感じで、威力はあんましだぞ! ここでそんなに消耗しちゃダメだからな!』
「応よ! いくぜ王サマ、火傷くらいですませてやらあ!」
ロットの右手が輝く。まるで周囲から光を集めているように。
それを絶妙な調整でもって、獅子王のテュラノスは怒号一声空に放った。
振るった拳から光とともに空気の圧が、暴風とともに空を駆ける。一瞬で龍の群れは衝撃に蹂躙され、空を押し戻され破壊の余波に散った。
「いよし!」
『いや漏れてる漏れてる!』
「あれ?!」
大群の一部から、味方の屍を盾にしてロットの衝撃を逃れた龍がいた。その巨大な口腔を開けて、道路で固まっていた住民に襲い掛かる。
女性の悲鳴が耳をつんざく。
しかし龍が噛みついたのは自動車で。紙細工のように噛み破られた車が爆発を起こし、燃え上がった龍が悲鳴を上げてのたうちまわった。
「つめが甘いし反応も遅い!」
ロットの横に神子が降り立つ。無数の燕の形をした光の粒が彼女と一般人女性を囲んでいた。女性を逃がしてやり、神子は山を見上げ直す。
続々と龍たちが町に降りてくる。
ようやく事態の異常性に感情が追いついてきた住民たちの悲鳴があちらこちらで響き出した。
「あーくっそめんどくせえなあ!」
ロットは文句を言いながらも拳を手の平に強く打ち付けた。
「人間の被害を最小限に! いくわよネズミくん!」
「任せろ! もうヘマしねえから!」
『オレもやったるぞガオーン!』
その威勢の良い味方の声は全員に聞こえていた。ブラウが小さな穴を全員の耳元に出現させることで、それぞれがどう対処しているのか理解できるようになっていた。
「おいおいこの数、いったいどんだけいるんだよ!」
くぼ地周辺でブラウは大きく手を振る。その動きに合わせ、視界内の飛龍たちの胴が全て消失していく。遺されたのは半身欠損で大量の血液を噴出させ絶命する龍たち。消えた半身は無理矢理どこかへ転移させられているのだ。
ブラウの背後では三条が槍を振るい襲い掛かって来る龍たちを返り討ちにしている。
豪槍が振るわれるたびに龍たちが次々に地面に落ちていく。
最早くぼ地は龍たちの墓場と化していた。その死骸をなぎ倒し長首龍ガルバネンラが暴れまわる。
縦横無尽にのたうつ蛇の頭にとりついているのは本名。
真白の雷槍を無数に刺し、振り落とされないばかりかどんどん深くに貫いていく。
頭を刺し殺される痛みにガルバネンラは得意の姿を掻き消すこともままならず、とにかく本名を振り落とそうと頭を振っている。
「いい加減におとなしくしろ」
亜龍は頭にとりつく敵を地面に叩き付けようと振り下ろす。
地面に激突するその時、本名はその地に向かって鹿の角を半分刺し貫いた。
龍の動きが停滞する。長首龍は頭を返そうと引っ張るが、その力に抗い、巨大な白い鉤づめが土を握り離さない。
ガルバネンラは痛みと極度の苛立ちに我を忘れ、とにかくその拘束から逃れたい一心で頭を引く。
その背後で狼王が木を蹴り宙に飛びあがった。
本名はぱっと地面から白い鉤づめを離す。放たれた矢のごとく龍の頭は跳ね上がる。
狼王の紅い牙が長大な大太刀となって、尋常ではない膂力で振り抜かれた。そこへ猛速で龍の後頭部が吸い込まれる。
落雷のごとき伐採音。狼王と本名が着地する。直後、長首龍ガルバネンラの頭部がどさりと転がり、膨大な太さの体がゆらゆらと揺れたあと、地響きとともに山の中に倒れ込んだ。
あっという間に凶悪な龍の一頭を倒した二人に、ブラウは思わず口笛を吹く。
「あのお二方は相変わらず素晴らしいな! ブラウ、我々も負けてはいられないぞ!」
「ああ、そうだな。おっさんたちには負けたくねえ!」
地震かと思うような震動とともに二人へ甲角龍アラントスが突撃をしてくる。
真っ直ぐ、早く、重装甲の一本角が莫大な怒号を上げながら。
三条が構える。その構えは甲角龍と真っ向に立ち向かうもので、
「兄弟が倒されても理解できぬ亡霊のようなその身、何度でも打ち倒してやろう」
虎王のテュラノスは全能力をその剛力へ振り込み地を強く踏み込んだ。
その後ろでブラウが声を上げる。
「ノア!」
『調整は任せるがいい、その精緻な神業を見せてくれ我が従者よ!』
頭の上で鳩の王が揚々と翼を広げた。ブラウの頬のしるしと同じく、三条の体も銀色の輝きに包まれる。
轟音を叫ぶアラントスの角の形状が変わる。らせん状に巻かれたそれは空気を焼き、熱気をも巻き込んで全てを破壊する一条の光となる。
紅い颶風と化した龍が一直線に突撃してくる。
その正面から三条も一本の槍となって飛び込んだ。
まとう銀の光は三条を瞬間的に移動させる。一歩先の未来へ。前へ前へと知覚を超えた移動は加速となって、三条の速さを光に負けないものにする。
一閃。
通り過ぎた路全てを焼き焦がす亜龍の一歩、その一歩を踏みしめる前に三条はその身を一直線に貫いた。
銀の光を失い、急停止した三条の軌跡は土に硝煙を残していた。そしてどっと甲角龍の巨体が地を揺るがす。
雄雄しい一本角からまっすぐにアラントスには空洞が開いていた。虎王のテュラノスが通過した穴がぽっかりと開き、ぶすぶすと煙を上げて龍は絶命していた。
三条もその場に膝をつく。
呼吸は荒く体は熱をもったようで、疲弊は大きいがその手ごたえに思わず口端が上がっていた。
その上空で大きな影が動く。
星々を全身に散らせた美しい龍が、何者よりも大きく堂々たる巨躯をさらして飛んでいた。