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獣のテュラノス  作者: sajiro
地上の現代/獣王のテュラノス編
132/147

アウトブレイク

 服を着ても尚神子の顔は赤いままで、いったいなにをされたのか想像しそうで葵は苦い顔をするしかない。

「いや今はそれよりも」

 ちらりと三条の足元にのんびり横たわる青い虎を見やる。

「虎王お前テュラノスの姿になれるんだったら早くなれば良かったのに」

『知らぬわ馬鹿め』

 ぴしりと虎は尾を打った。

『バルフを出て、姿を変えることの道理はわかっていた。しかしそうそう簡単に自分の姿を人間になぞできん。お前は今女になれと言われてなれるのか?』

「なれるか!」

「テュラノスだから想像さえ完璧にできたらなれる、かも?」

 龍王がこてんと首を傾げて恐ろしいことを言う。

「やめろ、絶対ならないから」

「ええー残念」

『それみろ。俺とて龍王の変身を何度か目の当たりにしたからこそできたのだ。しかし体は重いわうまく動かし方もわからんからな、そうそうなるつもりはない』

 こっそり三条が胸を撫で下ろしているのを葵は気づいていた。

「そういや虎王の先代テュラノスの姿なわけだよな? なんか見たことあるヒトだったんだけど」

「ああそれは、ロクの姉上様だからだろう。よく似ていらしたからな」

「え! たしかに目元が。そうだったのか」

「血筋でロクが次のテュラノスになるところだったのだが、私が横から奪ってしまったのだ」

『俺はそんなもの、要求はしていないぞ』

 ぶすっとした口調で虎は言うが、三条は穏やかに少し笑うだけだった。

 その時唐突に銭湯の玄関戸ががらりと開く。

 桶と風呂道具を持ったぼさぼさ頭の男がぬっと現れた。

「あれ、もうやってんだよね」

 きょとんとする、おそらく銭湯の利用客。中にいた全員の視線が彼に集中する。

「きょ、今日休業日です!」

「え、そうなの? 困るなあ」

「ええええとそのですね」

 大慌てする葵の反対側から、ブラウが淡々と続ける。

「悪いなおっさん。当分改装工事で休みだ。これからそう張り紙するとこだったんだよ」

「改装? 聞いてない……いや思い出した。そうだった、店主さん亡くなられたんだったなあ、うっかりしてた。悪かったね」

 疲れた様子でそう言い残すと客は戸を閉めて去って行った。

 とっさに姿を消していた虎と獅子がすうっとまた現れる。

 葵は詰まっていた息を吐き出した。

「ナイスブラウ」

「お前が慌てすぎなんだよ。それより店主、死んだって言ってたな」

「らしいな。もしかしたらその人が協力者だったのか?」

 と、また戸が勢い良く開き、慌てて虎が獅子とともに消える。

 しかしそこから入ってきたのはカラスだった。頭に白い毛がまじっているが、それ以外は普通のカラスだ。

「驚かすなカラスの王!」

 言い放った直後、葵は大カラスに変じた三本爪にざっくりと頭を刺された。

 葵の苦鳴をBGMに、着地したカラスが神妙に言う。

『邪龍王のクソがどこにいるかわかったぜ』

「ほんとか?!」

 頭から出血する葵に、カラスは振り向く。珍しく真面目な目つきをして。

「どこだ!」

『聞いて驚け。ここの、裏山だ』

 その場にいる全員が一瞬言葉の意味をわかりかねた。


 その裏山にある巨大な窪地で邪龍王と対峙しながら、狼王と本名が並んでいる。

 しかし本名の眼に鹿角のしるしは浮かび上がっておらず、狼王も盛大な舌打ちを放っただけで彼の牙を抜きもしない。

 眼下に立つ男の存在が希薄だからだ。

「本体はどこだ、八つ裂きにされたかったら教えろ」

 狼王が低く唸るように言うと邪龍王モナドはにやにやと嗤った。

 ただの青年にしか見えない相手だが、本当ならばその存在感には莫大な破壊力がある。そびえ立つ塔が自分に倒れかかってくるような気負いを与えられ、小動物やおよそ戦ったことのない平和な者が目の前にしたら震えを止められない、そんな殺意をばらまいている、それがモナドというモノだ。

 しかしどうだ、目の前の青年はそれを放っていない。まるで普通の人間のようだ。

 その気配の無さにこれがニセモノであるとすぐにわかった。

「この地に王かテュラノスが来ると現れる、影のようなものか」

 本名が推測するとモナドは手を打って肯定した。

――そうそうよくわかったな花丸をくれてやるよ。

「ただしその意識は本物とつながっているらしいな。相も変わらず八つ裂きにしたくなる口だ」

 鹿王のテュラノスと狼の王は底冷えする視線でその青年を見下した。

 モナドはさも愉快気に肩を揺らす。

――とりあえず再会できたことを祝福しようじゃないか。俺も困ったカリスマだ、こんな異界まで追いかけてくるなんてなあ。特にお前ら二人は熱烈だね。

「ほざくな。貴様が我々から逃げているに過ぎん」

 本名は無表情にぴしゃりと告げる。そしてわずかな間のあとその怨敵に問うた。

「邪龍王、貴様はなにがしたい」

 簡潔な問いに興味がわいたのか、モナドは目をまたたかせる。

「人類の破滅を願いながら何故すぐに実行しない。なぜテュラノスを欲しがり、新野葵のことを知りたがりここまで来た」

――だいたい推測しているんだろう? その見解を聞きたいところだね。

「本名さん! 狼王!」

 邪龍王を真ん中にして、窪地の反対側に葵たちが合流した。

 本名はそれを一瞥してから答える。

「貴様が人間を生かした龍だからだ」

「人間を、生かした?」

 本名の言葉を葵は反駁する。モナドの表情を見ると、少し目を見開きにやっと口端が上がった。

「貴様はかつて人間を愛し、しかし脅威を感じはじめた。そして白い龍との争いに勝ち、人間をどうするのか、決定権を得た。そうだな?」

 モナドはうっすらと笑い否定も肯定もしない。

「その時に人間を残らず消してしまえば良かったのだ。だが貴様はこの地に我々を追いやった。たったそれだけで、はるか未来、今となってはこのざまだ。責任を感じるのは無理もない」

 葵は神子からかつて聞いた、白い龍と黒い龍のおとぎ話を思い出す。そのまさに黒い龍であるモナドが、その内容を否定しない。その聞いただけでは人間に慈愛すら抱いていそうな龍のことを。

「その時の貴様が欠片でも残っているから、貴様はいまだに現状を理解しようとあがいている。人間にはまだ余地がある、この世界にいていいと再考の――、貴様からすれば同情の余地がな。そしてその考えを常に意見してくる龍王の存在があって、それを排除せねば人類を消すという行為が行えない。それが貴様だ」

 くつくつと、肩を揺らして邪龍王は嗤った。不愉快であると同時に、愉快でもある、相反した心理がその姿から見える。

――だとしたら、だ。俺はお前らを綺麗に平らげて、そこの邪魔な龍王を殺せば、心置きなく人類というゴミを掃除できるってことだな!

「そうだな。でもって俺達がそんなお前を止めてやるよ」

 モナドの爛々と輝く双眸が葵の姿を映した。龍の眼にとらえられ、緊張した面持ちだが全く退く気のない顔をした龍王のテュラノスの姿を。

――そう、それだ。その美しさをまずは否定しなきゃならん。

 邪龍王のニセモノは自分の指の腹を噛み千切った。

 たびたび血液を操ってきた敵に向かって、獣王とテュラノスたちは即座に臨戦態勢になるが、モナドはそれを鼻で笑う。

――俺は扉を開けるだけの門番だ。せいぜい本物の俺に会えるまで、お前ら全員生き延びろ。

 ぷつ、と切れた指から滴った血が地に落ちる。

 漆黒の円状の模様が窪地を覆う。

 深淵の穴はシブヤで葵がのぞいた混沌に似ている。

 その無数の穴の奥から迫って来る気配。

 バルフで相対した多くのそれと同じもの。

 げえっと鴉の王が嫌そうに声を上げた。

「来るぞ、亜龍だ!」

 誰かの警告の声が上がった直後、穴の向こうから続々と翼を広げた龍が飛来してくる。

 鱗に覆われた四本脚の獣がぎゃあぎゃあとわめきながら空をどんどん覆い尽くしていく。

 怪物の存在しない、現代日本の朝の空が唐突に蹂躙されていく様に獣王とテュラノスたちは目を奪われる。

 そんな中葵と龍王の前にモナドが歩み寄っていた。

――お前らはこっちだ。

 距離を取る前に二人の足場がぽっかりと穴を開ける。

 葵と龍王は闇に落ちていった。


 突如現れた穴の中に葵と龍王が消えて、ブラウはすぐさまその気配を取り戻そうとするが、頭上の鳩王が声を上げた。

『待つのだ、その闇に手を出してはならぬ! 相手の領域は深い、そちらに飛べばブラウの意識は帰ってこれぬであろう』

「くそ! こいつ――!」

 モナドのニセモノはブラウが睨む先でにやりと笑い、そのまま掻き消えてしまった。

「役目を終えたってか? まんまとあの二人を連れて行かれちまった」

『いいや、おそらく二人とも同意の上だ。抗うことはいくらでもできたはず。なれば堂々たる帰還を待とう。そして彼らの期待に応えるべく、まずはこちらが先決だ』

 鳩の王とともに見上げる。地面の穴が閉じたが、数えきれない飛龍が空を舞いこちらに開戦の吠え声を浴びせている。

 そしてその中心に浮遊するひときわ大きな、輝く龍と、地面に轟音とともに降り立った装甲の厚い龍、そして長大な蛇のような龍。

『ヴァンサント、アラントス、ガルバネンラ。最早見飽きた顔ぶれだな』

 虎王は言ってその姿を溶けさせ、三条の甲冑と槍に変じる。額に白い鉢巻をたなびかせた三条の首に、交差した爪のしるしが蒼く浮かび上がった。

 神子の全身も光の群れが覆い、様相を一変させる。戦闘機飛燕になぞらえた、速さに特化した衣装に。現れた鎖骨あたりの肌に逆巻く風のしるしが浮かぶ。

 ロットとブラウの頬にもそれぞれ銀と金にしるしが輝いた。と同時に衣装も彼らがバルフで着ていたものに変わる。自分の想像する「テュラノスの自分」が顕著に表れた衣装に。

 静かに凍える両目に、鹿角のしるしを表した本名は、紅い双刀を握る狼王と並んでその龍たちを睥睨した。そして異口同音に本名は冷徹に、狼王は弾んだ声で言い放つ。

「「雑魚どもが」」

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