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獣のテュラノス  作者: sajiro
地上の現代/獣王のテュラノス編
130/147

入国して

「驚いた」

 そう端的に述べるが、真守の表情は悪意ある微笑み以外に感情が見えない。

「あの小鳥は君の仕業か? テレパシーで話してくるなんて、人間でもそうできない」

 どこか愉快そうに言う。振り返った先に立つ橙色の青年は椅子をまたいで真守の正面にまわる。そしてぶしつけに顔をのぞきこんできた。

「ふうん、似ているようには見えないな」

 真守は固まった笑みのまま、彼を直視した。

「……弟に会ったのか?」

「お? ようやく人間らしい目になった。こんなに近くにいても、お前は人間っぽくなかったのに。あらら、またすぐ人間じゃなくなるんだな」

 青年はくすくすと目を細めて笑う。

 その髪と同じ鮮やかなオレンジの瞳を見ていて気づく。決してこの橙色は作られたり染められたものではないのだと。自然にあるものだし、違和感がない。

 そしてこの青年の存在はとても希薄だった。感触としてはまるでホログラムと会話しているようだ。眼前に立っているのに本体はここにはいない、そんな直感を真守の異常な感覚が拾っていた。

 だが驚く様子をまるで見せず、真守は再度窓を見上げた。小鳥はもうそこにいなかった。

 青年はそんな真守の横顔を気にくわないといわんばかりに露骨に不満な顔をして話しかけてくる。

「おいお前、人間を馬鹿だと思うか?」

 真守がのんびりと青年に目を向ける。

「人間を殺しまくってたんだろう? 弟に内緒で。人間がさぞ嫌いなんだろう? 人間のくせに」

 早口で問う青年を真守は意思の視えない透明な双眸で見上げる。

「おい、どうなんだよ」

 苛々とした青年の瞳孔が針のように細くなっていく。まるで獣のそれのように。

 それをただ真守は見上げた。

「いや? 全く思っていないが?」

 とてもあっさりとした答えに青年はぽかんとする。

「待て、じゃあなんで殺す」

「君はヒトの心を読めたりするんだろう? だったらわかるはずだ。わかることを言わせるなんてとんだサディストだな」

「なに……」

 青年は眉をひそめた。

 真守にとってこの青年はとても不思議だし、今までに見たことのない生き物だとわかりきっていた。彼はたくさんの同族を解体してきた分構造を熟知していたし、善人ぶるために細かい所作まで模倣できるよう観察をしてきたから、すぐに青年が「正体の分からない、知らない物」であると看破していた。

 それが随分とヒトのような質問をしてきたので、内心ほんの少し落胆を感じていた。

「あえて言わせたいなら、善意というものに興味があったからだよ。ないものねだりという言葉はわかるかい?」

「はあ」

「まあそうゆうことだ」

 だから善意を持たない青年にはさほど興味がわかない、という心意を言うのは面倒なのでやめておく。

 廊下から真守に自由時間が終わることを告げる声がある。

 真守は立ち上がって青年に会釈をしその場を去った。

「おいじゃあお前は、人間に対してはなんとも思っていないってのか?」

 まだしつこく聞いてくるので真守は困ったように振り返った。青年の姿は真守以外に感知できていないので、それと堂々と会話するのは大きな独り言をしているのと同じことだからだ。それに時間を守りたかった。なので端的に答える。

「愛はある、自分なりに。それじゃあ」

 そうして青年に別れを宣告したつもりが、真守はしばらくしてから振り向こうか一瞬悩んだ。

 だがやめておく。

 おそらく青年は真守についてきているだろう。なにか答えを間違ってしまったのか、真守は青年からの興味を断ち切れず、むしろ余計にもたせてしまったようだ。

 幽霊のような青年の存在を確認したところで意味はない。

 なにしろ幽霊なのだから、こちらからの接触は文字通り素通りしてしまうのだろう。

 真守はすぐさま青年のことを気にもとめなくなった。


◆◆◆


「ぶっはー着いた着いた」

 ロットと獅子王は、びしょ濡れになった髪と体毛を周囲に構わずぶるぶる振るって水滴を飛ばしまくった。

 日本海海上で雨にさらされはしたものの一行は無事に日本国土に侵入することができた。

 雨はあがり朝焼けに水平線が輝いている。

 現在砂浜に着陸し、コンクリートの防波堤真下に身をひそませている。

 海を見たことがなかった者たちが話題を膨らませているなか葵は道路に上がる階段を上り、周囲を警戒していた。

 夜が明けたばかりの時間帯、潮の香りと波がうつ音以外に不審な点はない。

 ゴミだらけの海岸にもそれに並んでのびる道路にも人気は無かった。

「よし、誰もいない今の内に移動するぞ」

 葵は隣で同じく身を潜ませている龍王を振り返る。

 しかしそこには大きな虎と獅子がいた。

 そして全員が続いて階段を上がってきていた。

 龍と鴉はヒトの姿になっているものの、虎と獅子は隠しようもなく堂々とそこにいる。

 一行は物珍し気に道路のほうへ姿を現すが、葵が必死にそれを止めようとした。

「こ、こらー! もうちょっと隠れんかい!」

「あ? なに言ってんだよニイノ、なんで俺達が隠れなきゃなんだよ」

 そう言って胸を張るロットは、豪奢な毛の襟飾りをつけた真紅のマントを翻している。おまけに彼の髪は灰色で、どうあがいても日本人の顔立ちでもない。

「どう見てもお前らが不審者だからだ! そんな格好してるやつがいたらすぐ通報されるし警察のお世話になるだろうがっ」

「ヒトの格好にケチつける気かよ!」

「ちがくて! でもそうともいえる、とにかくそんなんじゃこの国の人には怪しまれるんだよ」

「しかもトラもライオンもいるしねえ」

 神子が付け足した内容に同じように葵もうなだれた。

 それに対して道路が珍しいのか興味津津にあたりを見ていた三条も振り返る。

「虎がいると何故怪しいのだ?」

『なんとも失礼な話ではないか』

 不満を表して虎がぴしぴしと地を尾で打っていた。

「だめだ、まずこいつらに常識を教えないと」

「ともかくヒトの姿になれないのならば身を隠してついてこい。鴉王、隠れ家になる場所を探せ」

「鳥づかいがあれーなヒヒ」

 鴉王が空をしばし眺める。

 小鳥のさえずる声に顔を上げる。

 どこからか飛んできた雀が鴉王の上を羽ばたいた後近くの葵の頭に着地した。

――おやどはこちら。

 ちゅんちゅんと鳴いた声に重なって、つたない言葉が聞こえる。

「雀のお宿ってか」

 雀はもう一度空を飛び、たまに地上に降りては海岸沿いの道路を進んでいった。

 慌てて葵を筆頭に全員がそれについていくことになる。

 虎王は獅子王に尾を触れさせ、姿を消して追ってきた。

 人気はないが確実に街は起きつつある。

 電灯の灯りは消え、朝日が肌をあたためてくる。連なる家々の中から徐々に人々の動きが表れてきた。

 一台のトラックが大きな音をたてて一行の横を通り過ぎていく。

 不審に思われていないか葵はどきどきしたが、何事もなく車は見えなくなった。

「葵、今の大きなものはいったい」

 振り向けば三条が目を輝かせていた。

「もしかして纈、乗り物好きか……」

「そうか今のは乗り物なのか、あの中にヒトがいるということか? しかしあのように速く走るというのはいったい、どんな脚力をもった生き物なのだ?」

「うーん」

 説明するのも難しいので葵は唸るにとどめる。

 すると横断歩道があり信号機が赤色だったので歩を止めると、ブラウもロットも三条も彼の横を歩いていった。

「ちょーっとストップ!」

 大慌てて止めると三人の眼前を自動車が走り抜けていった。

 間一髪で運転主の命を救った、と葵は胸を撫で下ろすが、止められた面々はきょとんとしている。

「纈はともかくお前ら! ザルドゥにも信号あっただろ!」

「えー、赤色は進みたきゃ進めだろ?」

「はい?」

「だよな。青は進め、赤は自己責任で進めだ」

 大真面目に返されて、葵は言葉を失った。

 その後も引率の先生よろしく、さまざまなことで他の異世界者たちを止める。

 景色を見る、と狼王が電柱の上に仁王立ちしたのを必死に下ろした頃には、気疲れで肩で息をするほど疲弊していた。

「お、ついたみたい」

 龍王の頭の上に雀が移動する。

 目の前にはどこかなつかしい出で立ちの銭湯が一軒、立っていた。

「え、なにここ?」

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