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獣のテュラノス  作者: sajiro
土中の異世界/龍王のテュラノス編
13/147

ザルドゥ首都の狼王

 こんな時でも寝れるものだった。疲れていた新野は物音に目が覚めるまで、泥のように眠りこけていた。

 身を起こすと既に陽は高く、燦燦とした陽光が窓から部屋に満ちていた。

 ぼーっとしながら胸をかいていて、そこを見下ろす。今日も音がしないそこをいまだに信じられない気持ちで見る。

 胸の鼓動がなくなっていたことを知り、朦朧とした意識のまま眠ってしまった。

 階段を降りてきた二人を見上げる。自分に寝床まで貸してくれた、獣人の二人。

 その格好に、新野は目を丸くした。

 ブラウとロットは容貌も体格もほとんど同じで、声も調子は違えど同じである。無表情で黙ってしまえば、髪型以外で見分ける手がない。

 それが今は、色違いのコートを着てそれぞれに武装をしている。

「ど、どこにカチコミに行くんだよ!」

 真っ青になって新野は立ち上がる。

「はは! カチコミておまえ!」

 赤黒いコートのロットは身の丈ほどの大剣を背負っていた。

「これぐらい普通なんだよ」

 青紺のコートを着たブラウは同じく剣を背負い、コートの内側にもなにやら物騒なものがちらついた。

「じゃ、行くか」

「おーう」

 普段よりも固い雰囲気を醸し、二人の視線は新野に集まる。

 注目を浴びた新野はうろたえながら後じさりした。


 目の前で開く見慣れたドアに新野は絶句していた。

 ラッピングされていない銀色のボディ。スライドして開くドア。

 渋谷でも走っていた、都営バスそのままだった。

「お客さん乗らないんですか? 行きますよ」

 スピーカーから漏れる声に慌てて乗り込む。同行する二人も乗り込むと思えば二人は跳躍し姿を消す。直後天井にどすんと重い音。

(こんなあからさまな無賃乗車見たことねえ!)

 なにごともなかったようにドアは閉まり発車する。

 内装も地上と変わらないが行先を表示する掲示板の文字は読めない。

 しかもほかの乗客が明らかに人間ではなく、新野は息がつまる思いであいた席の近くに立ちすくんだ。

 患者着は捨て若干サイズの小さいブラウの服を着ているが、内心は冷や冷やしたものだった。

 バス(の上)に乗っている二人に行先を聞いたが、てんで意味がわからない。


「ナワバリヌシのところに行く。街の外れだから、ちょっとかかるぞ」

「いやいや、ナワバリヌシってなに? てか俺も行くの?」

「むしろあんたが行かなきゃなんだよ」

 ブラウは溜息をついていた。

「そもそも狼に従ってりゃ、もうナワバリヌシには会っていて、今行く必要も無かったってのに」


 狼と聞いて身がすくんだ。

 おそらくこのバスは首都のはずれに向かい、そこからあそこに行くのだろうと新野は思い至っていた。


 予想は的中し、灰色の廃墟まで戻ってきた三人の目の前に建つのは傾いた塔。

 シブヤ109。

 新野は重い足取りで二人についていく。

 塔の中は地上にあった頃とは一変していた。なにもかもがフロアの端に乱暴に寄せられ、まるで台風でも通った後のようだった。人工の灯りはひとつもつかず、壁にあいた穴や亀裂から陽光が入り込んでいる。

 うっすら埃の積もる床には無数の足跡がある。狼のものだ。

「いやあしかしまさか、ニイノが無一文とはな」

 無駄に床のものを蹴りながら進むロットの声は、新野の緊張など少しも知らないふうで明るい。

「いやむしろここの通貨が日本円だってことに俺は驚きなんだけど?」

「地上の金はなんでも使えるんだよ」

「でたらめだな! それどうゆうことだよ、いろいろおかしくなってくるんじゃないの?」

「さあ。てかバス代いつか返せよ」

「わかったから! 何回目?」

 まだ三回だ、とつぶやくブラウは背中の柄に手をまわした。鞘から抜き放たれたのは銀の光りをこぼす片刃の剣。

 新野が声を出す前にブラウが飛び出し、空間に火花が散った。

 突進してきた牙を刃が受け止める!

 耳に障る音がこだまし、刃は牙を跳ね上げる。切っ先は弧を描いて柔らかい肉に到達、一気に獲物を両断した。

 噴水のごとく血潮を吹かせ断末魔をあげることもなかったのは、猪のような獣だった。ただし剛毛で足が長く猪よりも遥かに巨体だ。

 回転し落下した折れた牙が、新野の足元に突き刺さる。

「……!」

 事態に対応できない新野にロットが並び、大剣を背中からおろした。

 剣を振り露払いするブラウも戻り、周囲を見回す。がらんどうのフロアに眼光がいくつも浮かんでいた。

「おいおい狼たちはどうしたんだよ。入り込まれすぎだろ」

「みんなナスに出張ってんじゃねえか?」

 三人の前に次々と巨大な猪に似た獣が現れる。顔面にびっしりと角を乱立させた異形の猪は鼻息荒く対峙する。

 獣たちは興奮しきっており前脚をかき、頭を振る。

 今にも突進してきそうだ。角の大波が間近にあり、新野の背中に冷や汗が流れていく。

「家にまで入られてんじゃヌシ引退したほうがいいんじゃねえか?」

「どうせ寝てるかなにかだろ、あのおっさん」

 猪の群れが割れ、奥からひときわ巨大な猪が前に出てきた。その威容は天井に届きそうで、角の数は最早顔面を覆い尽くすほどである。わずかに階全体をゆらしながら歩んでくる威圧感に圧迫される。

 猪は鼻から激しく空気を吐き出し、前傾姿勢をとる。

 対してロットが嬉しそうににいいっと笑い、大剣を水平に掲げた。

 フロアを突き刺す緊張感に息がつまる。猪が牙だらけの口腔を開け、大音響の咆哮をあげた。巨大なひづめが床を破壊し、最速の突進を繰り出す。

 刹那、猪の横っ腹に巨大な獣が突進した。

 猪の喉元に食らいつき、床にたたき付ける。轟音とともに床が陥没、すぐさまその頭に牙をたて、ぐしゃりと頭蓋が破壊される音とともに猪は絶命した。

 突如現れたのは、狼だった。純白の毛に、猪に勝るとも劣らない体躯をした。

 真白の狼は全身の毛を逆立て、猪の群れにらんぐいの刃をむけ唸り声をあげる。その形相は最早悪魔。狼は跳躍し、猪の群れに着地し全身の勢いを爪にたたきつけ群れを蹂躙していく。

 哀れ群れはフロアの奥へ波になって引き、先を争い退散していく。

 何頭も足蹴にして、白く巨大な狼は後を追わない。

 群れが姿を消し、フロアに静謐が戻ると毛をおろし、狼は振り向いた。

 狼の頭だけでも新野より十分大きい。一瞬のできごとに固まる新野の前で、ブラウとロットは武器をおさめた。

「久しぶりだなブランカ」

 気安くブラウが手をあげると、それに頬をすり寄せ狼は目を細める。

「お前割り込むなよ、今俺がやろうと思ってたところだろ」

 惜しむロットに対して、ブランカと呼ばれる白狼は細く鼻を鳴らした。

「悪かったわね、坊や」

「うお!」

 同時に聞こえた優しげな女性の声に、新野は肩を跳ねさせる。

「彼は誰?」

 ブランカが首をかしげるが、ブラウもロットも返答しない。彼らは鼠の獣人、鼠の声しか聞こえない。狼の言葉が聞こえているのはやはり新野だけらしい。

「あー、俺はなんか連れてこられまして」

 おっかなびっくり発言すると、二人もようやく理解したのかブランカを仰いだ。

「おっさんにこいつを会わせたい。お探しの、テュラノスだってな」

「テュラノス?」

 ブランカが眼を見開き新野を見下ろす。

 頷いていいものか、新野は大いに迷った。


 猪たちの無残な死骸をまたぎ、三人はブランカに連れられ起動していないエスカレーターを登っていく。あきらかにサイズオーバーな狼は器用に体を滑らせ、すきまをぬって縦に階を上がっていく。

「最近ナスが多くて、みんな出ずっぱりよ。今はわたしと彼しかいない」

「ナスってあの黒いやつだよな」

「そう。あれがなにか知らないのね?」

 狼の眼はまるでビー玉のように澄んでいた。ブランカは白一色の体毛をしており、猪の返り血も浴びていないその姿は美しい。その美しさはむしろ恐怖を抱かせるようなものだったが。

 だから見つめられると直視し辛く、新野は頷いた。

「あれはヒトの影。地上から落ちてきた人間が森で命を落とし、自由になった影がああしてうろついているのよ。際限なく食い尽くして、森を破壊するおそれがある。目的もないし対話もできないから、殺すしかないの」

 衝撃だった。

「じゃあ、あれは、元人間ってこと……?」

「そうね。でもその名残はなにもない」

「俺も、ああなってた?」

 あの森で死んでいたら、新野の影がひとりでに動いて鹿を食い狼に食われていたかもしれない。

 回避したとしても起こりえた現実に身を震わせる。それと狼に食いちぎられたナス。それだけの人間があの森で死んでいたということ。渋谷から落ちた、きっと何の罪もない人々。

「それはないと思う。あなたがテュラノスなら」

 またそれか、と新野は顔を歪めた。

「なんなんだ、テュラノスって」

「それも知らないの。坊やたちもヒトが、いえネズミが悪いわね」

 ブランカの一瞥に黙ってついてきている二人は口ぐちに、

「なんの話してるかわかんねえが今のはなんかわかったぞ」

「ブランカ、あとで覚えとけよ!」

とわめくとブランカはひっそりと笑った。

 最上階に着く。フロアは変わらず同じ様子だったが、そこは大きく壁が破壊され、街が見えた。灰色の廃墟に囲まれたザルドゥ首都。廃墟の外には緑の森が広がっている。ザルドゥ首都は、渋谷の街並みを残しつつも異文化が混ざり合い混沌とした、しかし賑やかな街に見えた。

 ブランカはその半壊した壁とは逆の、壁が残っているほうへ歩む。

 外を見たあとで、薄暗く思えた奥でなにかうごめく。

 ブランカよりもひとまわりおおきな狼が丸くなっていた。

 檀幕のような厚く、大きな布の上にその狼はいた。

 青銅に似た輝きを放つ体毛と、今開かれた金色の瞳。

 あきらかに今まで見てきた動物たちとは違う、静かでしかし相手を圧倒する空気をまとった獣。

 首をのばし、顔をあげる。なんの揺らぎもない双眸が新野を捉えた。

「狼王、お客様よ」

 ブランカが狼の胴体に鼻先を近づける。

「?」

 不思議になって新野は目をこらす。見れば狼の影に埋もれて一人男が寝転がっていた。だらしなく間延びした声をあげ、男はのっそりと起き上がる。

 乱れた黒髪をぞんざいにかきまわし、男はものすごく不機嫌そうにこちらを見た。

 そして欠伸をした。

「ニイノ、彼がザルドゥ首都を治めるナワバリヌシ。狼王よ」

 ブランカは肩を落して恥ずかしそうに小さく言った。

 それは青銅色の狼ではなく、明らかにその男を差していた。

「ってそっちかよ!!?」

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