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獣のテュラノス  作者: sajiro
地上の現代/獣王のテュラノス編
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獣王とテュラノスたち

 自分のことをこんなにも他人に話したのは、葵にとって初めての経験だった。

 だがこの場にいる誰もがそのことに対して、動じていない。

 それがどんなに安心することだったか。こうして話してみてようやくわかることができた。

「よかったね」

 まるでその心中を見透かしたように、龍王が葵にそう声をかける。

 橙色の髪を揺らして、少女はにっこりと笑って見せた。

 葵への疑心も晴れて、一行は再度邪龍王を追う決意を固める。

「となれば一刻も早く、ここトロントの上空にある塔隧道を抜けるべきだが」

 本名が眼鏡に触れながら言う。葵も頷いた。

「それで俺達は現代に行くってわけだ」

 塔隧道と呼ばれる、空に浮かぶトンネルを抜けた先は、神子からも以前聞いたように現代の世界につながっている。

「中国に行くんだよな」

 まさかこんな形で元の世界に戻ることになるとは。

 だがその現実にたいして葵は心を揺さぶられなかった。

 おそらくテュラノスとなったからだろう。王が行ってほしいと思わない限り、テュラノスも行きたいと強く思うことがないのだ。

「ニイノや神子が生まれた世界だよな。まさか別世界に行くことになるなんて、思ってもみなかった」

「ほんとほんと! やあすっげえ楽しみだよマジで。食いもんとか違うかな?」

「あんたたちねえ、観光に行くわけじゃないのよ?」

 神子が呆れたように肩をすくめる。

 ロットの弾む声に空気は明るくなりかけるが、 本名がまるでそれに気が付いていないように冷徹な声で神子に問いかける。

「テュラノスで隧道を抜けたことがあるのはおそらく君だけだ、意見が聞きたい」

「んぅ、意見といっても特に無いわ。飛んで抜ければすぐよ。戻って来るのだって簡単、扉一枚よ」

「それは我々獣王とテュラノス以外も抜けられるのか」

 本名の問いに神子はきょとんとする。

 狼王が言葉を付け足した。

「軍団でも連れて行く気だとしたらお生憎。無理だろうな」

「何故そう断言できる」

「そりゃあ試したからだ。昔ザルドゥの隧道を抜けたことがある。俺が連れていた人間は、気づくと入り口で突っ立っててな、本人も理由はわからないが穴を抜けることができなかった。だがそいつはテュラノスになった途端穴を抜けられるようになった」

 狼王のテュラノスの存在が出たとたん、本名の目が細まっていたが狼王は無視をしていた。

 どうやらなにか因縁がありそうだが、事情を知らない葵たちにはそのぴりぴりした空気を心配するくらいしかできないでいた。

「では、やはりここの面々で行くしかないようだな」

 仕切り直したように本名が告げる。

 ほっと葵たちがするのとは裏腹に一人異議を唱える声が上がった。

「待て待て待て! 俺様を勘定に入れていやしねえか? 冗談じゃあねえよ」

 小憎たらしく顔を歪める男、鴉の王だ。彼も今は喰ったテュラノスの姿なので、若いアジア系の男の姿をしている。鴉の時の名残か、前髪の一房だけが白い。

 鴉王は豪奢な椅子に座っていた腰を浮かせかけて、犬歯をむくようにまくしたてる。

「俺ぁ関係ねえぞ! 邪龍王が異界に行ったのなら万々歳だ。そっちの世界がどうなろうが知ったこっちゃねえ。ヤダね、行かねえよ勝手にしやがれ!」

 腕を組んでふんぞり返るその様は、こちらの意見を全く聞く気がないようだ。

「ちょっとなに言ってんのよ! そんなの無責任すぎるわよ、ここまで加担したなら最後までやんなさいよ!」

 鴉王とは長い付き合いに見える神子が噛みついても鴉王は聞く耳をもたない。

 誰もがかける言葉をもたないので、神子の止まらない声だけが響いていた。

「確かに強制することはできない。獣王が邪龍王を討たねばならない決まりなどないからな」

「でも戦力はあるに越したことないだろ」

 本名の意見にブラウが言う。

 しかし本人が行く気がないのではどうしようもない。

 葵は困りつつ隣りの龍王を仰いだ。

「どうすんだよ」

「うーん、ていうかさ」

 龍王も困ったようにへらりと笑顔を浮かべ、頬をかいた。

 そして面々にさらりと言う。

「みんな邪龍王――モナドと本気で戦う気なの?」

 一瞬その場が静かになった。

 次の瞬間には、葵とロットと神子の驚愕の声が重なる。

「「「はあああああ?!」」」

「なにを今さら言ってんだよ!」

 葵の怒声に龍王は慌てて耳をふさいだ。

「だ、だって僕には理由があるけども。みんなはほら、危ないしさ」

 そこまで言った少女を葵はぎろりと睨みつける。

「理由なんてあるだろうが。俺の話聞いてたか? あんな奴をのさばらせていられるか、俺は同じ過ちをする気はない!」

 葵が本気で苛ついているのを感じて龍王は身をすくませる。

「えへへ、だってさあ」

 ロットが不意に首をかしげた。

「んじゃさ、あんたはなんでそんな危ない奴を止めてえの? その理由ってなに?」

 核心的なことをのん気に聞いたのが、なにも考えていなそうなロットだったのでブラウが愕然としていた。

「そっか。そうだよね、話さないとね。新野が――葵が言ったのだもの。僕だって話さないとか」

 こほん、と龍王は小さく咳払いをする。

「モナドは元々、僕の因子だったんだ」

 しんとその場が静まりかえった。龍王は澄んだ瞳を上げて続ける。

「ナハバルで龍は滅んだ。僕はその最後の一頭だ。今までの龍の全ての想いを因子として身に宿らせた、最後の龍」

「最後って」

 葵はつい哀れになった自分の王を見つめる。だが龍王は明るい声のままだ。

「といっても友達はたくさんいたよ、人間の女の子だって友達にいたんだ。でもね、ある日その子を僕はテュラノスにしてしまった。死んでしまった友達を生き返らせるために。テュラノスを生み出す方法は、内なるモナドが教えてくれた。彼は偉大な龍だった、誰よりも強く知識も豊富だった、愚かな僕はその声に耳を傾けてしまった」

 テュラノスを生み出した自らを、愚かだと言う。テュラノスである葵は自分を否定されながらも、その通りだと思った。

 本当は死んで一生を終えるはずが、獣王の命の欠片によって蘇った存在、それがテュラノス。

 自然の理から逸脱した存在。

「モナドは因子でありながら生前の魂が強すぎた。僕と対話するうちに自己を確立し、意思をもち、そして僕の体を奪ったんだ」

「は?」

「だからあのモナドの体は、僕のもの。モナドの犯した罪は、もとはといえば全部僕のせいだってことさ」

 申し訳なさそうでもなく、龍王は笑った。

 葵は反射的に彼女の襟首を掴み上げた。

 神子がびくりと反応する。

 だが葵は神子が龍王を心配しているとわかっていても、この苛立ちを止められなかった。

「なに笑ってんだよ」

 嫌悪感ではない。ただ哀しかった。

 龍王は結果だけを淡々と話すのだ、その時の事情や心情は離さず、ただ自分が全て悪かったと。

「違うだろ。本当にお前だけが悪いわけない」

「そうかな」

 首をつかまれても龍王は平然としていた。

 その冷めた表情にも苛々する。

 葵は必死にその苛立ちをおさめようとした。

 なぜならこれは葵の感情だけではないのだ。龍王が自分自身を嫌悪しているからなのだ。

 それが哀しくてならなかった。

 手を離し、葵は龍王を見下ろす。

「僕はけじめをつけなきゃね」

「罪滅ぼしか? モナドを殺して自分も死ぬのか」

「あの体は僕のものなんだ。それを壊したら僕だって消えてしまうんじゃないのかな。いや、ほんとのところはわからない。ただ止めなくちゃいけない。これ以上誰かが傷つくのは嫌だ」

「だったらそこに、自分も入れろよ」

 怒りのままに睨みつける。龍王は少し目を見開いた後、気まり悪そうにうつむいた。

 わかった、と返事をすることはない。

 いやまだだ、葵は思う。必ずいつかわかった、と言わせてみせると。

「もういい。お前がそうなら、俺だってそうだ。俺にも理由がある。それに俺は龍王のテュラノス、お前についていくに決まってる!」

 まだ少し怒ったような口調で宣言すると、龍王は力なく笑った。

「うん、ありがとう葵」

「じゃあ俺達も理由あるよな。邪龍王をぶっ潰す!」

 ロットが腕を振り上げて言う。ブラウは反対に嘆息した。

「仇なんだ、当然だ。でも勘違いすんなよ、俺達は俺達の意思で邪龍王を倒す。俺らの王だってそう思ってる」

 ブラウの頭の上に座っている鳩が慇懃無礼に頷いた。

『その通りだ龍王殿。吾輩にとって邪龍王は世界の危機そのもの。戦う力を持っていてなにもしないなど、言語道断である。吾輩は鳩の王ノア。そして従者ブラウ・セネカゼリ・ゼズィ! 力を貸そう!』

 小さな胸を突き出し羽を広げ、ノアは高らかに参戦の意を伝える。

 興奮して、黒い鬣を震えさせ大きな獅子が咆哮を上げた。

『オレサマも! 獅子王、名前はハラバ! 強い奴をぶっ倒すのがオレサマの強さの証明になるのだ! なあロっちゃん!』

「おう! てかブラウだけずるいだろ、ロット・ソロンゼリ・ゼズィだ! 俺に任せとけ!」

 意気揚々とする一人と一頭に、黙って場を見守っていた三条が思わず笑っていた。

 その三条に寄り添う青い虎はふんと鼻で嘲笑する。

『馬鹿には任せておけぬからな、仕方ない我々も戦ってやろう。あと俺に名など無いぞ』

「もちろんですとも。この三条纈、身命を賭して虎王様にお仕えいたします」

 次々と名乗り出るので、焦って神子も身を乗り出した。

「私だって! り、龍王を助けたいし、力になりたいの! 私は大燕の神子であり、今は飛燕の王でもあるんだから。邪龍王なんかに負けてらんないのよ!」

 慎ましい胸を這って彼女も力強く言った。

 それらを受けて、本名の背後にゆらりと真白の巨大な鹿が現れる。

 ナハバル生まれの神獣である鹿の王は、他の獣王と違って常に実体でいなくてもいいようだ。

「本名櫛奈だ。もちろん戦おう。いささか奴は、はしゃぎすぎているからな」

 眼鏡の奥の絶対零度の目に若いテュラノスたちはぞくりと冷たいものを感じる。

 そうして最後はやれやれと座ったままで狼王も続く。黒い髪を鬱陶しいそうにかきあげた。

「邪龍王は殺す。それが俺の決定だ、そして俺のテュラノス――幸野あきまの意志でもある」

 ずん、と地響きとともに突如彼の後ろに巨大な狼が降り立った。青銅色の豊かな体毛に、存在するだけで相手をねじ伏せるような威圧感を連れて。

 本名がその狼を見上げた。狼の姿はすぐに空気に溶けるように消えてしまう。

 狼王は気だるげに、だがいつもとは違うはっきりした調子で告げる。

「今のは俺の本体だが、あの中であきまは眠っている。二年前の戦いで魂が負傷している。王の体の中が一番回復が早いからな、といっても魂は完全には修復できない。あいつが全力で戦えるのはわずかな時間。それを使う時までは温存している。あきまの体を放り捨てておくわけにもいかないからこうして俺が入っている。とまあそういうわけだが、わかったか本名、そう噛みつくなよ」

 にやりと笑みを向けられて、本名は狼王を睨み返した。

「友人を喰った俺が憎かったのはわかる。だが喰ってはいなかったんだ、確執はここで捨てろ」

 狼王に言われて余計に本名は殺気をまとって睨むが、手は出さなかった。

 狼王は満足したように指を打つ。

「じゃあ自己紹介も終わったんだ、行くとするか」

 そしてそのままその指に差された鴉王がぎょっとした。

「俺は行かねえったら!」

「送迎しろって言ってんだよ」

 ぞんざいな狼王のいいぐさに鴉王は爆笑した。

「行くわけねえだろボケ! 龍王にでも乗っかっていきな!」

「定員オーバーだろうが。安心しろ、邪龍王にいじめられて弱体化したお前なんぞ、そこの新米二人にも劣る。連れて行っても足手まといにしかならん」

「はあ?」

 新米二人、と言われたブラウとロットも反論したそうだったが、それより早く鴉王が狼王をねめつけた。

「なんだとてめえ……?」

「六枚羽も今じゃ二枚か? そこらのカラスとなにが違う、教えてくれ。おっとそれじゃあ俺達を乗せて隧道に行くこともできないか」

 うっかりしていた、と目をしばたたかせる狼王。あからさますぎる挑発だったが、鴉王は易々とそれにのってしまった。

「なま言ってんじゃねえぞてめえ! こんなものすぐに元通りだ!」

「すぐってどれくらいだよ、俺があくびをしないうちにできるか?」

「当然だ! すぐだすぐ! 一日もしねえ!」

 ついに鴉王は席を立って息まく。

 すると狼王は瞬時に態度を豹変させた。

「お、そりゃいい。じゃそのうちにザルドゥにでも連絡しておくか」

 狼王は意気揚々と部屋を出て行こうとする。龍王と葵の横を通るときに愉快気に指示をする。

「じゃあ出発は今夜だな、その頃にまた来る」

 鼻歌まじりに部屋を出て行った彼を鴉王は見送ってから、はっと我に返った。

「だああああああ! あのクソヤロおおおおお!」

 頭をかきむしってじたばたする鴉王を見て、葵と龍王は同時に苦笑を浮かべた。

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