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獣のテュラノス  作者: sajiro
狭間/新野編
122/147

Fallen

(おい、おい)

 そう囁く声に判然としない意識が半分だけ向く。

(そう嘆くな。わしらはみんな、お前の中で、お前の力になるために出番を待っているからな)

 そう告げる声はとても肉体を無くした者のとは思えない、明るいものだった。


 新野ははっと目を覚ました。

 見覚えのある部屋だった。

 身を起こすとベッドの上。大きく開け放たれた窓の外には穏やかな陽光のもとトロントの森が広がっていた。

 ここはカラスの王の居城だろう。

 シビノの因子を受け取りバルフを落とした後、全身の力を持って行かれたような虚脱感が新野を襲った。あとは覚えていない、意識を失いここまで運ばれたのだろうか。

 思い出すといてもたってもいられず、新野は部屋を後にした。


 三条は明るい野原でほとほと困り果てていた。

「虎王様、いい加減出てきてくださいませんと、村の者が心配するばかりです」

『なにを言う。邪龍王に寝返っていた俺のことなど、もう誰も気にもとめん』

 つっけんどんな言葉は、不機嫌にゆらゆら揺れるしっぽだけ木陰から出している主のもので、

『あーあ、こうなるとうちの王はてこでも動かねえよ』

『おいたちもまあ同感よ、今村のもんたちと会っても以前のようにはいかんだろう』

『えー、ぼくは会いたいけどなあ、また子どもたちと遊びたいなあ』

 他の虎たちも口ぐちに言う。皆だらだらと陽を浴びながら草原に寝転んでいる。

 虎王は余計に声をとげとげしいものにした。

『五月蠅いわ。だいたい貴様らはもう俺の眷属でもないはず、とっとと好きなところへ行け、失せろ』

『なーに言ってるんですか、しっかり者の那由多さんがいないんだ、もっとぼくらで力を合わせて生きていかないとですよ』

 最も年少の大典太が全身を伸ばしながら言う。他の者が言えないようなことをこの虎はいつも空気を読まず言うが、それが時に功を奏すのだ。

「サンジョウ」

 声に振り返ると茂みからロクが現れた。

「ロク、皆の様子はどうだ」

「存外落ち着いている。年寄りどもは気落ちしているが、子どもたちからしたら亜龍のいないここは楽園だ。それを思えば誰もバルフが落ちたことに、文句の言いようもあるまい」

 ロクは虎王にこっそり目を向けたが、尾しか見えなかった。

 三条は彼女の背中をやさしく押してその場から離れた。

「虎王はどうだ」

「まだ、皆に会うことはできそうにないな」

「そうか。そうだな、わかりあうのに時間が少し必要だ」

 それより、とロクは三条を見上げた。

「龍王のテュラノスが目覚めたようだぞ」

「そうか!」

 鎧も脱ぎ、槍も無い三条が身軽な格好のまま今にも駆けて行こうとしたのでロクはすぐさまその袖をひっぱった。

「待て! お前どこに行く」

「どことはもちろん葵のところだが。ああそうだ、鴉王様にもこれからロクたちがどうしたらいいか聞いてこよう」

 にっこり笑う彼とは裏腹にロクは唇を一度噛んだ。

「お前は……。はっきり言わねばわからんお前は!」

「ど、どうしたロク」

「我々ともうともに暮らす気はないんだな?!」

 三条の胸に拳を打ち付ける。少女のか弱い力では彼を揺らすこともできない。

 一瞬ぽかんとした三条は彼女の震える肩に気がついた。

 目を細め、肯定する。

「そうだな」

 少女の肩はびくりと跳ねた。おそるおそる帽子の奥から、対峙する相手の表情をうかがった。

 三条は晴れやかに笑う。

「心配するなロク、皆が安心して暮らせるよう、邪龍王のことは私と虎王様に任せるといい。ここでの新しい生活に慣れるまでは不安もあろうが、きっと楽し」

「もういい」

 ロクは言い捨てて踵を返す。

 背中ごしに、彼が不思議がるのがわかった。だが振り返る気にもなれなかった。

 進んだ先で、木陰に大きな青い虎が座っていた。

 懐かしい虎王の姿だ。ロクが幼い時から知っている姿と変わっていない。

『あの馬鹿は必ずここに連れ帰る』

 ロクの背中にそう声がかかったが、涙に濡れていた顔では上げることはできなかった。


 居城の最も高く、奥まった一室には豪奢な椅子が一脚置いてあるだけだ。

 それに座るカラスの王は、ヒト型時の長い足を組んで大変深い溜息をついた。

「面倒くせえよ俺は」

「ここまで乗りかかったくせに何言ってんのよ!」

 神子が胸を張って鴉王に文句を言い放つ。いつもなら強引な仕返しがくるが、まだ全快といかない王はそれすらも面倒なのか神子を無視した。

 その部屋にはほぼ全員が集結していた。

 獣は鳩と獅子だけで、鹿の王はいつも通り姿が見えない。

 皆戦闘時とは違って簡単な衣服に着替えている。が、空気はどこか緊張していた。

 そこに新野が入室する。

「新野、もう大丈夫そうだね」

 龍王が微笑んで迎えたが、室内は急激に冷ややかになった。

「ようニイノ、まだ眠そうな顔してるけど大丈夫か」

「まああんだけすごいことしたらそうなるわなー」

 鳩を頭に乗せたブラウも、獅子に寄りかかっているロットも口ではいつも通りだが、その声が妙に重い。

 その原因に思い当たるふしがあって新野は本名を見る。

 本名はゆるく首を振った。

「その話の前に、現状を教えてやろう。邪龍王は地上に向かった。しかしいまだ活動を控えている。意図はわからないが足取りがつかめなくなったのは日本海。トロントの隧道は地上の、中国につながっている。我々はそこから後を追うかたちになるかと思うが」

 眼鏡に触る本名。その言葉の隙に狼王が舌打ちをした。

「すっぱり言え本名! なにを遠慮してる」

「黙っていろ狼、貴様にも問いただしたいことはある」

「それよりもこっちが先だろうが! 新野」

 狼王の威圧的な眼力に新野は対峙する。

「お前の名前を言ってみろ!」

 怒号が放たれた時三条と虎王が扉を開けた。

 様子がおかしいことに少し驚く。

「どうした(マモル)……」

 狼王は吐き捨てるように笑った。

「それだ! 新野マモル! 邪龍王が言うのもわかる、地上では殺人鬼だったお前がここでは正義の味方になろうとしていたなんてな。とんだ偽善もあったもんだ」

「は?」

 剣呑となったのは三条だけだった。神子もブラウたちも驚いた様子がない。新野の予想通り彼らはもう知っているのだ。

「全く俺もそんなやつに殴られたのか。それがバルフを、ひとつの島をああも簡単に落とすような力を持つとは。龍王お前もとんだテュラノスを選んだな、テュラノスの過去を知らない王なぞいないぞ」

「狼王、言いすぎだ」

 龍王がたしなめようとすると、それを制したのは新野本人だった。

 新野は顔を上げる。そして三条を見るがその表情はむしろ平常よりも穏やかだった。

「纈ごめんな、嘘を言ったつもりは……いや、嘘だよな。でも自分からばらすのはなんか、違う気がして」

「葵?」

 新野は目を細める。それは罪悪感を表していた。

「新野マモルはたくさん人を殺したんだ」

 その目が異様で、三条は息を飲んだ。

 地上に空いている、混沌の果てしない暗い穴と同じ闇がかいま見えていた。

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