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獣のテュラノス  作者: sajiro
孤独のバルフ/虎王編
121/147

バルフのおわり

 黒葵龍は力を失くし地に落ちる。モナドも続いて降り立った。心の臓は弱弱しい鼓動で血の海に転がっている。

 すぐさま新野の翼が虹の光を放つが、その光に触れたとたん、シビノは獣のうめきを上げてのたうった。

(だめだ新野、王に匹敵する因子だ!)

「くそ! あんた、同じ龍をどうして!」

 回復させることも出来ず、新野は悔しさに邪龍王を睨みつける。

 モナドはその視線に表情を変えず言い放った。

「因子はいくらでも取り込んでおいたほうがいい。それでお前、俺のテュラノスになれよ」

「――は?」

 モナドが差し伸べた手はたしかに新野に向いていた。

「テュラノスを忌む異端だろ、お前。自分がテュラノスでありながら、このテュラノスというシステムを憎む。お前の願いはテュラノスの根絶だ。それなら俺と同じじゃないか」

 息を飲んだのは他の面々だけでなく新野自身もだった。

 そんなこと、と否定する言葉が喉元まで出かかるがそれが声になって出ない。

「おや、まだ無意識の芽だったか? だがお前の意識の底では確からしい。そんな過去があるのなら無理もないよな」

「過去って、俺の過去を見たのか?!」

 モナドの含み笑いに新野の頭が冷えていく。

「それならお前の王がどんなに偽善者かわかるだろう? 偽善がどれだけ悪かわかるだろう? 偽善者であったお前ならな」

 シビノを見るためかがんでいた新野がばっと立ち上がる。王を侮辱された怒りの反射か、ほかの衝動からか自分でもわからない。

 その新野からの敵意に気づいているのかいないのか、モナドはシビノを再度示した。

「さあその因子を食え! もっと強くなって俺のテュラノスになれ! 偽善者から善者になりたければな、新野マモル!」

「マモル? ニイノのことか?」

「おいおいほんとになっちゃうのか?」

 戸惑うブラウとロットに三条がそんなわけがない、と否定する。

マモルならば……」

 しかし新野はモナドを睨みながらも無言だった。そのこめかみに汗が一筋流れていく。

 心中でうずまく、葛藤。

 狼王がゆらりと新野に向けるのは、冷たい殺気だった。もしも邪龍王の誘いに頷いたなら、一瞬にしてその体を無くしてやろうと冷徹な狼の眼が物語っている。

 が、その判断をとどめるように本名がわずかに狼王の前に出る。

 カラス王を抱く神子も新野を見上げていた。

 その時答えあぐねる新野の前に、腕を組んだ龍王が立つ。

 冴龍の姿ではない、二つに結わえた橙髪を翻した、少女の姿で。

 バルフのバランスは最早崩れている、王はテュラノスの姿を取り戻していた。

 龍王は胸を張り邪龍王をきりっと直視した。

「僕が偽善者だってのはいい。だけどお前が善者だってのは絶! 対! 無い!」

 目いっぱいの力をこめて放たれた断言。

「僕と今まで戦ってくれた仲間や、テュラノスたちに。新野、君にも誓う」

 振り返った龍王が小さな少女の手を新野に差し出した。

「必ず君たちを最後のテュラノスにする。モナド、お前を止めてな!」

 橙に輝く気配を背負って言い放つ少女の顔は美しかった。

 新野の手よりずっと小さい、指も細いその手を新野は見つめながら、

「龍王、俺にそれを願う資格はあるかな」

と聞く。しかし彼の心はもう決まっていた。

 心は晴れ間を見せて、その手を握れと言ってくるから。

「資格なんて必要ない。君の優しさは、嘘なんかじゃない」

 そう言ってくれる者が一緒に戦ってくれるというのだから、新野はそれ以上の願いなどなかった。

「そうそう、天然記念物なみにな」

 獅子王のテュラノスがそう言って快活に笑った。

「お前はいつも良くしようって前向きだよ」

 小鳩王のテュラノスもうんうんと頷く。

「葵は人も、自分も愛そうとしている。それはまやかしではない」

 穏やかに虎王のテュラノスも同意した。

 新野は感謝の気持ちを背中の向こうの面々に抱き、龍王と並ぶ。

 邪龍王は眼を細めて、ふうん、と首をかしげた。

「お前は他人に言われて、それを信じられるのか?」

「こいつらの言葉だから信じられるんだ」

 断言した。

 その新野の瞳は隣の龍王と同じように輝いていた。明るく光っていた。

 邪龍王にはそれが眩しく感じられる。そして二年前にもこうして龍王のテュラノスは輝く眼で彼に立ちはだかった。

「不可解だ。どうしてお前らは、そうときたま美しいんだ。なのに俺に敵対する。葵、お前の世界を見ればわかるのか?」

 問いの意味がわからず新野が答える前に、モナドは軽く地を蹴って宙に立つ。空を見上げ、ふっと姿を消した。

 本当に唐突に、目の前からいなくなってしまった。

「気配が、消えた」

『なんだこれは……どこに行った?! 完全に無いぞ!』

 虎王が戸惑いと憤りをないまぜにした声で吠える。それはつまりこの世界に邪龍王がいないということだ。

「それって、まさか他の世界に行ったってことか?」

 新野は焦り空を見上げた。バルフのかけらがどんどんと空に浮いていくのが見える。

 神子も見上げていた。

「ねえでも今は、まずバルフを止めなくちゃ! 龍王、あのバルフを結界で包むってのは?」

 神子が上げた提案は龍王が言った内容だが、彼女は首を横に振る。

「ごめん時間がない、結界を作り上げる前にバルフがバラバラになるほうが早い。小さい欠片まで囲うには、範囲は広すぎる」

「そんな……」

 一瞬静まり返る、その空間が凍結した。

 新野と龍王がぽかんとする。二人以外は動かない、これはまるで龍の因子を取り上げた時と同じだ。

 すると横たわるシビノが血の泡を吐き出しながら身じろいだ。

(新野、わしを取り込め)

「大丈夫か?!」

 駆け寄る新野の体を尾が押した。その力はひどくか弱い。

(わし、はもうどうせ助からん。心臓を抜かれては、再生もままならん)

「でも……」

(悲しんでくれるのは、嬉しいが。ああくそ、もっと遊んでみたかった。本来いてはいけない、時代だしの。くっそー……)

 せき込むと龍は大量の血を吐き出した。呼吸は通り抜ける風のような音がする。

(わしは黒葵龍、ものの重さを操れる。この島を、海に落とすがいい)

「……ありがとう」

 沈んだ声で新野が礼を振り絞る。龍王がそっとシビノの額を撫でた。

(まったくやさしすぎるなお前ら。新野、お前の過去とやらはしらぬが。まあ、こんなみじかいあいだでもわかるよ、お前はおひとよしだ)

「そうかな……」

(ふふ、そうだよ。でなければそんなかおはしないさ。だから、まあいい。だいじょうぶ、偽善をたおせ、龍王のテュラノス)

 シビノは眼をつむり。小さくうなった。

「それじゃあどうすんだよ!」

 唐突にロットが動き出し頭をかきむしるが、遅れて黒葵龍の姿が忽然と消えたことに驚く。

 凍結していた時間は、現実では一瞬にも満たない時間になる。

「因子を手に入れたのか」

 すぐ察した本名に新野は頷き、ブラウに向き直る。

「ブラウ、俺と龍王を残してみんなさっきの船に行ってくれ」

 ブラウは目を見開くが、新野の表情を見て頷いた。

「……わかった。任せるぞニイノ」

「おう!」

 にっかり笑った時、文句を言いたそうなロットや狼王たちも含め姿が消えた。

 あとに残されたのは二人だけ。

 龍王が新野の手を握る。

 見ると少女はにっこり笑う。

「僕が君を支える。安心して集中しろ新野」

 少し緊張して新野は声を出さず力強く頷いた。

 右手を掲げる。新野の額に花開くようにひし形と翼のしるしが浮かび上がった。

 髪も双眸も橙に輝き全身がほのかに光る。

 指先の爪が鋭利になり、手の甲からざわりと鱗が生えていく。右手からヒトの姿が龍と混ざっていくようだ。姿が変わることに本能的に怖気が走る。

「大丈夫、シビノだ。敵じゃない、君を助けてくれる、仲間だ」

 龍王の穏やかな声と熱い手が、新野に冷静さを取り戻させる。

 恐怖を自覚する。そしてこれも自然だと受けいれる。

 すると、右手が完全に龍の鱗に覆われ突起が出来青白く光った。

 黒葵龍の力を宿した右手が新野に確信をもたせる。

 これならいける、と。

 

 空へと落ちていく欠片がはじめに、バルフだった島がゆっくりと下降していく。

 波のない沖合に、それは水飛沫を津波を起こしながら落ちていった。

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