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獣のテュラノス  作者: sajiro
土中の異世界/龍王のテュラノス編
12/147

ステージ・ザ・チェンジ

「はあいみんなのお待ちかねサリーだ! 明日の天気を予報するぜ! 明日は一日晴天晴れのピーカンだ、西の一部ではサンサン・ザガンが散歩をするらしいから槍が降るかもしれねえぞ、鎧着てスーパー行きやがれ! 今夜は雲もなく星も綺麗らしいが、見上げるのはメィズ社特製ゴーグルを持ってる富裕層だけだ、てめえらはもちろんよしとけよ! そんじゃあガキどもはさっさとフロ入って寝るんだな、バアイ!」 

 静かな暗い部屋で、新野はテレビを見つめていた。謎な天気予報が終わると、画面は真っ赤になり、重低音なロックがかかり出す。

「なんだこれ」

 画面はそれで固まった。主電源を落とし、ソファに寝転ぶ。天上ではファンの大きな羽が回っている。

 夕方に出会った二人の青年の家に新野は帰ってきた。約束だった話も終わり、整理できない頭をもてあましたまま、こうしてリビングに寝泊まりすることとなった。

(ここは、いったいなんなんだ)

 夜の静けさに一人ぼっちになると、いかに自分が異常事態に見舞われているか考えてしまう。

 穴から落ちて、なんの準備もないままおかしなところに来て、こうして一日が終わってしまった。


「帰れないぞ」

 シャワーをかりてひと段落した新野に告げられたその一言。


(信じられない)

 ファンを睨みつけながら心中で低く呟く。

(絶対に信じない。誰も、誰にも別れを告げていない)

 地上では新野はどうなったと思われているのだろう。おそらくまだ誰にも、いなくなったと知られていないのではないか。仕事は休みで、地元は東京とは反対側。一人暮らしの会社員が誰にも告げずこっそりと渋谷の鎮魂会に赴いていたのだ。

 そして、落とされた。

 橙色の頭を思い出す。

 自然と拳を強く握っていた。

 翌日出社しなければ、職場が新野の行方不明に気が付くことだろう。

(警察が探して、見つけられなくて……死んだことになる?)

 冗談ではない。全く笑えない。

 ふつふつとした怒りが胸の底で湧いていた。異常と恐怖に疲労しきった心でも、怒りだけはこうも易々と湧いてくる。渋谷が前触れなく崩落した時もそうだった。

(こう考えよう。これはまだ、ラッキーだ。帰る手立てといっしょに、渋谷がなんでこんなバケモノの街になったかも調べる。そんで帰って)

 そこまでつらつらと考えて思考は急停止した。根拠も理屈もなくその先も考えぬまま、自分の思考の暴走を自覚して小さく息をつく。

 問題はそれだけではないのだ。

 白いケットを肩まであげて、新野は目をつぶった。



「帰れない?」

 濡れた髪もそのままに、新野は反駁する。冷蔵庫をいじっていた青年は手を止めて、

「そんなに怖い顔すんなよ。あんたの一番気になる点だろうと思ってな、まずはそこをはっきりして」

「帰れないってなんだよ」

「……」

 青年は憮然とする。

 リビングの奥にあるバーカウンターのようなところで、倒れていた椅子がある。それを立たせて新野に示した。水を用意してくれる。

 渋々と新野はそこにつく。

「それじゃあ約束に答える。面倒だから質問してくれ、答えてやるから」

 ソファにどっかりと座った彼は真剣な表情でいてくれた。

「ここは、どこなんだ」

「ザルドゥ首都」

 新野は青年を思わず睨みかけたが、その前に彼が続けた。

「おっとそんなんじゃわかんねえよな。えーっと、あんたのいた地上、秩序のある世界と、星の影にある異界……ナハバルっていうんだが、その間がここだ。混沌、煉獄であり元現世であるところだ」

「元現世?」

「落ちてきた地上がでたらめにくっついて、この世界はできてる」

 こうもはっきりと言われると逆にすんなりと受け入れてしまう。何度も思っていたが、どうしても信じにくかった事実だ、ここは異世界だということ。

 落ち着け、と新野は自分に言い聞かせた。

「地上ってなんで落ちてんだ……?」

「知らないね。俺達が生まれた時からもうこういう世界だったんだ」

「そんな、このまま落ち続けたら、どうすんだよ」

 絞り出すように聞く。地上では世間を騒がす天災だった、しかし人々の間では生活を一変させるような事象にはとらえられていない。時間が驚愕も恐怖もどんどん溶かしていってくれる、そしてやがては日常にまざり、気にならなくなる。

 渋谷でさえそうだった。誰もそこから日本が崩壊する、などと騒ぎはしなかった。なぜ落ちたのか人々は不思議に思ったが、それが自分の身に降りかかる心配はしなかった。だから崩落した、という悲劇性だけが日夜報道されていた。

 地球には今いくつも穴が開いているのに、それに世界中がパニックになるようなことはなかった。

 きっと隣の家が落ちたって、他人事だろう。いつか自分の足元がなくなるまで。

 だから新野にはもう他人事ではなくなった。

 こうして落ちたことで、恐ろしくなる。やがては地球全部が落ちるのではないか、そしてみんな、この異世界に呑まれてしまうのか。

「なんで落ちるのか知らないと、止められないだろ?」

 そうだ、やはり原因を調べなければ、と強い気持ちで顔をあげると、青年は真逆に冷静極まりなかった。

「俺達にとっても落ちてくんのは止めたいがな……。ま、勝手に調べてくれよ。次の質問は?」

「……テュラノスってなんだよ」

「獣王の奴隷だ」

「はぁ?」

 首をかしげたと同時に廊下の先から、青年が走ってくる。

 彼の顔を見て、新野は思わずポークマンの最期を思い出す。さっと顔を青くして、口をおさえる。

 会話をしていた青年はそれに気が付いたが、シャワー室から走ってきた彼は全く気がついていない様子でカウンター上の水を一気に飲み干した。

「おいおい俺なしでもう始めてるのか?」

「……」

 明朗な彼の声に新野はなにも答えられずにいる。彼の笑顔が、あの殺戮の場と同じものだったから。

 ポークマンはこの異世界では一般の住民のはずではないだろうか。外見は全く違えど、同じ社会で生きる者を惨殺しておいて青年にはなんの変哲もない。

 この彼が異常なのか、世界が異常なのか、自分が異常なのか。

 新野にはどれが異常で危険なのか、判断がつかない。

 空気が硬直する前に、ソファに座る彼が立ち上がった。

「……ニイノ、話は街に出てするか」

 青年の急な提案の意図がつかめない。

「おお、外行くか?」

「お前は残れ、今日の電話番だろ」

「なんだよ」

 口をとがらせる彼をおいて、二人は家を出た。


 その家は古ぼけた木造りの一軒家だった。傾いた看板がぶら下がっている。

 路地は狭く、建物は密集している。夕闇に染まった道には自分たちしかいないが、家々の窓から光が漏れていた。

 夕焼けがはるか先に見えた。

「……太陽がある」

「あるだろそりゃ」

「なんっでやねん! ここは地下なんだろ?」

「今さらだな。ここはナハバルに片足つっこんでるんだ、地上の常識で考えるなよ」

 言って歩き出す背についていく。

 もう一度振り返り、看板を見た。簡単なネオンで飾られたそれは、『ANGFA』と表記されているようだった。

「ここ店かなにかだったのか」

「店とは違うが、俺達はなんでも屋みたいなことをしてるんだ、アンファっていう」

 それには聞き覚えがある。ポークマンが青年のことをそう呼称していた。

「文字はローマ字なんだな」

「ローマジ? 聞かねえな」

「ふうん。あ、そういや名前!」

 ぽんと手を打つ。青年もようやく思い至ったようだ。

「俺はブラウ。もう一人はロット」

「双子? 顔そっくりだろ」

「フタゴってなんだ? 兄弟はみんな同じになるだろ?」

「うーん」

 なにか会話に齟齬があるように思えるが説明できないまま歩いていると、大通りに抜けた。

 開けたそこはカラフルなテントが立ち並んでいる。

「ここがバザー。だいたいなんでもそろう」

「へえ」

 赤いテントの下では果物が多くの籠に積まれていた。見たことのあるような、ないような、そんなものたちが。

 テントのむこうの店主は深いフードをかぶっているが、その頭部の形状がどう見ても人間のそれではない。

「……」

 地上の常識で考えるな。

 二人以外に客はちらほらといるばかりで、テントをたたんでいる者たちもいた。

 人外がいる点をのぞけば異国の街の一風景、という感じだ。

 鉱石を並べるテント、虫を並べるテント、など用途不明なものも少なくない。

「そういえばなんで外に出たんだ?」

 興味深く見てまわっていた新野は振り返った。

「……あれ?」

 後ろにいたはずの彼の姿がない。

 突然後ろから襟首を引っ張り上げられ、新野は呻いた。

 かかとが宙に浮く。頭上からかかる声が二重に響く奇妙なもので、

「「おいおいこのヒューマー、逃げ出してきたんじゃねえかあ?」」 

 水色の肌をした筋肉隆々の巨人が新野をつまみ上げていた。その隣にいる細い骸骨のようなヒトはしきりに頷いている。

「そっすね! まちがいないっす!」

「「だよなあ? 病院に持ってきゃ報酬くれっかな?」」

 強引に持ち上げられ、つま先も浮いて息がつまった。患者着のままの新野を病院に連れていくというのだろうか。

 しかしその前に窒息で死にそうだ。周囲の住民たちは遠巻きに見ているだけで助けてくれそうもない。

 苦しまぎれに、つかむ指を叩き新野は暴れた。

「「あぁ? なんだこいつ、うざいわー」」

 もう一本の腕が持ち上がり、新野に向いてくる。それがでこぴんをしようとしているのに気が付いてぞっとした、こんな、新野の胴体はありそうな太い指でやられたら、新野の頭などスイカ割りのスイカよりもひどいことになってしまう。

「「殺して持ってくわー」」

 なんの負いも感慨も思考もないまま放たれた死の宣告に戦慄する。

 巨人の本気を疑う。だが同時に、

(地上の常識で考えるな)

 ブラウの言葉と、ロットのポークマンに対する容赦のなさを思い出す。

(こいつは本気で、蟻を踏む感覚で俺を殺すんだ)

「そこまでにしとけ」

 割って入った声に巨人の指がするりと離れる。新野は地面に落ち咳き込んだ。

 悲鳴をあげて走り去っていく二人をブラウが見送っていた。

「やっぱその格好目立つな」

「……っ、おまえ……!」

 ブラウがいたずらが成功した子どものように邪気なく笑うのに、新野は目を見開いた。

「まさか今の、わざと?! わざと途中で助けた?!」

「ヒューマンはだいたいカツアゲされるから、これから気をつけろよ」

 言い残して歩き出すブラウを、目を丸くしたまま新野は見た。

「まあそう怒るなよ。ここがどんなとこかちょっとはわかんないとかと思ってさ」

「口で言ってくれれば十分だったよ!」

「いいやそれじゃ不十分だね。ここではなんでも起きるし、基本的に弱肉強食なんだ。命なんて軽くて、そこらに生えてる雑草と同じ価値」

「雑草て、そこまで言うか」

「ああ、花を咲かせるなら雑草のほうが価値があるかもな」 

 頭を抱えたくなった。

「だからロットがヤバイってわけでもねえ」

「!」

「あいつはおかしいが、殺人を楽しむ変態ではないと思うぜ」

 ブラウはにやりと笑った。

 彼には新野がロットを恐れていることがわかっていたようだ。

「そのためにか……」

「勘違いするな。話の一環で必要だっただけだ」

「でもほんと死ぬかと思った」

「テュラノスのくせにざまあねえな」

 憮然とすれば、肩に小さな衝撃があり飛び上がった。

「にいの! 落ちちゃうよ!」

 見ると鼠が前脚で必死に肩にくいついている。それを助けながら、

「お前、家に帰ったはずじゃ」

「うん、すぐここの近く。窓からにいのを見かけたから。服も目立つ、いつまでその格好をしているの? あぶないんじゃないかしら」

「うん、そうだな……」

 ブラウをねめつけると彼は顔をそらした。

 こいつ、と思ってから新野ははっとする。

「ブラウお前、今の会話がわかったのか?」

「あ?」

 新野と鼠の会話内容がわからなければ、できない行動だったのではないか。

「ああ、そうだな……」

「そうだよな。てかお前、前も俺とこいつの話がわかってたからこそ、俺が動物と話せるって気が付いたわけだし……」

 新野が鼠と会話しているのを見てその事実を突き付けてきたブラウだが、その会話が成立しているものとわからなければ、ただ鼠と話す頭のおかしい人間と思うだけではないだろうか。

「お前も、鼠の言葉がわかるってことじゃん。じゃあお前も…テュラノス?」

 鼠が首をかしげていた。

 ブラウは首を横にふる。

「違う。……俺とロットは、ハーフだ」

「ハーフ? ってなんの」

 ブラウは溜息をつく。

「鼠と。鼠とヒューマンの、獣人ハーフだ」

「な…! い、いや、カイブツがこうもいっぱいいるんだ、それくらいいるよな……。じゃあお前、鼠に変身するの?」

「うるせえ聞くな!」

 ブラウは顔を真っ赤にして踵を返した。荒く歩き出す、灰色の頭をぽかんとして見る。とりあえず聞いてはいけないらしい。

「俺は鼠のハーフだから鼠の言葉だけがわかる。他はさっぱりだ。でもテュラノスは違う。あんたの主と同じ程度にはわかるはずだ。テュラノスの能力は主の格によるっていうから、あんたがどこまで話せるのか俺は知らないね」

 鼠と別れ、ぶっきらぼうに話すブラウに追いすがる。

「いや主って、なにそれ。てか俺はそのテュラノスってやつなのか、ほんとに?」

「あんたさあ、自分の心臓が動いてるかどうかくらい、すぐに気が付けよ」

「へ?」

 振り向いたブラウは新野の胸を指さした。

「死んでたら心臓は動かないだろ?」

 どきっとした、今の衝撃はでは、なんだ。

 新野はおそるおそる自分の胸に手をあてる。そこに触れてちょっとしてから、すぐさま自分の手首をつかみ脈をとった。

 いや、とろうとした。

 いくら探しても待ってもそれが見つからない。

「は、はは……」

 乾いた笑いがひくつく口端から漏れる。

「あんたの時間は、テュラノスになった時から止まってるはずだ。それならもう、生きてるっていえないだろ」

 たしかに自分の心臓から、鼓動は感じられなかった。


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