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獣のテュラノス  作者: sajiro
孤独のバルフ/虎王編
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崩落する島

「外から連れてきたってまさか……!」

 新野が弾む声でカラスの王に問いかけようとした時、ひときわ大きな揺れが襲った。

 神子が思わず悲鳴を上げるほどの揺れだ。カラスは飛び立つ。

「まずはここから出てからにしよう!」

 槍を構えた三条が壁に向く。その向こうをカラスが目立つように飛んだ。

『焦んなボケ! 順番を間違えんじゃねえ!』

「順番?」

『この牢屋をぶち壊したらそれこそ、あれがばかに暴れるだろうが!』

 あれ、というのは今傍観をきめこんでいるだろう邪龍王のこと。

「村人を逃がすのが先なのだろう?」

 本名が静かに三条に言う。三条の迷う手に虎王の尾がいさめるように触れた。

『しかしそれをどうやる? このカラスがやってくれるとでも?』

『やるかボーケ』

「そのための保険だ」

「あれ、そういえばあの龍のヒトいない!」

 いつの間にかいないシビノの姿に神子が素っ頓狂な声を上げた。新野もすっかり忘れていたが、たしかにいない。



 眼下に浮遊する島は、その巨体を斜めに傾がせていた。

 島の最端から、ぼろりと欠片がとれる。

 地面の塊とそれに生える木々もろとも。島の大きさからしたらほんの一部だが、欠けた空が、宙に浮かんでいく。

(いや空に、落ちていくようだな)

 バルフの上空を飛ぶ優美な獣がその異常な光景に息を飲んだ。

 黒葵龍こっきりゅうの眼の前で、亀の甲羅に似た島が、砕かれ空に落ちていっていた。

(全くでたらめな力じゃな)

 龍の橙色の双眸は、さらに自分の上に浮いている男を見上げた。

 同じく橙に染まるその眼は、たいして面白そうに光っていない。

 モナドは見えない椅子に座るように足をかけひじをつき、つまらなそうに顎を手においている。

(まさか邪龍王とやらがわしのご先祖様だとはのう)

 シビノの声にモナドは眼を細めた。

「俺は白銀龍と争う時にお前らの世界を抜けた身だ。お前に俺の血は入っていない。だからお前は俺に従わないんだろう?」

 ぎろりとにらんでくるのは、自分よりはるかに小さいヒトなのに黒葵龍はそれ以上動かない。彼の頭上を飛んだとしたら翼を折られる気さえする。

(世界を救うとは本当か?)

「本当だとも。もっとも最早虫の息、かわいそうだから首を落としてやるのさ」

(救世主がこの所業か)

 淡々とシビノは言ってバルフを見下ろす。

「救世主だろうと破壊神だろうと。強者に決定権があるのが理だ、人間がこの地球をむしばんでいるのももとはといえばこのモナドの強さが決めたこと」

 かつて黒葵龍と白銀龍の最強が争い、人間は地上という世界での生活を決定づけられた。

「その虫が穴くいになり住む地を失くす。そうしたら綺麗にまた地をまぜて穴を埋めなきゃならん」

(虫といえど生きている人間が億といるのだろう)

「地をならしたらまた増えるだろう」

(バルフが地上ではなく我らの世界に落ちたら?)

 ああ、とモナドはぽんと手を打つ。

「そうしたらそっちを壊すのを、何千年か後にできるな。どうせいつかは破滅する」

 シビノは無言で男を見上げた。嘘もなく、本心から言っているように見える。そしてそこになんの悪意もうかがえない。

 モナドの言葉とともにシビノには何千何万という種の悲鳴と涙が聞こえ、見えたが、男には全くその陰りはなかった。

「まあそれは杞憂だ、これはそっちに落ちないらしい。――それで」

 気が付けばシビノの背にモナドは座っていた。

 重みも知覚してからかかる。

 全て後になってわかる。

 いつの間に、なんて言葉も馬鹿馬鹿しくなる。

(でたらめな奴め……)

「お前はさて、今死ぬか、あとで死ぬか」

 背中に乗っているのはヒトではない。

 殺意もなにもないのに、自分から彼に恐ろしさを感じてしまう。全身がすくむ。

 食べられる前の皿の上の料理の気分だ。

(…………!)

 シビノは声なき声を上げた。

 目の前の死を、わずかな理性で薙ぎ払った。

 龍は大きく身をよじる。自分の生み出した硬直を振り払って、男を背中から落とす。

 モナドはただなんとなく、手を出さず龍の背中から降りてやった。

(あ、あいにくだな)

 からからの声で龍は声を絞り出す。

 笑っているようだが喉の奥から漏れただけの空元気の塊だった。

(わ、わしはたいがい、希望を捨てない者のほうが観察しがいがあると思うのでな!)

 言い捨てるや否や、龍は一目散にバルフに向かって滑空していった。

 モナドはそれを見送る。

 至極わからない、といった表情で首を傾げた。

「希望って俺のことだろう?」

 うーんとうなってから、モナドは決めた。疑問を解決するために引き続き島の落ちる様を眺めることに。



(あぶな、あぶなかったのか?!)

 なにやら慌ただしく一頭の龍が降りてくる。

 新野たちが捕まる箱の上に降りて、シビノは長い吐息をつく。

「いやいやあんたなにしてんだ! 状況わかってんのかー!」

 新野はシビノに向かって声を張り上げるが、シビノは額の汗をふくように尾を動かした。

(いやあ歳をくっても上には上がいるものだな、こんなにどきどきすることってまだあったのじゃなあ)

「青春を思い出したじじいか! おいあんた、ここはいいから村のみんなのところに行ってくれ!」

 新野が指差した方角に黒葵龍は首を向ける。

(あー、それは崩落の方じゃないか)

「崩落?!」

(この島の端から落ちてきてるぞ。どれ間に合うか)

「待て、それはどっちに落ちているんだ」

 本名に呼び止められたシビノはぎくりと止まった。

(お前さんらには言いにくいが、地上とやらのほうだぞ。あれがそう言っていたからな)

「バルフが、俺らの世界に……?」

 言葉にしても冗談のようだ。

 新野は呆ける前に三条が立ち尽くしていることに気が付いた。

 まばたきもしない彼が、ただ槍を握る力を強める。

「纈」

 新野の呼びかけに三条はすっと目を細める。

「大丈夫だ葵。今はそれより皆の命を救わねば」

(生きていれば、なんとかなる!)

 新野と三条も龍王の突然の叫びに驚いた。が、三条はいつものようにふわりと笑う。

「その通りでございます」

 そしてそれに同調するように、

「多分そっちはもう大丈夫だぜ」

と不意に落ちてきた声。

 その久しぶりの声色に、新野がぱっと木々の間を見上げる。

 蹴られてしなる枝があった。

「いくぜ王サマ!」

『いけロっちゃん!』

 シビノが大急ぎで飛び立ったその陰から見えたのは一瞬。

 ただ振り降ろされた拳が壁と衝突した時、閃光。

 直後に襲った爆風は全てをなぶった。空気は暴れ木々は傾いで根を露出しテュラノスたちは地面をつかんで飛ばされないように耐える。

 破壊の波は一瞬で、それが過ぎ去ったら通常の空気に戻る。

 森は斜めになったまま。新野は暴風に乾ききった肌と、ずれた服のまま、あっけにとられて眼前に降り立った人物を見た。

「ロット……」 

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