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獣のテュラノス  作者: sajiro
孤独のバルフ/虎王編
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リライ・ホープ

 水晶の檻に捕らわれた直後、大きく地が揺れた。

 しっかり立っているのもままならない揺れだ、新野は龍王に片手をかける。

「じ、地震?! ここ浮島だよな?」

(てゆうよりこれ、動いていないか?!)

 龍王たちの動揺を笑うようにモナドはにやにやと眼下の面々を見下ろした。

「次会うときはふさわしい地で、と言ったろ? その点この地は適役だぞ。ふたつの世界のつなぎめに、奇跡的な均衡を保って浮いている。針の上に立つ島だ」

『それゆえ均衡を保つ作用を利用したか。亜龍の因子は本来の形になりやすく、王も本来の姿でしかいられない』

 言葉をつなげた虎王をモナドはぞっとする眼で見ていた。弧月のような口元は崩れない。

「奇跡を保つ力だ、作用は強い。だがそれだけ儚いのさ、ちょいと押すだけで簡単にその均衡が崩れる」

(バルフをどうする気なんだ、モナド!)

「わかっているくせに聞くんじゃねえよ。この島はこれから落ちるんだ」

 なんの悪気もなく、モナドは告げる。

「どちらの世界に落ちるかは見物だな。安心しろきっとお前ら獣は生き残る、人間が粉々になればそれでいい。俺の大いなる優しさで別れの時間はくれてやった、じゃあな」

「待て!」

 冗談のようにふっと男の姿は消えてしまった。

 島が落ちる、敵の発言に新野も龍王も一瞬わが耳を疑う。

「シトスツ!」

 狼王の怒声により、手の中の赤い剣が形状を変える。ひまわりの花弁に似た、鋼の掘削機に。

 耳障りな駆動音とともに急回転した無数の刃が、淡い半透明の壁にあてがわれる。極大の火花を散らして壁を破壊せんと狼王の牙がうなりを上げる。

 その音を止め、見た壁は真っ黒に焦げていた。しかしひびひとつ見当たらない。焦げもゆるゆると戻っていく。

 本名の背負う靄が八本に別れ蛇のように地中に潜っていく。

 なにかに突き当たったのか靄は動きを止めた。

「地中にも張り巡らされている」

「空もね、しっかり箱になってるみたい」

 飛んていた神子が龍王の傍に降り立った。

(僕が作った急ごしらえなんかとはわけが違う。綿密で高密度だ……)

「邪龍王はどこへ行ったのでしょう、村人は」

 村人を心配する三条に龍王が、 

(眼中にないだろうね、ずっと放っておいたんだから)

「だったらここは、全力を合わせてぶち壊すしかないな」

 新野が声を張り上げた。気落ちしたり未来を危ぶんていても仕方がない。三条が頷く。

「ああ、それに時間もない。奴の言葉が真実ならば、この島は間もなく落ちる」

『全くいけすかぬ。こやつらの故郷でもあるというに』

 虎王は刺々しい声色で唸り、三条の足に身をすり寄せた。

 本名は眼鏡を外し、地中から戻した靄を、攻撃的ないくつもの槍へと変化させる。

 そして面々が驚くべきことに、全部の切っ先を狼王に向けた。

「なんのまねだ」

 剣呑な瞳が交差する。

「貴様も全力を出す局面だろう。狼王、お前のテュラノスをどうした?!」

 本名には珍しい荒げた声に狼王は無言を返す。

「先刻現れた青銅の狼、あれはお前の本体だ。食ったテュラノスの姿と、本来の姿が同時に存在することはありえん。貴様はテュラノスを食ってはいない」

 槍の切っ先が震える。今にも飛び出したい衝動を抑えているようだった。

「あきまを、どうした」

 狼王が本名の直視をふっと笑う。

 槍が全て突き出される、その直前に、

(狼王、真実を言うべきだ)

龍王が言葉をはさんだ。切実で願うような声。

 新野には事情が呑み込めない。しかし本名と龍王からのまっすぐで強い視線が真剣であることは、わかった。

「どいつもこいつも、五月蠅い」

 うっとうしそうな狼王の背後にまたも青銅色の体毛がかすんだが、それはすぐさま狼王の手で払われてかき消えた。

 忌々しそうに狼王は牙をむき出す。

「出てくるな、それだけで消耗する」

 そしてそのまま本名の眼を見返した。

「これだけは言える、あいつは生きている。だが邪龍王を殺す時、その瞬間だけだ、俺とあきまが全力を出すのは」

 途端本名の靄が形を崩す。

 彼の双眸からはしるしも消えて、気の抜けたつぶやきが落ちた。

「生きているのか……」

 ほっとしているようだった。

「テュラノスを食ったと思い込んでいるお前が、俺の言葉を信じるとは思えないが」

(誰だって信じる、希望は)

 龍王のしんと空気にしみる言葉に狼王はふんと鼻を鳴らした。

 その時その場に落ちたのは、

『希望、イイ響きだねえ。この場合まさに俺のことを言うんだろ? 当然な。ぎゃはは!』

聞き覚えのある愉快な声とばさばさと打つ羽音。

「鴉王、やっと来たか」

 先刻とはうってかわっていつもの調子に戻った本名に、中くらいのカラスが騒ぐ。

『俺様を小間使いにするのはこれが最後だぜ!』

「構わん。それより連れてきたか、島の外、邪龍王の眼が届かないところから」

『ああ、それも当然だ』

「おいおいそれじゃあ……」

 新野が徐々に見開いた目には、少し期待がこめられていた。

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