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獣のテュラノス  作者: sajiro
孤独のバルフ/虎王編
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火龍の因子、さまよう正義

 紅蓮に染まる全身。大きな翼も鱗に包まれた体も固く筋肉質に見え、冴龍や白銀龍と違い優美さのかけらもない姿。

 火龍。

 筋骨隆々たる四足に、唇から外に漏れているらんぐいの牙たち。そして全身から発せられる熱気が、対峙する新野の肌をひりひりと焼いている。

 どん、と地を揺らして火龍は地上に降り立った。爪一本がすでに新野の腕より太く、鋭く地をかきむしる。

 赤茶の双眸がぎろりと新野を見下ろした。

 呑気な龍王とも、温和な風王とも全く違う雰囲気。

 いやむしろこれが本来の、神秘の獣「龍」なのかもしれない。

 圧倒され声をかけることも憚られる存在に、新野が固まっていると、

「おお! これまた久しい顔ではないか!」

 隣でシビノが明るい声を上げた。

 白銀龍に続いて火龍の因子を取り上げたこの場は、新野と龍であるシビノだけが知覚できる世界だ。

 火龍はシビノをねめつける。その威圧さに新野は緊張を増したにもかかわらず、シビノは子どものようにはしゃいで手を振った。

「おい総統長、わしを覚えておるか?!」

――その煩い声はシビノか。

 凛とした声に新野は目を見開いた。

 白銀龍と同じく火龍も姿を変え、ヒトの外見になる。

 声の通り、それは女の体となった。

 背の高い妖艶な女だ。とてもではないが火龍の堅強な獣と同じ生き物とは思えない。

 紅い長い髪を無造作に流し、きりりとした瞳が印象的な女だ。極めつけに衣装が独特で、スリットが太ももの付け根まで届いていそうなほどの、チャイナ服と着物を混ぜたようなものだった。

 袖はなく肩から絹のような肌の腕をさらしている。

 からん、と鳴る下駄に似た履物で女は地面に降り立った。

 意外な姿に新野が声を失っていると、女は流し目でその様子を蠱惑的な微笑みで一笑した。

――こんな坊やが俺らの器か、世の末はいまだ続いているらしい。

「もうこいつの中の白銀龍に気が付いたか」

――てめえと違って俺は白銀の坊ちゃんと同じ在りかたをしてんだから当然だろう。さっさと取り込むならそうしてくれ。

「え、さっさとって……」

 火龍の女が言う言葉は、新野の力になることを承諾していることのように聞こえて、新野は戸惑いをみせる。

 すると女は目を細めて新野の顎に手を伸ばした。

「ななな」

――さっさと俺をお前の中に入れろと言ったのさ。ぼうや。

 するりと細い指が新野の顎を撫でる。

 しかし感触は肌に伝わらない。

 残念なことにやはり彼女も因子、霊体のように触れ合いができる相手ではないようだ。

 だが言葉だけでも破壊力がある、新野は恥ずかしさを振り払うように言葉を出した。

「い、いいのかあんたはそれで」

 少しどもってしまったことに頬が赤くなる。女は余裕気にうっすら笑うだけだ。

――俺は火龍総統長。この時代にも、坊やの事情にも興味は無い。火龍は戦いの場で踊る龍だ、戦力であり続けることが俺たちの生き様。あの嬢ちゃんが負けたのなら、勝者のお前につこう。

 言って、なんの名残もないように、火龍は再び獣の姿となる。

 莫大な熱気と存在感。誇らしげにはる厚い胸。びりびりと新野の全身を刺すのは、頼もしい仲間となったこの龍への期待だ。

――急げ坊や。次の戦いはもう待っている。


「次の戦い……」

「全くあいつめ、相変わらずさっぱりしておる」

 シビノの嘆息が聞こえる。

 次いで風の音が耳をよぎり、世界が戻り動き出したことに気が付く。

 火龍の姿はない。

「これで戦力は整ったな」

 本名の冷徹な声がする。

 三条も虎王も新野を見ていた。

「ああ、行こう! 龍王のところへ」

「ばっっっかじゃねえの……?」

 唐突に投げられた罵倒。

 新野は静かな気持ちでその声の主に振り向く。

 地面にしりもちをついている少女だ。火龍の因子を抜かれ、桃色の髪、水色の瞳に戻ったエンリという名の少女。

「お前らそんなんでうちの王様に勝てるとか本気で思ってねえよな? どうせ秒殺されちま――きゃああ!!」

 エンリは言葉の途中で悲鳴を上げた。白い雷槍が彼女の周囲に轟音とともに振り落ちたのだ。少女の柔肌に触れるかどうかの距離で落ちたそれは、地面に円錐状の穴を開けている。

 槍を生やした靄を背に従える本名は、全く動かない表情でメガネを押し上げた。

「泣く声は外見に合ったガキのようだな」

「本名さん、やりすぎでしょ」

「やりすぎ? 当たってはいない、威嚇だ」

「相手はもう普通の女の子なんだから」

「男女差別は控えることだ、地上よりもきっとこちらの世界のほうが女は怖い」

『なんと大人げない』

 新野と虎王は言っても聞く気がない本名にため息をつき、三条が後ろでくすくす笑っていた。

 しかしエンリは青い顔で震えている。それほど本名の攻撃は一瞬で正確無比であった。

 エンリのまわりから槍が抜かれ、主人のもとに戻っていくが、エンリのびくびくと見上げる目を本名は冷たく見下ろした。

「そもそもこの女には最早発言権はない。せいぜいこの先も生きたければ、自分の王のみじめな敗北と死を祈ることだ」

 本名はエンリに対して怒りもなにも感じているようには見えないが、その言葉によって少女は口を閉ざすくらいには恐怖していた。

 本名は次にシビノを見る。

「邪龍王がたとえ正義の味方であろうと、殺さなければこの島は落とされる。我々にとっては邪であり悪であることに変わりはないということだ」

「まったくお前さんというやつは、本当にぶれないのう」

「行くぞ」

 鹿王のテュラノスは一声後には地を蹴り森に入っていった。

 まっすぐで速い彼に新野たちも続く。

「で、龍王のテュラノスさん。お前はどうなんじゃ。相手が正義でお前が悪だとしたら」

 シビノがにやにやと相好を崩して新野に声をかける。

 新野は、シビノがその問いに悩んだりあわてる自分の姿が見たくて聞いてくるのだろうとわかっていた。

 その予想には反して、当然のように答える。

「そんなのもとから関係ないだろ。俺にとっては邪龍王は悪だよ」

「なんだ残念、けろりとしおって。なぜそう断言できる」

「それは……あの優しい龍王があんなに憎んでるから。だから邪龍王は他の生き物に全く興味が無いし、死ぬのも殺すのもなんでもないことだってわかる」

 新野の拳が自然、強く握りこまれる。

「那由多様を殺したのも、敵王です」

 三条も低い声で告げる。怒りなどはにじませていない、むしろ己の未熟さへの後ろめたさが声から伝わってくる。

『馬鹿め、那由多はそれがわかっていた。お前が憂いても仕様がないことだ』

「わかっております」

『ならば嘆くな、鬱陶しい』

 三条は目線を落とすが、すぐに前方を見据えた。今は邪龍王を止めることだけに集中することにしたのだろう。そして彼はそうしようと思ったことを、迷いなく実行する。

 新野はそれを見とめながら、自分もそうしなければいけないと強く思っていた。

 しかしその迷いに揺らぐ目をシビノに気が付かれた。

 とたん彼はぱっと表情を明るくする。

「やはりお前迷っているではないか」

「うるさいな。なんで嬉しそうなんだよ。それに迷ってなんかない」

 新野は三条や本名に聞こえないように小さい声で反論した。他の面々には自分の迷いなど気づかれたくなかった。

「いやいや。それこそお前の持ち味だろう? 相手が正しいのか、自分が正しいのか迷う。素晴らしく愚かで面白いと思うぞ」

「愚かってなんだ、面白いってなんだ。あんたこそほんとは悪だろ」

「わしは自分が正義だなどと言っていない。ただしモナドは正義の龍だと、伝承では残っている」

「伝承って龍のか?」

 新野は跳ね上がった声で問う。本名や三条もつられてシビノを見返した。

「そう。モナドは白銀龍との最後の戦いに勝利し、人間の大半を世界の端に追いやった。それはこの世界のおとぎ話と同じだが。問題はそのあとじゃ、モナドと白銀龍は遠い地で雌雄を決し、その後滅びたが、滅びる前に歌ったという」

「歌った?」

「人間を追いやったその地が危機に瀕した時、再びよみがえると。そしてその遠い地――地球を救うとな」

「地球の危機に目覚める? 救うだって?」

「な? だったらモナドと名乗る邪龍王こそ、地球を救う龍なのだ」

「なんであいつが!」

『待て、止まれ』

 新野が怒声を上げかけた時、虎王が走りを止めた。

 止まった先で、藪から身を出したのは真紅の毛色をした虎だった。

「安綱! 敵ではありませぬ」

 素早く三条が本名を手で制す。

 片足先を失くした虎はひょこひょことこちらに近寄ってきた。虎王がすぐさま駆け寄る。

『おお、王よ。おいは伝言役だ』

『言え。それと足を出せ』

 虎王は安綱の無い足の部分をぺろぺろと舐めた。すると傷口がゆっくりと盛り上がっていく。時間はかかるがもとの足に戻すことができるようだ。

 治癒の光を施そうと思っていた新野はそれを見てやめ、声をかける。

「虎王の眷属だな。たしか龍王を探させているって」

『そいだあ。よかったなあユハタとあんた、ともだちはやっぱり仲良くしなくちゃいけねえよなあ』

 安綱という大柄な虎は同情たっぷりに言うと鼻をすする。まるで涙ぐんでいるようだ。

「そうだな、安綱、ありがとう。お前たちのおかげで虎王様とも再びお会いできたのだ」

『いいってことよユハタ。おいらはわけもわからず那由多の旦那についていただけ。思えば旦那だけが全てわかったうえで立ち回っていたのさ、お前も王もなんとかしてやろうと』

 虎の声は沈むが、三条はその背を撫でるにとどめた。

「それで伝言とはなんだ、虎」

『おおそうだな。大典太が龍王と接触したらしい。人間どもはここより南の洞穴に、龍王はどんどんそこから離れちまってる。点々と俺たちが中継してる、その気配を追ってくれ』

「その洞穴の場所わかるか?」

 新野が問うと三条はこくりと頷く。

「ああ。しかし今は全員で龍王様のもとへ急ぐべきだ」

「でも、それじゃ……」

 新野は三条の断固とした目に負け、続きを言えない。

 心配でないはずがない。ロクもおそらく三条のことを心配しているだろう。

「行くぞ」

「はい」

 本名が再出発する。三条も槍を持ちなんの迷いもなく続く。

『安綱、貴様は村の者のもとへ行け』

『おいも戦いたいが、邪魔になるか』

『なる』

 きっぱり眷属に戦力外通告をした虎王も行く。新野も、細い足だが歩くことはできるようになった安綱を、気にかけながら皆を追いかけた。

 どのみち邪龍王を倒さなくては、バルフは落とされるのだ。

 虎王に追いつき、本名たちにも追いついて新野はひたすら前を見た。迷いを振り払おうと。

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