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獣のテュラノス  作者: sajiro
孤独のバルフ/虎王編
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戦闘準備

 三条の手と虎王の尾が触れて、新野は良かったな、と目を細めた。

 ヒトと獣が少しでも心を通わせる瞬間は、いつでも嬉しくなるものだ。ティカと会話をしたことを思い出していると、

「それでどう因子を取り出す?」

本名が冷たい声で問う。

 せっかく感動していたのに、と新野が横目で見ると本名は顔色を変えず眼鏡の奥にテュラノスのしるしを浮かべた。

「なにか?」

 ぶんぶんと首を振る新野。神子がその時声を上げる。

「ねえわたしも龍王のところに行くわ、こいつよろしく」

 頭からカラスの王を下ろして新野に渡そうとする。カラスの王はすぐさま飛び立って近くの枝にとまった。

『なにがよろしくだコノヤロウ!』

「神子、危なくないか」

「狼王だけ行っても、龍王が危ないのはあんま変わらないのよね。お兄さんも気になるでしょ、先に行って守ってあげるわよ」

 強気に微笑んだ少女の鎖骨あたりが光る。一瞬にして彼女の衣装が変わり、エンリと戦った際の様子に変わった。

「すぐに追いつく。狼が下手をしないよう気をつけろ」

「了解!」

 本名の言葉に笑いながら、神子はひょいと宙に浮く。腰後ろの一対の筒が火を吹き、まばたきより早い加速で空に飛び出して行った。

「え、本名さん残るんですか」

「嫌そうな顔をするな。私もその因子を取り出す方法とやらには興味がある」

「それってまさか俺をテュラノスじゃなくそうとしてるってことでは」

「よくわかったな」

「……そろそろ諦めてくれ」

 新野は頭を抱えるが、本名は終始表情を変えなかった。

『それではあの白銀龍の女から取り出すか? それともそこの龍か』

 虎王が不審そうに本名の後ろに控える龍をにらんだ。

「ああ、忘れていた」

 本名が嘘偽りなく、本当に思い出したように龍に振り返る。

 黒い龍は大仰なリアクションで驚いた。

(なんでやねん! いやほんといつわしの紹介をしてくれるのかと思っておったぞ!)

「ここまで乗せてくれたことには礼を言おう」

(まじか。まるでわしがただのタクシー要員であるかのような扱いだな)

「えーっとそれでそのすごく陽気な龍はいったい……」

 本名に任せておいたら話が進まなそうなので、新野が呆れ気味に促す。

「これは黒葵龍だ」

「ちょっ、敵じゃん! 邪龍王のテュラノスってことか? でも龍の形してるからヴァンサントとかみたいな亜龍ってことか? いやそれにしても感情があるみたいだし」

 混乱する新野。他の面々はすぐさま緊張感で龍に対峙する。本名はそれには無反応で、敵意に囲まれた龍だけが慌てふためいた。

(こ、こら! 敵ではないと言わんか)

「それは私もまだ危惧しているところだ」

(だからなんでやねん! 仲良くしようと言っただろうが! ああもういい!)

 刹那龍の輪郭がぼやけ透明な光は収縮していく。それはヒトの姿に変わった。

 橙色の短い髪に黒衣を着た、若い男はすぐさま両手を上げた。

「ほらほら、敵ではないぞ! わしは黒葵龍のシビノ、邪龍王の因子とやらだったが、テュラノスを食って肉体を得てここにおる」

 突然の主張に全員目を丸くした。シビノだけが明るい声で饒舌に話す。

「わしもどうしてこうなったのかよくはわからんが。邪龍王には心服もなにもない。目下の目的としては龍王に会ってみたいということぐらいだ。この世界のこともよくわからんしの。あー、とりあえず敵ではないんだ、納得してくれ」

「テュラノスを食ったって……」

「ああそれは、わしのほうが自我が強くてな。邪龍王の手駒だった娘がどうなったのか、わしの中にいるのかはわからん。すすんでやったわけではない、どうしようもなかった。だからそう怖い顔をするな」

 シビノに諭されて新野は自分が怒りかけたことを自覚した。落ち着こうと息をととのえる。

『しかし邪龍王の因子で変わりがないのなら、こいつもまた龍王のテュラノスに還元できると考えていい』

「そうか。では短い間だったが世話になったな」

 にべもなく別れの言葉を告げる本名にシビノは声を荒げる。

「いやいやいや! それはひどすぎるではないか! わしには自意識がこうしてあるのだぞ、それ消えちゃうんだろう? 殺すことと同じなのではないかな?! や、やらないよな? お優しい君のことならば」

 冷や汗を浮かべてシビノは新野に笑顔を向けてくる。

 感情豊かな龍の様子に新野はすっかり毒気を抜かれていた。

「なんかあんた龍って感じしないな」

「そうか? いやあ皆こんなものだぞ。お前が今までどんな龍に会ったかは知らぬがな」

 そう言ってシビノはからからと笑う。新野は龍王を思い出し、確かに、と考えを改めた。

「とにかく今は時間が惜しい。この黒葵龍で行わないのならば白銀龍で試そう」

「なんか言い方が嫌だけど……、そうだな。虎王、頼む」

『言われずともわかっている。さっさとしろ』

 一行は移動を開始する。

 並走して飛翔するカラスの王がいぶかしげにシビノに問うた。

『ところでてめえもなんでヒト型になれんだよ。てめえがなれるなら龍王だってなれるはずじゃねえか』

「なんのことじゃ」

「そういえばそうだな。ここでは王がテュラノスの姿になれないみたいなんだ。でもここにきて狼王とあんた、シビノだっけ、はヒトの姿になれてるな」

「それはわしがテュラノスの姿とやらではないからだろう?」

 新野は首をかしげる。

「知らんのか? 龍はもともとヒトの姿と龍の姿、二通りを持っている。王がなるテュラノスの姿というのは、テュラノスを食ったことで得るものなのだろう。仮初めの姿にはなれない土地柄なのではないか?」

『そうなのかよ』

 カラスの王は虎王と三条を振り仰ぐ。三条は眉根を寄せた。

「そもそも王の姿がヒトのものになるというのがわかりませぬ」

『バルフを出たことが無いからな、俺も纈の先代を喰ろうたが、その力は得ても身体を得たとは知らなかった』

「先代を……」

 新野は三条を一瞥したが、別段三条の表情に変化はなかった。テュラノスを食う、ということに悲しみを覚えるのはここでは新野ただ一人だけだった。

「ということはやはりこの浮島では、本来の姿以外にはなれないという特質があると見ていいのではないか?」

「え、龍王と狼王は?」

 新野の疑問に、今まで会話に参加していなかった本名がわずかに振り向いた。

「……龍王の体はお前の先代だ」

「ああ、そうだったな。でもあいつも龍ならヒトの姿を持っているってことになるだろ。それになってるのは見たことがないな」

「わしはテュラノスを食うってのをやったことがないからわからぬが、ヒトの姿をそう何人も保持できないのではないか?」

「そっか。今はあの女の子の姿しかなれないのかな。じゃ狼王は?」

 全員の注視を本名は受ける。答えを知っていそうなのは彼だけだったからだ。

 しかし彼は前方を見据えたまましばらく口をつぐみ、逡巡しながら言った。

「おそらく奴――狼王は、テュラノスを食ってはいない」

『どういう意味だ?』

 カラスの王の疑問は全員の疑問だった。本名はそれ以上はなにも言う気がないと無視をきめこむ。

 その時森を抜け、開けた空間にでた。ドゥシャンベの像と半壊した小屋の地点に戻ってきたのだ。

 小屋をのぞくと、すみで白銀龍のテュラノスが膝を抱いてうずくまっていた。

『一応この小屋に結界を施していたが、必要無かったようだ』

 最後尾に小屋を入ろうとしたシビノが小さく悲鳴を上げた。

 見ると入り口の外で騒いでいる。

「イタ、イタタ! なんだこれは!」

『だから結界といっただろう、愚図め。龍は入れん』

「先に言ってくれ!」

 結界に触れた手は焼けただれていた。虎王は少し楽しそうに小さく笑っていた。

 女を小屋の外に連れ、虎王が新野を見上げる。

『まず方法を試す前にひとつ問題がある』

「なんだよそれ、話してくれ」

 新野の不安が増大したが、虎王は涼しい声色で続ける。

『俺は邪龍王のもとにいた時、因子のはがし方を聞き出した。だがそれはあくまでも王の手元に返す手段だ。因子はもとは王のもの、それをテュラノスに分け与えている。貸し出したものを返却するだけならば容易であろうことは想像できるな?』

「まあな。でも俺たちテュラノスは死んでからなっているんだろう? 因子を返してテュラノスでなくなったら死体に戻っちまうってことじゃないのか」

 虎王は鼻で笑う。

『阿呆が、浅はかな意見を口にするな』

「すいませんね……」

 腹が立つが三条の手前新野は必死に怒りを鎮めた。

『それでは俺の目的、纈を食わなくてもいい存在にすることは叶わぬではないか。いいか、因子はあくまでも能力の根源だ。因子を取り出したからといってテュラノスはテュラノス。存在は変わらない。しかし能力の無いテュラノスを食ったところで、無益だ。人間の姿を得ることはできるのだろうが、ここバルフではそれも意味が無い』

「そっか。あんたは纈を食ったら纈の能力を使えるんだもんな。でもそれが能力を持ってない纈だったら、強くなれない」

「それでしたら、私も自身を喰らうてくださいとは、進言できませぬ」

 三条は想像して、なんの役にも立てない自分に肩を落しているようだった。

 虎王は忌々しそうに舌打ちする。

『それが俺の目的だった。この自己犠牲馬鹿を止めるにはそれしか思いつかなかった』

「全く、言葉にして言ってくださればいいものを」

『貴様のような頑固者がそれを言うか! あの戦時下では頑として聞こうとはせんだろうに』

「それは……そうですが」

 珍しく苦虫を噛み潰したような三条の顔に新野は思わず笑った。

「それで?」

 本名がまた冷たい声で先を促す。虎王は咳払いをした。

『だが例外が龍どもだ。因子ひとつの力が強すぎる。それはそこにいる黒葵龍とやらでわかっているだろうが』

「ふむたしかに、わしは能力どころでなく、こうして生きてしまっているな」

「亜龍もそうだよな。因子は記憶っていってたけど。それに龍のテュラノスって因子毎にいるみたいだな、俺は冴龍の力しか持ってないって言われたよ」

『いや違う。お前は龍王のテュラノスで、纈や他のテュラノスと同じだ。ただ能力が冴龍のひとつしかないだけで。特別なのが邪龍王のテュラノスだ。こいつらは生きている人間、ただの人間に強引に能力を植え付けているに過ぎない』

「よくわかんねえけど、それなら彼女から白銀龍の因子をとっても彼女は生きていられるんだな?」

『そうだ。能力を奪われた普通の人間へと戻る。問題ははがした因子を、もとの持ち主でもないお前に植え付けられるかどうかだ』

「そ、そっか。俺は王じゃないから」

『本来ならば龍王に返し、お前に龍王から与えれば問題はない。しかし今はそれをしている場合ではない』

「正しい道を短縮するだけだ、問題ない」

 本名の断言に、いやあんたが言うなよ、と新野は言いたかったが、それを飲み込んで虎王に向き直る。

「ああ、大丈夫だ。やってくれ」

『わかった。準備をしろ、龍の因子には大変強い自我があるようだからな』

「おうそうだぞ。飲み込まれるとこうなるからな」

 ほがらかにシビノが笑うので新野は恨めし気に彼を見るだけにとどめた。

 虎王が白銀龍のテュラノスに歩み寄る。

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