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獣のテュラノス  作者: sajiro
孤独のバルフ/虎王編
111/147

三条VS新野 2

『ヒヒ、まあ馬鹿を見てるのは愉快だが――やってられるか』

 言いのけて鴉王は不意に高度を上げた。

「おい? どうした?」

『勝ち目が無いから俺はお先にとんずらさせてもらうぜ』

 呆気にとられる新野をカラスは一瞥する。

『てめえはヒトを殺す覚悟がねえってよくわかった。相手がオトモダチだろうが、本気できている以上お前も本気でねえと勝てるもんも勝てねえよ』

 鴉王はそのまま飛び去って行った。

 言い返すこともできず、新野は空を凝視している。

 図星だった。先刻の奇襲も、すんでで三条の頭を斬ることが恐ろしくなった。千載一遇の機会をみすみす逃したのだ。

 図星をつかれて苛立つ。

 それが普通だと主張したかった。

「いや、この世界じゃそっちのほうが普通じゃあない」

 強い者が勝ち、得る。

 新野の口元に笑みが生じる。

 強い相手を倒すには、強い者のイメージをすること。

 

「強いヒトの、真似を……」


◆◆◆


 三条は近づく気配に気づいていたが、それを迎え撃つつもりは無かった。

 やがて彼の頭に大きな黒い鳥がとまる。

「自ら投降なされるとは、案外殊勝なところがおありですな」

 揶揄すると鴉王は不愉快に嘴を開く。

『そんなわけがあるか! 一言文句を言ってからとんずらさせてもらうんだよ!』

「逃がすわけにはいきませんが、文句とは?」

『ふん。てめえもてめえだってことだ、龍王のテュラノスだろうが、あんな情けない奴がてめえを倒せるわけがねえ。オトモダチだからって買いかぶりすぎだっつーんだよ』

 三条はきょとんとするが、カラスはおかまいなしに続ける。

『てめえが希望を託せるほどあいつは強かないってことだ。だからさっさと別の案でも考えるんだな、虎王を説得するほうがはるかにましだ!』

「それはもう無理だと諦めました。しかし……鴉王様がまさか葵の身を案じるとは」

『ちょっと待て。なんでそうなる』

「葵の心配をなさって私に停戦を提案しているように聞こえます」

『ふっざけるな!』

 憤慨して飛び立つ鴉の足を速い反射で三条はつかみ上げた。

『ぎゃあ! なにしやがる!』

「失礼。優しい葵のことだ、鴉王様を人質にとれば姿を現すに違いないかと」

『て、てめえ……もっといい子じゃねえのかよ』

「心配せずとも、葵なら鴉王も助けてくれます。ヒトのためになら力を増すのが彼ですから」

 爽やかに、揺るぎなく三条は微笑んだ。

「だから葵ならやってくれる」

 そして三条は顔を上げた。

 移動し続けた新野の気配が止まって動かないのを感じ取った。

「誘われているのか、諦めたのか、はたまた鴉王に気がついたか」

 その地点へ向かわない理由がない三条は、すぐさま移動する。

 追いついた先で新野が立っていた。

「葵……」

 声をかけようとした三条は止めた。

 新野は静かで表情から感情が見えない。鴉王の姿が見えたはずだがそれに対して反応もない。

 澄み切った集中。

 声をかけてもおそらく返答は得られない。

 きっとなにかを仕掛けているだろう、しかし三条は大きな湾曲した刃を上げて、槍を構えた。

「鬼ごっこがお終いならば、私が取る選択肢など一つ」

 ためた力を放出して、三条は鴉王を放り出し新野に飛び出した。

 頭上に空が見える。新野が立っていたのは木々が開けた地点で、わずかな陽光がきらきらと光る。

 その光は飛び込んだ三条の周囲一体を囲んでいた。

「これは――!」

 三条が光に驚いた瞬間、新野も飛び出してくる。

 不意をつかれたが、三条の驚異的な反射速度が槍の一突きをもたらした。

 しかしそれは空気を突き殺したのみ。

 眼前で新野が消えた。

 いや消えたわけではない、背後にまわっている。

 振り返る三条。

 その正面からまたもや新野が消える。 

「なに――?!」

 確かに新野の足の速さは三条を上回るが、それはただ単に脚力の問題で、反応速度では容易に三条が勝る。

 だからこんな至近距離で見失うはずがない。

 驚く三条の斜め上から新野が斬りかかる。

 利き腕の方だったため槍で防御、甲高い音で刃が交錯する。

 弾かれた新野は下がるかと思いきや宙を蹴って再び三条の背後にまわる。

 蹴った宙が光っていた。

 ようやく新野の移動方法に気が付いた時には、新野の刃が三条を捉えていた。

 背中がかっと熱をもつ。

 前転して回避した三条がすぐさま上体を起こす。

 その背中からは紅い血が滴り落ちる。

 同じく赤く濡れた刃をひっさげて、新野が正面に降りる。

『互角にやってやがる!』

 近くの樹上から見ていた鴉王が感嘆の声を上げた。

「なるほど、いわば私は結界に誘い込まれたというわけか」

 好戦的に口端を上げて三条は立ち上がる。

 その顔の近くをうっすらと光が通る。

 陽光を反射してようやく見えるか見えないかというほどの透明色をした、それは糸。いやワイヤーともいえる硬度に張ったものだった。

 そのワイヤーが、今二人を何重にも囲んでいるのだった。

 それを足場にして新野は縦横無尽に立ち回った。

 三条の首元でテュラノスのしるしが輝く。

 背中の傷がそのままだが痛みがすうっとひいていく。無痛の能力が三条のコンディションを整える。

「面白いな、葵」

 じり、と三条が土を踏む。槍を構え飛び出す力をためようとする。

 声をかけられても返さず、新野はその三条の足元をちらりと見た。そして小さく呟く。

「もうちょっと右だ」

「?」

 新野が地を蹴る。左下から斬り上げる一撃を見切って三条はわずかに一歩右に動く。

 刃を肩すれすれが通過していき、返す刀で反撃しようとした三条の後頭部に、風の動きが当たる。

 神がかった反射速度が三条を振り向かせた。

 その視界いっぱいに映る巨木。

 先端を鋭利に削った丸太がうなりを上げて三条の顔面を叩き殺した。

 丸太が振り抜かれ三条の体とともに近くの木々を一掃する轟音。

 何本も木々を倒して重なった幹に丸太は突き刺さり、突進を止めた。

 土煙と木々の破砕音が森を震えさせる。

 目の前で列車がぶつかるほどの圧力が通過したが、新野はその結果を淡々と見つめていた。

 粉じんの向こうで影が動く。

 度胆を抜かれ言葉もない鴉王と新野が影を見つめる。

「さすがしぶといな」

 にべもない発言をして新野は歩み寄る。その手に双刀を握って。

 粉じんの中に入る。影――三条は脇から胴体を丸太に貫かれて幹にぬいとめられていた。

 苦しい咳払いとともに紅い液体を口から吐き出す。

「こ、これは……飛龍用の……」

「そう、残ってた罠だ。場所から感づかれるかとひやひやしてたんだけど、うまくいって良かったよ」

「…………」

 張り巡らされた新野のワイヤーに気をとられ罠を発動する縄に気が付かなかった。

 血をこぼしながら、三条は自らの失態に口元を歪めた。

 貫かれた胴体からも血がとめどなく流れ、体の感覚は失せている。痛みはないが動くこともできない。

 新野が歩み寄ってくる。

 三条はそれを見つめることしかできない。

 鴉王が緊張して目を見張っている。

「殺す覚悟、か……」

 溜息を吐くように呟いた新野は刃を三条へ掲げた。

 その先端が肉を裂く前に、森を駆けてきた青い虎が新野に跳びかかっていた。

「――!」

 巨体が新野の体を下敷きにする。

 身もすくむ咆哮を眼前で上げられ太い牙が新野の頭に突き立てられる。しかし刃を間に入れてなんとか止める。

「この……!」

『死、ね!』

 憎悪で染まった瞳が新野のそれとかち合う。真上から押しこまれる牙が新野の見開いた眼球に到達しそうになる。

「虎、王様……やめ」

 三条の制止の声は吐血に阻まれる。

 鴉王が舌打ちして飛び立つが、間に合わない。

 角膜に牙の切先が触れ、新野の力が限界になった時――、

「はいそこまでっと」

 ひょいと虎王の首裏をつかみあげ、まるで子猫を持ち上げるように巨体をぶら下げた男が言った。

 加重から解放され、荒い呼吸の新野も目を見開いた。

「狼王……?!」

「おう新野、久しぶりだな。相変わらずいっぱいいっぱいじゃないか」

 にやりと人の悪そうな笑みを落としたその男は、たしかに狼王で。後ろから追随して現れたのは本名と神子と見知らぬ黒い龍だった。

 狼王は犬歯をむき出しにして嗤う。

「なかなかに戦力がそろったな。さあて行こうか」

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