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獣のテュラノス  作者: sajiro
孤独のバルフ/虎王編
110/147

三条VS新野

 新野の前に現れたのは、三条だった。槍を握っている。

「纈! 無事だったのか」

 駆け寄ろうとして、彼の背後の影に足を止めた。全身真っ青の虎だ。新野がいた地上では伝説と言われた、マルタタイガー。以前かいま見た、三条の夢に出ていた虎だった。

「てことは」

『虎王……』 

 結論をうんざりした鴉王が言う。

「やっぱり虎王か! 良かったな、会えたんだ!」

 嬉しくなって新野は祝福するが、三条の表情は明るくない。

 まとう雰囲気も重く固い。三条は少し離れた地点で立ち止まっている。

 どうもおかしい、と新野の心中がざわつく。

「なにかあったのか?」

 問いに答えず、三条は視線をさまよわせる。

 それが那由他のほうへ移った時、彼は痛ましそうに苦渋に顔を歪めた。

「なあ、他の虎はどうしたんだ? ここでなにかあったんだろ?」

 三条が答えない代わりに、寄り添う虎が前に出て告げた。

『龍王を探させている』

「そうなんだ、ならよかった、俺たちも早いとこ合流しよう」

『それはできんよ』

 虎王の声は中性的で男にも女にも聞こえる。そんな涼やかな声がはっきりと言うと、ひどく語調が強く感じた。

「……言っている意味がわからないんだが」

『貴様らはここで寝ていてもらう。さもなくば纈が邪龍王に殺されてしまうからな、貴様も友人を殺されたくないならおとなしくすることだ』

「邪龍王? おい、なに言っているんだ?」

 詰め寄って来る虎王から後じさりながら、新野は三条を見た。

「葵、すまない」

「なにを謝ってんだよ」

「邪龍王は龍王様のもとへ向かっている。この地で激突するはらだ。加勢したくば、私たちを倒してくれ」

「はあ?!」

 三条は槍を構える。

 迷いの表情とは裏腹に、獲物を構える姿に隙は無い。

「いや、私たちではない、私をだ。虎王様、約束通りここは私一人にお任せを」

『手を抜いたら許さんぞ』

「無用なご心配を」

 躊躇なく三条は前進してくる。新野は一瞬ためらったが、三条からの偽りない闘気に気圧され同じ距離を後退する。

「どういうことなんだよ、纈! 虎王とは和解できなかったのか? 邪龍王が来てるなら早く行かないと、ロクたちをどうする!」

「そんなことは、言われずともわかっている」

「は? わかってるなら、さっさと行かないとだろうが! 俺と戦ってどうなる!」

 三条は那由多を指差した。

「那由多様は邪龍王に殺された」

 空気が冷えるような、感情を押し殺した声に新野も黙る。

 一瞬哀しい顔をした三条は、すぐさま切り替えて続ける。

「はるか島の端、大聖堂からの攻撃だ。私もなにがあったのか理解できなかった。つまりは邪龍王は、どこにいようと相手を殺せる術を持っているということだ。虎王様が龍王様以外の者を殺さねば、その術は私にふりかかる」

「それで、俺と鴉王のところに来たのかよ」

『冗談じゃねえぞ! てめえらなんぞに殺されると思ってるのか!』

「私が好んで葵たちの敵になりたいと思うのか?」

 三条はふっと笑った。

「虎王様は残念ながら本気のようだ。邪龍王には敵わぬと思うておられる。なんとか私がついてくることは承諾して頂けたが、龍王様以外を殺すことにためらいはない」

「嘘だろ……」

 新野の予想「虎王は自己犠牲で離反をした」というものは龍王が危惧した通り、新野の夢想であったようだ。

「だから葵、私を倒せ」

「……は?」

「葵が強いとわかっていただければ、私もいるのだ、虎王様は邪龍王と闘う気になるかもしれぬ」

「いやいやいや、そんな無茶な」

「無茶ではない。なにより私がそう思えるのだから。それ以上の根拠は無いだろう?」

 テュラノスの思考は、常に自王の利益を考えている。

 神子は飛燕の王の為になるからと、王を取り込むことを決意し実行した。

 だから三条が是と思うことは、王が是と思っていることなのだ。それがもし深層心理だとしても。

「虎王様も、本当は村人を見捨てたくはない、那由多様の仇を討ちたくないわけがないはずだ。私が生まれる前から、村を守り続けてきた御方なんだ!」

 三条は切実に声を上げた。それはまるで祈るようで、彼が全力で信じていることだとわかる。

 その信じる気持ちが、王の真意からきているものだと。

「だから、葵。頼んだぞ」

 最期ににやりと笑ったあと、三条は大きく地を蹴った。

「――信じてくれるのはいいけどさ」

 直線上に突撃してきた衝撃を横っ飛びになってかわす。背後で地面が崩壊する音が響いたが、振り返る時間は無い、新野は森の中で飛び込んだ。

「俺を信じすぎだ馬鹿野郎!」

『どうする気だあてめえ!』

 全力で駆ける新野に鴉王が並んで飛翔する。

 すぐ後ろから莫大な威圧感が迫って来る。三条だ。巨大な獣に睨まれている感覚が新野の肌を粟立たせる。

 突き放すために更に加速する。

 ヒトの速さを超えて新野は疾走する。たちまち速さでは劣る三条と距離があくが、三条はそれを認めるとすぐさま地面をすり減らして急停止。

 三条の停止に気が付き新野は後ろを振り返った。

 深い森の静けさが耳に届かない。

 ぎぎぎ、と不穏な音。

「う、うわ!」

 新野の頭上を影が覆う。

 それは倒れてくる木々だった。

 駆け出した新野を追って森の樹木たちが倒れてくる。背後から追いながら、新野を狙って三条が次々に木々をなぎ倒しているのだ!

『虎は気配が読める、逃げることなんてできねえぞ!』

「わかってんだよ!」


 後方から新野を追う三条が不意に足首にとっかかりを感じる。

「?!」

 足首には細い、ぴんと張った糸がかかっていた。

「罠か!」

 三条を中心に、あたりの木々が一斉に揺れる。三条が引いた糸が周囲につながっていたのだ。

 そして木々からはらりと一枚の黒羽が舞い落ちる。

「――!」

 三条が警戒し後退するよりも早く、突然新野が背後、宙に姿を現した。

「当たれ!」

 宙に浮いた不自然な体勢のまま、新野の無我夢中の一刀が、三条の頭上に振り下ろされた。


◆◆◆


「ここに来れば当分は無事だ」

 ロクが村人を連れてきたのは、窪地のさらに奥にひっそりと沈む、洞穴だった。

「ここは空からは死角だ。父上から教えられた私以外誰も知らなかったのだ、龍どもが知る余地はないだろう」

 疲れきった村人たちは寄り添って座り込む。

 ロクだけは油断なくあたりを警戒していた。

(君も休めばいいのに。僕があたりを見てくるから)

 姿を人より小さくした龍王がロクに声をかけるが、ロクにとっては鳴き声でしかならなかった。その子犬が鼻を鳴らすような声にロクはくすりと笑った。

「不安そうな声を出すな龍王とやら。それより護衛ご苦労だったな、ここはもういい、あいつらの加勢に行ってやれ」

 珍しく真っ向から会話を投げかけてくる。

 いつもにも増して姿勢を正し、緊張しているくせに表情は作ったように穏やかだ。それが彼女の不安を表現しているようだった。

(置いてなんかいけないよ)

「? なにをしてる、とっとと行け」

(でも……)

 龍王はうなだれる。

 年若い女のロクが村人全員の命を背負う気構えで立っている。

 それをどうして置いていけるのか。

 しかし新野たちへの心配が無いわけではない。

 そわそわと体を揺する龍に、ロクは声をかける。

「あいつが帰ってこなければ、気分がわるくなるんだ」

(え?)

 ぱっと目線を上げて龍が見つめてくる。ロクは自分の発言に赤らめた頬を隠してあさっての方向を向いた。

「勘違いするな。罪悪感だ! 本当はわたしが虎王の隷属におちるはずだった、でも若すぎると、あいつが代わりに立候補したんだ。テュラノスになんてなったから、あいつは前より悲しそうな顔ばかり……」

 龍王は首を伸ばしてロクの顔をのぞきこむ。

「なにを見てる! いいからとっとと行けってば! あいつには笑っていてもらわないと、罰がわるいんだから」

 ロクは強く龍王の首を押した。

 行け、と続けるロクに押されながら龍王は渋々と去る。振り返るたびにロクの怒った顔が見えた。

 足や尾の跡をつけないよう小さな体で飛翔して、洞穴から随分離れた森を進む。

 ふと、気配を感じて龍王は木にとまった。藪に身を潜める獣が一頭、こちらを見つめている。

(君は……)

 敵か、とはじめ警戒したが相手が動く様子がないので声をかけた。

『龍王様。虎王眷属が一、大典太です』

 伏せたままなのは、攻撃する意図がないと示すため。

 名前とは裏腹に小柄なその虎は、龍王を見上げる。

『でも、もう違う。ぼくたち虎王様に解雇されました。今はただの虎……だから纈の伝言をお伝えします』

(纈の伝言?)

『バルフには邪龍王がいる。龍王様のもとに向かっているそうです』

 ぬるい温度の風が通っていく。間違いなくそれは凶兆の報せだった。


◆◆◆


 振り切った刃は三条の鉢巻を斬り落とした。

 しかし額には届かない。

「くそ、鴉王!」

『命令すんな!』

 即座に三条の突きが新野を襲う。

 しかし豪速で放ったそれは空振り。

 出現と同じく新野は一瞬で姿を消した。

 地面には一枚の鴉の羽が落ちている。


「あぶねえ、死ぬとこだった!」

『俺様に感謝しろよボケカス!』

 再び三条から離れた地点に瞬間移動した新野は走りを再開する。

 罠は三条の場所を特定するために設置した。そこにあらかじめ置いておいた羽を使って、瞬間移動をし奇襲をかけたが、失敗に終わった。

「あーもー! チャンスだったのに!」

 また遠くで三条が罠にかかる音が聞こえる。

『かかってやがるぞあいつ、また行くのか』

「馬鹿言うな。もう纈だってわかってる、あれはむしろ呼び出しだ。ほいほい移動した瞬間に串刺しにされるに決まってる」

『だったらどうする。正面からじゃ絶対勝てない相手に奇襲以外でどう立ち向かうよ』

「それは、考えてるよ今!」

 愉快に弾んだ声で揶揄するカラスに新野は怒声を上げた。

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