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獣のテュラノス  作者: sajiro
孤独のバルフ/虎王編
106/147

侵攻 7

 飛行高度を徐々に低くして、鴉の王は木々すれすれを飛んで行く。

 その後ろから森を容赦なく破壊しながら進んでくる龍がとらえられる。

『ここならあいつが姿を消そうが、あのでかさじゃ動きはまるわかりだ。だがそれを防いだところで奴の硬さは変わらねえ、虎の怪力ですら歯がたたなかった奴をどう倒す?』

「そうだな、どうするか……」

 思案しながら、新野は不敵に笑っていた。


 ガルバネンラに追随して飛翔するドゥルジも、森の中から標的を見上げ微笑んでいた。

「浅はかですね、長首龍の隠密など使うまでもありません。森に入ったが最後、逃がしはしませんよ」

 すると鴉の姿が下に落ちた。

「隠れる前に、叩いてあげましょう。行きなさい!」

 天魔の号令に従い、龍は長い巨体を前方に突進させた。

 少し速度を上げただけで、森は大音響とともに蹂躙されていく。樹木も土もいっしょくたに破壊されほうぼうに、爆発の直後のように吹き飛んだ。

 その土の中に黒い翼が見える。

 女の視界と連結している龍の視界もそれをとらえ、硬い胴は地面を打ち、ぐんと首をもたげた。

 空に向かって長い首が伸び、巨大な鴉の左翼をばっさと牙が切り捨てた。

 ぎゃあ! と鴉の悲鳴が上がる。

「追いなさい!」

 嬉々として女は声を上げ、龍はそれに従う。

 龍から逃れようと飛び去る鴉の背に人間の姿がない。

 ドゥルジはすぐさまあたりを注視する。

「逃げてはいないのでしょう? お仲間思いの貴方ならば! しかし鴉を囮にするなど、意外に冷酷なのですね!」

 背後から小さい葉の擦れる音がする。

「かくれんぼはおしまいですよ!」

 振り向き白銀の翼をその方向へと打ち付ける!

 強風がたちまち発生し、吹きすさんだところにかまいたちが起こる。葉は微塵に切り裂かれ、幹には縦横無尽に切り傷が与えられる。

 しかしそこにはなんの手ごたえもない。

 天魔の甲冑の輝きが反射してきらりと一筋の光。

「糸を……?!」

 葉と同じくずたずたに散った中に、橙色の細い糸がある。

 気づいたと同時にまたも背後から物音。

 反射的にかまいたちを放てばまたもや森を裂いただけだった。

 続けざまに周囲全方向から音が聞こえる。

 どの音が糸で、敵の正体なのかわからないほど、気配は天魔を包んでいた。

 しかし女は焦りもせず、余裕に笑みを形作る。

「だから、浅はかだというんですよ!」

 美しい両翼を広げ、絹のような肌をさらす両手も広げた。

 突如彼女を中心に、足元からぶわりと旋風が巻き起こる。

 金にたなびく結った髪を揺らし、女は緑眼を細める。

「吹き荒れろ、テンペスト!」

 旋風はごうっと威力を倍化させ、全てを薙ぐ竜巻へ。

 森の木々を巻き込んで、暴風の塔が突き立った。


「おー、怖。あっちいなくて正解だ」

『思ったよりやる姉ちゃんだな』

 その空まで届く動かない竜巻を見上げながら、新野は双剣の血を払っていた。

 隣の鴉の王は姿が少し変わっている。

 巨体は半分ほどの大きさに縮み、三対の翼は一対へとなっている。

 大きさは並ではないが、足が三本ある以外、遠目ではただのカラスだ。

「けどうまくいった。これで二対一だ」

 そう言う新野の足元には横倒れになった巨大な龍。

 長首龍ガルバネンラが、舌をだらんと外にだして、蒸発し濁った眼がとろりと漏れ出していた。

 新野は煤に汚れた頬をぬぐう。その両耳からはうっすら血が出ている。

『囮の俺様を使って、体内爆破を狙うとはけっこう過激じゃねえか』

「そうか? あんたがそんなん使えるほうがよっぽど過激だろ」

 鴉の王の翼は無数のカラスの群れに変化できる。それが鴉の王から分離して、爆発した光景を見て新野は考えたのだ。

 瞼の膜ですら硬質な龍でも、体内で爆発が起きればひとたまりもないであろうということ。

 そして鴉の王を模した、正体はカラスの群れに狙い通り長首龍は噛みついた。

 意気揚々と立て続けに連続して噛みついてきた龍は、爆薬を飲んでいるのだと気づきもしなかっただろう。

 操る女の目は攪乱し、龍は腹の内から爆発させられ、硬質な皮膚の下で多大な熱と圧力にさらされていたのだった。

 結果、鴉の王は半分以上のカラスの在庫を使ってしまったが、龍を討伐することができた。

「よし、天魔が気づく前に行くぞ!」

 新野が乗ることができなくなったサイズの鴉の王は、しかしそのおかげで森の中もなんなく進めるようになった。

 木々をぬい台風へと走り出す。


 普段ならば傀儡とした龍が死んだことにすぐさま気が付くはずの天魔は、自身の能力を解放する竜巻生成に集中していたため未だに知らないでいた。

 一帯を藻屑としたところで、翼と両手を同時に閉じる。

 すると連動して竜巻の勢いが衰え、旋風は空気に溶けていく。

 暴風は止み、空高くから樹木などが支えを失って落下していく。

 息を荒げて、しかしドゥルジは晴れやかに笑んだ。

「これならどうです?! ああ、綺麗になった!」

 汗を浮かべ上気した頬を染める。その彼女の周りに雨あられとなって木々が落ちてくる。

 乱立していた森は、彼女を中心に円状に伐採され、かき混ぜられた。

 しかしその膨大な破壊力に酔っていた天魔は現状に目を見開く。

 連結していた龍の気配が途絶えている。

 さまよう視界に鴉の姿は見えない、というよりも落ちてくる木々が邪魔で判然としない。

「何故……!」

 みるみる余裕がくずれうろたえた瞬間、背中を激しい熱さが襲った。

 どっと倒れた直後、その熱さが痛みにとって変わる。

「き、貴様……!」

 憎しみに歪んだ表情で天魔は男の感情の薄い顔を見上げた。

 

 双刀でもって女の背中を斬りつけた新野は、瓦礫の中に着地した。

 どくどくと鮮血を流しながら、女は地に倒れる。

 その背中に鴉の王が降り立った。

 鋭い鉤爪が三本、深い傷をえぐるようについたのだ。女は悲鳴をあげる。

「おい、あんた……」

『なんだあ? 斬ったのはお前だろうよ』

 ヒトの姿だったなら間違いなく鴉の王はにやにやと笑っていただろう。

 咎める気にもなれず、新野は呆れて息をついた。

 その様子に内心鴉の王は意識を改めていた。

 以前の新野ならば、鴉の王が行ったいたぶるような行為に嫌な顔をしていただろう。

 しかし目の前の新野はまるで仕方ないと言わんばかりに嘆息をしただけだ。

 彼の中でなにかが変わっている、あるいは、変わっている途中だと鴉の頭は考える。

「こうして倒れる姿を見るのは二回目だな」

 冷徹に女に向かって、新野は告げる。双剣は握ったまま、距離もとっている。女とてテュラノスだ、傷はやがて再生するしまた竜巻を起こす可能性もなくは無い。

 天魔は歯を噛みしめ新野を睨み上げた。

 その視線を受けても新野は無表情のまま続ける。

「あんた、鴉の王を倒せたと思ってすぐ警戒を怠った。油断はしてないみたいだけど、でもナメてたよな、俺達のこと。だからやりやすかったよ」

 愕然とする女に見やすいように、龍王のテュラノスは双剣をかまえ、額にしるしを発現させた。

「じゃあ教えてもらおうか。あんたの目的とか、さ」

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