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獣のテュラノス  作者: sajiro
孤独のバルフ/虎王編
105/147

侵攻 6

 身体を包む温かさに三条は新野を振り仰いだ。

「無理をしてはいないか」

「いいの、俺がやりたいんだから。だいたいこんな大怪我でなんでそんなけろっとしてんだ馬鹿野郎」

 虹の翼を背負う相手に三条はふっと笑みをこぼすにとどめた。

『ところでおい、虎の王はどうした。見たところ眷属も敵になっちまってるようだが』

 しかしその笑みはすぐに大鴉の問いに消える。鴉の王は愉快気に体を揺らす。

『愛想つかされたのか、こいつがスパイなのか……ヒヒヒ、どのみち面白えよなあ』

「あんたなあ……」

『知るかよ事情なんてな、こいつらはベタベタとなんかむかついたんだよなあ』

 鴉の王に文句を言いたげな新野を三条が制する。

「それよりも、今はあの者の相手をせねば」

『同感だ。しかしあのバカ女、正気の沙汰じゃねえよ、手持ちがあの龍と虎だけで俺ら全員を倒す気なのか。そこの新米テュラノスにも勝てなかった野郎がよ』

「あの時とは違うんだろうさ。油断もしてないし」

『そりゃあ自分の力を知っているようでなによりだ。たしかにお前になら油断もするだろうよ』

「……」

(ケンカなんかしないでくれよ?)

「わかってる」

 耳打ちする龍王に新野は憮然と答える。

『まあ油断結構だ、頭は働くがその分出る隙ってのもある、がちがちに警戒してくれるほうがやりやすい』

 鴉の王が不敵に言いのけた時、長首龍にかかる光輪の明滅が始まった。

 鼠の王のことを新野は思い出す。龍は女の傀儡と化している。

 そしてひとつ気になることを口にした。

「さっき、こんなに近くにって言ってたな。しかも俺らが目的じゃなかったような口ぶり……」

(そうだね。彼女はどうしてここに……って聞き出せる雰囲気でもないけど)

「とりあえずここから離れましょう。村人たちをこれ以上危険にさらしたくはない」

 三条の提案に新野と龍王は頷く。

『いい囮になると思うんだけどな』

(銀!)

『あーやんないやんない、うっさい。移動って森の中だろ、じゃあヒトガタに――む?』

 せわしなく鴉は翼を揺らし、首を傾げた。

(ここではヒトの姿になれないんだよ、銀)

『どういうこった?』

(さあ?)

『わかんねえのかよ! ちょっとは疑問に思えっ』

 甲高く鳴いた鴉の王の向こうで、光輪の明滅が止んでしまう。

「来るぞ! 俺が鴉の王とあいつをひきつけるから、纈と龍王は村人を避難させてくれ」

『なに勝手に決めてやがる! 冗談じゃねえよ、お前のお守りなんぞ』

「じゃああんた村人守ってくれるのか? 絶対合わないだろ、行こう!」

 にべもなく新野は鴉の王を押し込み一緒に屋根から落ちた。

 たちまち飛び上がったその背中に新野は乗り込む。憤慨した鴉が大いに暴れた。

「ちょっと! ちゃんと飛べ! 落ちる!」

『アホか! 落としたいんだよ!』

 叫びながらふらふら飛び立つ一羽と一人に続いて三条も屋根に立ちあがる。

 しかしそこに突然那由多が飛び込んできた。

 背後からの奇襲を驚くことなく避ける。

 唸りながら屋根に降り立った那由多に三条は槍を構える。

「龍王様、申し訳ありませぬ。村の者たちをお願い致します」

(纈、僕も――)

「那由多殿は私に用事がおありの様子。私も虎王様の居場所を聞くまでは逃がすわけにもいきません」

『逃がさないのは、こちらの台詞だぞ纈!』

 臨戦態勢の虎が今にも踏み込んでこようと咆哮をあげる。

「龍王様も虎王様を探しに来たはず!」

(わ、わかった! 気をつけて!)

 龍王は瞬時に体を小さくして、屋根の穴から中へ飛び込んでいった。

 三条はそれと同時に那由多に向かって飛び出した。


 槍と牙が打ち合う音に振り返っていた新野はすぐに相手を見直す。

 眼球を真っ黒に染めた長首龍の巨体がふらふらと揺れているのを上空から見下ろした。

 そのそばには燦然と輝く甲冑に身を包んだ天魔ドゥルジがいる。

 以前対峙した時はほぼ正気でない状態だった為、曖昧模糊な記憶であるが、この女を倒した時のことは覚えている。

 それを同じく天魔も思い出していたのか、新野を見上げるその双眸がひたすらに冷たい。

「今度は高みの見物だけじゃなさそうだな」

 しかしあの頃と違うのは敵だけではない。

 新野は先刻村人の少女を失いかけた感情を思い起こす。それだけで肌は冷たくなりしんと心が冷える。

 これは怒りと恐怖。

「あんな思いはごめんだ……。あんたは止めなくちゃならない、ここで!」

「それはこちらも同じこと。今度こそ、仕留めてごらんにいれますよ、我が王への忠誠を誓って」

 可憐な笑みをこぼす女の前で、龍がぞろりと動き出した。

 こちらを向いてかっと開いた口に、鴉の王が翼をはためかせる。

 瞬間、射出された毒液をかいくぐって大鴉は飛来する。

 龍王とはまるで違い、背中の新野をなんとも思っていない飛び方だ。羽をつかんでなんとか乗りきる。

『さっさと落ちやがれくそ野郎、重いんだよ!』

「まだ言ってんのか! いいから敵に近づけ! いっしょに死にたいのかよ!」

『お前は死んでも俺は生きる! ヒャハハ!』

 飛び上がったかと思えば急激に滑空する。

 かかる重力にこらえながら新野は女を見上げた。

 ばちりと女の緑眼と目が合う。

「しかけてくる気か! カラス、さっさと浮上しろ!」

『てっめえー! 馬鹿にするんじゃねえぞ!』

 言う通りに浮上したかと思えば、鴉は女の真上で身を反転させた。

「な……っ!」

 背中から振り落とされた新野が、女へとまっさかさまに落ちる!

「くそったれ!」

 瞬時に生み出した双剣を交差、伸びた橙の糸が女の肩を貫く。

 一瞬で巻き戻した糸によって加速、女へと距離をつめる。

 女は巨大な円錐状の突撃槍を握っているが、それが動くよりも早く新野は女と交差した。

 しかし新野の景色は空へと向いていた。

 混乱する。下に落ちるはずが、上を向いている。

「私に二度と触れられると思わないでください」

 空にいるはずが、落ちていない。浮いている自分に驚愕する前に、新野を長首龍の一撃が襲った。

 襲来した牙は展開した防護膜で防いだが、衝撃で落下する。

 と思えば新野の体が重力とは逆にまた浮上する。

 そこへ首を戻した龍の再撃。

 防ぐ。がまたも空に跳ね返されて龍の攻撃範囲に自ら飛び込む。

 なにが起きているのかわからないまま防護膜を展開する新野を、横から鴉の王がさらった。

「た、助かった……!」

『遊ばれてんじゃねえぞ馬鹿野郎』

 女が残念そうに美貌を歪め新野を振り仰ぐ。

「今のなんだったんだ?!」

『自分じゃわからなかったか? どうやらあのクソ女は、風を操るらしいぜ』

「か、風?! それで俺は浮いてたってのか! てことはこいつと空中戦って」

『ああ、得意分野だろうよ。ヒヒ、だからどうした、そいつはこっちだって同じなんだよなあ』

 大きな翼を打って鴉は龍の頭上を旋回する。

 新野は呆れたように息をついた。

「やっとやる気になってくれたか」

『うるせえぞハゲ! 相手のカードがわかってからやるタイプなんだよ俺あ!』

「ちげえよ、あんたただの気まぐれだよ」

『マジで言うようになったじゃねえか新米……。だったら見せてくれよ、てめえのちょっとはらしくなったところを』

「わかってますって」

 新野の額にしるしが浮かび上がると、両足を冴龍の脚甲が包み込む。

「行くぞ! 森の中だ、今度は振り落とさないでくれよ!」

『てめえがしっかりつかまってればいい話だボケカス!』

 木々の上空に向かって飛んで行く鴉を、女の緑眼が冷徹に追う。

 それに呼応して、長首龍がその巨体を地面から抜き、這いずって後を追った。

「どこだろうと、逃がしはしませんよ……!」

 嬉しそうに微笑んで、白銀のテュラノスも飛翔していく。


 小屋の中からそれを見ていた龍王は疑問を抱いていた。

(なんかあの子、前より強いような……。油断うんぬんじゃなくて底上げされてる?)

 龍が消え、今は近くで戦う三条の音しか聞こえない。それもわずかに遠ざかっていっている。

「皆、動けるか。ここでは危ない、移動する」

 ロクがしきって全員を動かそうと声をあげていた。

 それを見守りながら龍王は思考する。

 テュラノスが強くなる理由は一つ。

 王が近いということ。

 新野も気にしていた、彼女の言っていた「こんなに近くに」という発言。

(もしかして、近くにいるのか、モナド……)

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