侵攻 5
木々のざわめきの後、土煙とともに地面が揺れる。
振動は足元をうごめいていく。姿を隠した龍が地中へと潜ったのだ。
気配を追い三条はすぐさま走り出した。虎たちがその行く手を阻み前方に飛び出す。
大きく踏みしめ槍を構える。小柄な大典太が一声鳴いて頭上へ飛び上がった。宗近が地を這ってそれに続く。
「無駄だ!」
三条は滑空する大典太を待ち構え振りかぶる、かと思いきや槍を地へ突き刺した。
そのまま身をよじり宗近の上を滑り跳ぶ。
着地し駆け抜ける三条に那由多が追いすがるが、そこへガルバネンラが轟音とともに飛び出してきた。
額の鱗につかまり三条は龍とともに宙へのぼる。
ぎょろりと見上げる眼球に向けて、三条は朱槍を突き出した。
硬い音ともに衝撃は弾かれる。見開かれた眼球は透明な膜に覆われているが、それが三条の一撃を防いだ。
『残念だったな、鱗の硬さを避けたようだが……! 無痛に力をまわしたお前の剛力は落ちている!』
落下する三条の下で那由多が牙をむいている。
(纈!)
飛龍たちにまとわりつかれている龍王の焦りの声が飛ぶ。
那由多が四肢をたわめる。
そこへ疾風のごとく乱入者が現れた。
広げた翼は漆黒の六枚羽。
黒い嘴が落下する三条を横からかっさらった。
「あなたは……!」
(銀! さっすがあ!)
巨鳥は翼をはためかせ三条を背に上げて飛行する。
『おい見えねえぞ、どこだ龍は』
「すぐ、前方です!」
三条の目には塔のようにたつ龍が迫りくる。
鴉は一声大きく鳴いた。
三対の翼のうち二対が宙ではじけ、無数のカラスたちが飛び立っていく。
長首龍は危機を察知し地に潜っていく。
しかし三条の助言のもと、鴉王は直角に滑空しそれを的確に追う。
三本の鉤づめがしかと龍の喉をつかみ蹴りつける。
飛び立った鴉王とすれ違ってカラスの群れが龍へ突撃していく。
カラスたちは着弾の直前に火を放ち、龍はたちまち炸裂する業火に包まれた。
爆発音を背景に鴉王が龍王のもとへ降りる。
飛龍を全て倒した龍王が小屋上空を飛んでいる。
暴風に翼を吹かれながら、鴉は屋根に足をつけた。
周囲を赤く照らす炎が揺れている。
『あれ? テュラノスはどうした』
(中にいるよ、一働きしたところでね)
三条は鴉の背中から降り屋根の穴から中をのぞこうと身をかがめた。
その時炎が一点に収束していく。王二頭が反応したと同時に姿を現した長首龍がこちらに向いていた。
開いた口には牙が並んでいる。そこから飛んできたのは弾丸のような液体。
三条の足元から新野が飛び出す。
「守れ!」
怒号とともに、眼前で液体が半透明の膜に激突して派手に散った。
桃色の粘液が地面に落ちていく。それは地面を融解し煙を上げる。
(新野、大丈夫か!)
「ああ。寝てる場合じゃないからな」
『隠れても無駄だってわかったようだ、虎とあれだけなら楽勝だろ』
(てゆうか銀どうした? さっきは助かったけども!)
「ええ、助かりました。ありがとう存じます」
鴉は翼を所在なく揺らして軽口を叩く。
『けっ、虎にエサをやるのもむかつくからだボケ。簡単にやられるとあっちが喜ぶだろうが』
(まあ君がいてくれるのは心強いけど)
『ヒヒ、それはそうだが、それだけじゃないぜ?』
鴉が空を見上げる。つられて龍王たちも向いた。
風を切る音ともに、豪速で上空から近づく者がいた。
その存在は長首龍の頭上で急停止し、眼下を睥睨する。
金髪を高い位置で一括りした麗しい女性がいた。その穏やかな緑眼と美貌を新野は忘れることがない。
「白銀龍のテュラノス……」
「また、貴方たちですか。こんなに近くまで来ていたとは……。いいでしょう、ここで叩きます」
真白のスーツを白銀の輝きが包む。
女の姿ががらりと変わり、絹の肌と輝く甲冑をまとう。そして硬い翼が鈴の音を奏でながら広がる。
「以前のように油断はしませんよ。龍王のテュラノス」
『というわけで土産つきなわけだ』
(もー! 厄介事増やしただけだったのかよ!)
女は新野に目を細める。その頭に光の輪が発生する。
彼女の右手が上がり、姿を現したままの長首龍へと手の平が向けられた。
「おい、まさか……」
新野はふらりと踏み出す。
龍の頭上にも光の輪が発生する。ガルバネンラは不思議そうにきょろきょろとしていたが、輪が明滅するとともにぴたりと動きをとめた。
「いったいなにを……」
「操る気だ、あの龍を」
◆◆◆
「白銀龍が接触したようじゃな」
「なんだと! 出遅れた、くそっ」
盛大に舌打ちした狼王を先頭にシビノと本名が長い通路を駆けていた。
唐突に階段が出てきてそれを一足で飛び降りた狼王は角を猛速で曲がる。
「だああ! ちょっとは待て、わしが道に迷ったらどうしてくれる!」
「いや問題ない、もう出る」
本名にも追い抜かれて、シビノは慌てて後を追う。
通路を曲がった先でくらむほどの光に一瞬目を奪われるが、次には足元が無くなっていた。
「うおお!?」
落下した先は樹木の上。葉の海に身は投げ出され、シビノは森に落ちた。
「今回はいいところに出たな」
「これでいいところ? あーびっくりした……お?」
森が開けた場所には、驚いた顔の少女が立っていた。
「あ、あんたらなにやってんの?」
「神子か。それと……」
本名の視界では既に巨大な箱に狼王が登っていた。
「おーこれが火龍か。どうやって開けるんだ?」
「ちょっとなにやってんのよ! 降りなさいバカ!」
箱を踏んだり蹴ったりしている狼王を神子は罵倒した後、転がるシビノに気が付き怪訝とする。
「だれ? 楽園の扉を抜けてきたってことはどっかの王?」
「器だけならそれくらいはあるが、違う。それより鳥を貸せ」
「はあ? それってまさか、バルフに行く気? ……ですか?」
「無論だ」
「ちょっと待ってよ! 鴉の王にはここに残れって言われてて」
「それはお前の話だろ、いいから早くしろ」
うずうずと今にも暴れ出しそうな狼王が目を輝かせている。神子は顔をしかめた。
「言っとくけど今鴉の王がバルフに行ってて、わたしにそんな権限ない。バルフにまで飛べるくらいの鳥の王たちはみんな休んでるし、わたしの言うことなんか聞くわけない」
「あーなら俺の言うことを聞いてもらうしかないか」
「恫喝なんてやめてよね!」
「まだなにも言ってないだろ」
「聞かなくてもわかる! 身内を危険にほいほいさらしたくない!」
「危険って……」
言い合いをはじめた両者を振り返りながら、合点がいったシビノはにやりと笑った。
「おいおい飛ぶのならここにいるではないか。わしを忘れては困るぞ」
「ていうかあんた誰よ!」
激しい剣幕の少女に詰め寄られて、黒葵龍は嬉しそうに相好を崩した。