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獣のテュラノス  作者: sajiro
孤独のバルフ/虎王編
102/147

侵攻 3

 煤と血に汚れた鼻先をぬぐって、新野は大きく息をつく。

 隣では三条が荒い息で槍の穂先を降ろした。龍王は小さいまま新野の頭の上で休んでいる。

「しっかしおまえ、どんだけ馬鹿力なんだよ」

 二人が立つ景色は一変した。地面は激しく隆起し、そのため木々はなぎ倒されている。

 アラントスが倒れ、飛龍は飛び去って行った。何頭かの骸が転がり砂塵に埋もれている。

 空を見上げていた三条は新野を向いて、恥ずかしそうに破顔する。

「私に想像力などあると思うか? 強い者となればひとつ、力が相応にあればいい」

「脳筋か……。てか一人でアラントスを倒せるくらい強いとは思わなかった」

「それは葵と龍王様のおかげだ、星装龍が健在だった頃には単独行動を奴らは控えていた。それに甲角龍はいつも私たちとの一騎打ちを望んでいたようだったが、星装龍はそれも許さなかったからな。それよりも村が気がかりだ、移動しよう」

「ああ」

 頷いた新野の背から虹の翼が出現し、光が三条へと降り注ぐ。

 三条の背中に開いた穴は、直視した新野の顔が歪むほどにひどい。

 肝心の三条はけろりとした顔で新野の光を見上げる。

「これは走りながらもできるか?」

「ちょっとくらい待て、すぐ終わるから。王が近くにいないんだ、治しておいたほうがよく動けるだろ」

「そうか、ありがとう」

 納得しているのかしていなのか判然としない三条に応急処置程度の回復を施す。その間三条は空を見上げていた。

「どうかしたのか?」

「いや……、よくはわからぬ。ただ騒がしい」

 新野も空を見上げてみるがいたって平凡な曇天だ。

(気配に敏感な虎がなにか感じているのかな)

「トロントでなにかあったとかじゃ、ないよな」

 杞憂はあるが今それを心配したところでどうしようもないことはわかっている。

 回復を終えた一行はすぐさまその場を後にし村の方角へ急行する。


 村が見えた、新野の視界ではロクがこちらに向かって走ってきていた。しかしうまく足が動かず転んでしまう、その背後から飛龍が一頭飛来している。

 新野が反応をする前に、隣から三条が飛び出す。

 万全の体調でないにも関わらず一瞬でロクの背後に入り込み、飛龍は一刀のもとその首を飛ばされた。

 追いついた新野がロクを助け起こす。顔を隠している布がずれて少女の焦った表情が少し見えていた。

「お、遅いぞ馬鹿者……!」

「すまない。葵ここを頼む!」

 新野の制止の声が出る頃には、村の彼方で三条の暴れる音が響いていた。

「あいつあんな怪我した後でよくもまあ」

「怪我をしているのか?!」

 突如血相を変えたロクに問いただされる。

「ああまあな、治しはしたけど完全じゃない」

「そうか……」

「でもおかげでアラントスは倒したぞ」

「ふん。油断をした奴からこういう場合死ぬと思ったほうがいい」

「はいはい。それより今のうちにあんたも結界の方に行こう。歩けるか?」

 気の強い声を出したばかりのロクの膝が震えている。

 よく見ればところどころ砂と血で汚れている。

「大丈夫か? 今回復して」

「ふざけるな、こんな傷に使ってばかりいたらきりがないぞ。いいから肩を貸せ」

 新野の手を振りほどいてロクはがっしりと肩をつかんで気丈に歩き出した。

 手助けしながら集会場へと向かうと数名の男衆が待っていた。

 その者たちにロクを任せた時三条も駆け戻って来る。

「皆無事か!」

「応、なんとかな」

 答えたのはヤサとガシの父親だ。頭を切ったのか血染めの布が巻かれている。

 皆怪我が絶えないが村を出た頃と人数が変わっていない。

 そのことにほっとしている新野の隣では依然三条が厳しい顔のまま、

「おかしい。龍の気配が無くなっている」

「まさか全員倒したのか? それとも甲角龍を倒したらしいな、逃げたか?」

 ロクの問いに三条は首を振った。

「甲角龍に追随した者は逃げたが、それにしても少ない。長首龍の一派がまだ出ていないのか……」

「それでは遅すぎる、こうして村は半壊しているのだ。続けて襲わなければ。こちらには結界地があるのだぞ? 星装龍がいなくなってそこまで馬鹿になったか亜龍どもは」

 黙考しながら三条は皆をかきわけ集会場に入っていく。

 全員が注視する中、三条は床板を一枚上げた。そこはがらんどうで暗い穴が続いている。

 龍王が新野の頭から飛んで、その穴をのぞいた。なまぬるい風が鼻先をくすぐる。

「これがあそこに続いているのか。あっちからは来れないのか?」

「途中で片側にしか開かない扉をつけているからな。壊せば崩れるようにもなっている」

「へえ、すごいな。とりあえずみんなはここに逃げて、俺と纈で他の龍を探すか? 纈?」

 穴を見据えて固まる三条に新野は首をかしげる。

 三条は愕然として呟いた。

「まさか……」

 床板を支える力が抜けて龍王の頭にごつんと当たった。

「お、おい纈! どうしたんだよ」

 代わりに床板を持った新野ははっとする。三条の表情はとても苦々しいものになっていた。

「那由多殿、どうして……」

「ユハタどうした?」

「虎が……。虎が通ったようです」

「……なんだと? ここを?」

「ああ、何頭も。彼らは姿を消している間匂いも足跡も残さない。同種の私が感じるわずかな気配くらいしか。しかし、何故だ」

 刹那、新野の頭にぴんと張る察知の糸。

 これは以前村で感じたものと同じだ、すなわち長首龍の出現。

 一瞬だけ感じるのはおそらくかの龍が姿を現したのが一瞬だからということ。

 それをさらに敏感に感じ取る三条は目を見開いた。

「結界地の方角だ!」


 

 結界の中心地には大きな木が立っている。その横の小屋には村人たちが集まっていた。

 木の根元の穴から静かに透明のなにかが這い出てくる。

 ぞろぞろと何頭も続いて、全頭が出たところで一頭は木に登った。

 幹に大きく交差した爪の跡がある。

 突如枝にのしかかった虎が現れた。

 珍しい毛色に碧眼の虎は、その鋭い爪で跡を上書きするように木の肌をかき壊した。



 暗い湿気の充満した穴を進んでいた新野にもわかった。

 ぱん! と耳元でなにかが弾け飛んだ感覚。

「やばい、これって結界が壊されたんじゃないか!?」

 新野の声が終わるや否や先頭の三条は更に速度を増した。

 穴から飛び出した視界が急激に広がる。

 再び訪れた結界の中心地。

 ドゥシャンベの遺跡が飾られたそこを見て、すぐさま周囲に目を配る。

 その新野の上空から飛龍が甲高い声とともに滑空してきた。

「くそ、やっぱりか!」

 襲ってきた鉤づめを新野の刃が受ける。

 背中から倒れ込んだ新野をヤサの父親が肩でおさえた。

 力任せに押し込んで飛龍をはじき返す。

「出るな! 亜龍がいるぞ!」

「そんなわけにいくか子どもたちがいるんだぞ! どいてくれ!」

 無理矢理押し返すことが新野にはできなかった。どっと穴から出て村人たちは小屋に向かう。

 小屋の屋根には飛龍が何頭もとりついている。

 最後尾のロクが出てきてその光景に息をのんでいた。

「ロク! 伏せろ!」

 三条の激しい声が飛び込んできた時、頭上から大きな影が落ちてきた。

 新野にぶつかられ、ロクは地面に倒れ込む。

 ロクが立っていたところに躍り出たのは那由多だった。

 間断なく槍を振りかぶった三条が迫る。

 振り抜いた時には那由多はひらりと跳んで距離をとっていた。

「那由多殿! 何故!」

 怒りとも哀しみともつかない激情の三条の叫びに那由多は一声鳴いた。

『すまないな纈! 事情が変わったのだ!』

 虎の後ろから森が激しく揺れる。

 風が吹いていないのにも関わらず、台風に吹き荒れるようだ。

 まるで大きななにかが通っているように、森は左右に分かれていく。

(ガルバネンラだ!)

「葵、小屋を! 皆を頼む!」

 三条の声は気迫に満ちていて反論を許さない。

 一瞬新野は唇を噛み、すぐさま身を翻して小屋へ走り込んだ。

 屋根から瓦がいくつも落ちてくる。ロクや男衆をのけて新野は壁にとりついた飛龍を叩き斬った!

 その亡骸を引きはがすと、小屋の壁が既に破壊されていて中から悲鳴があふれ出てくる。

 飛び込んだ先にいた飛龍が瞬時に首を上げる。赤く染まった口に新野は反射的に距離をつめた。

 腕を振り抜くと飛龍の上顎から上が消失した。

 続けざまに翼を根本から切断する。

 甲高い声に振り向いた。天井から入り込もうとした龍の首に糸がするりと巻き付く。

 容赦なく締め上げ断ち切る。

 青紫の血が雨になって降り注ぐ。それに目もくれず壁の穴から見えた新たな鼻先に右足を叩きこむ。

 蹴り飛ばした飛龍は小屋から地面へ倒され、新野は追いかけ胴へ飛び乗る。

 一刀。血の噴水。

 冴龍の脚甲が地を蹴って小屋の天井に降り立つ。

 そこに這いつくばっていた二頭の飛龍は断末魔を上げることもなく首を落とされる。

 瓦とともに落ちてきた龍の首にロクが後じさりした。

 次なる標的をかっ開いた橙の瞳が探す。

 刹那小さな黒龍が新野の顔をその体で覆った。

(新野! 正気に戻れ!)

 新野の刃が閃いてその体をも斬りかけるが、すんでで理性が追いつき刃は止まった。

 忘れていた呼吸が呼び戻される。

 新野の猛攻に圧倒され、残りの飛龍は空へと一旦後退していた。

(治療を、早く!)

 眼前で龍王に叫ばれ、新野は我に返る。

 小屋に即座に戻ると中は赤い血で凄惨な状態へとなっていた。

 投げ出された手足に見覚えがある。

「ヤサ、嫌だあ!」

 すがりついて泣く声が小屋の中に響いていた。

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