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獣のテュラノス  作者: sajiro
孤独のバルフ/虎王編
101/147

三条VS甲角龍アラントス 

 アラントスも三条もにらみ合いながら一定の距離をとっている。

 三条はアラントスの突撃に備え、それを知っているので龍は得意の突撃を渋っている。

 一人と一頭の間は静かで緊張した空気が張り詰めているが、背景の騒音は続いている。

 アラントスを視界の中心におさめながら三条はその音に耳をそばだてる。

 新野が龍の群れと戦っている。龍王と息を合わせているだけでなく、彼自身が考えた戦い方が功をそうしていることに三条はほっそりと笑った。

 特訓の成果というべきだろうか、味方の善戦が三条の気勢を上げていた。

 その三条から放たれる隙のなさにアラントスは一歩を踏み出せないでいた。

「どうした」

 笑んでわずかに上がっている口端のまま、虎王のテュラノスは巨龍へ問う。

 三条は一歩分前へ足を滑らせる。

 その分強い気迫が龍へと迫った。

「その誇る御力を、存分に見せていただきたい」

 すっと槍を持ち上げて、両手で静かに掲げる。穂先が動き、ぴたりと対峙する龍の脳天に向かった。

 その穂先が突然欠ける。そして柄へと、ゆっくり存在が希薄になり、三条の姿がゆらめきながら消えていく。

 不可視の迷彩。アラントスは弟の長首龍と同じ特徴をもつこの人間が、まさに姿を消そうとしていることに気が付いた。

 逡巡は秒にも達しない。

 亜龍は迷いなく、後ろ足で地面を爆砕させ、踏み出した! 

 一本角を直面に構え、全てを貫く猛進。

 その突撃に、三条はすぐさま迷彩を解き槍の穂先を下げる。

 轟音は一瞬、三条の槍の柄が角の切先を受け流した時、雷鳴が轟いたようだった。

 およそ最高速度の列車に勝る衝撃を、ミリ単位よりも正確な流しで真横に払った三条が勢いのままに身を回す。

 視界はスローモーション。

 駆け抜ける宙に浮いた亜龍の真横で、大きく一歩を踏みしめる。

 刃の根本ぎりぎりを渾身でつかみ、当身とともに突撃する。

 地面を揺るがす衝突音から視界はまた急速に動き出す。

 鼓膜を破りそうな音とともにアラントスの体が森へ吹っ飛び、三条は強く息を吹き出した。

 踏み出した足は地面を踏み抜き、槍の切先からは摩擦で蒸気が上がっている。

 一拍遅れ森を破壊しながらアラントスの巨体が落ちる。

 あまりの衝撃に新野と龍たちの戦闘も止まっていた。

 しかし再び三条は槍を構える。

 その直線上でアラントスが木をなぎ倒しながら起き上がった。

 どす、どすと地を揺らしながら、四足で立ち上がる。ぶるぶると頭を振りはしたが、外殻に損傷は見えない。

 甲角龍は大きく鼻息を吹く。

 やすやすと三条の誘いに乗ってしまい一撃をもらってしまった自分を恥じたが、その反省は一瞬で終えた。

 ざわざわと背中から生える足が動きを確かめるように揺れる。

 そしてアラントスはそのまま前傾姿勢をとる。

 前足で地をかくその姿は突撃をにおわせる闘牛そのものの動き。

 興奮を散らせようとまた頭を強く振る。

 三条もまた、相手の龍が迷いを捨てたことを悟り槍を強く握った。

 気圧されていた相手はもういない、恐れることなく自慢の力を発揮してくる今度の一撃は、さきほどとは打って変わって強力なものになるはずだ。

 らんぐいの牙が並ぶ口腔がはじめて開かれた。

 よだれが糸をひく口で、まるでなにか話すようにアラントスはうめく。

『…………!』

 しかしそれは声にもならない。因子でない、記憶の残影でない真実のアラントスであったのなら、それは言葉を発していたかもしれない。しかし今では燃えるような戦意だけの存在。

 なにかを叫んで、甲角龍はたかぶりのままに吠え声を上げた。

 額から生える角がぎりぎりと音をあげ形状を変えていく、ねじり巻かれらせん状になり、ついには吹き荒れる竜巻のごとく回転する。

 言葉は無く、ただ獣のままによだれを飛ばして亜龍は叫び、地を蹴った。

 まばたきよりも速く、三条の正面に龍が迫る。角をかわし、三条は身をかがめる、そこには大きく開いた口腔の紅さが待ち構えていた。

 三条はその口内へ目を見張ったまま微動だにできない。ばつん、と全てを断つ勢いで龍の口が閉じられる。

 牙が脳天を突き破る直前、槍だけが射出される。

 亜龍の口内から突き出された槍が喉の奥を突き破り肉を裂き再び空気に躍り出る。

 牙がわずかに頭に触れている状態で、しかし三条は、甲殻の固さに狙いがずれ脳を破壊することが出来なかったことに顔を歪めた。

 口内を貫かれたアラントスは盛大な苦鳴を上げる。

 間断なく三条は槍に力をこめる。が、深く突き刺さった獲物は抜けない。判断して腰だめに振り払う。

 四肢が地面から浮きあがったアラントスは即座に悲鳴を止め、背中の四本の足を半分は地面に突き刺し、半分は三条を襲った。

 全く躊躇なく三条は槍を手放し後退、アラントスの節足が空振る。

 その節足を三条は掴み取り、力任せに引っ張る。

 もう二本が地面に突き刺さっていたのが不味かった、三条の引っ張る力に無理に抗ったアラントスは燃える様な熱さを背中に受けて仰天する。

 混乱する視界に放たれたのは、自分の節足の一本だった。根本からちぎれ、血を吹き出しながら宙を舞っている。

 三条は容赦なくもう一本をつかみあげる。

 同じ要領で引きちぎる。ぶちぶちと神経がちぎれる音の後ゴミのように投げ捨てる。反動で宙に浮いたままのアラントスに三条は詰め寄り口内から生える槍の柄を握り込む。

 攻撃に転じた足を失ったアラントスが焦って地面から二本の足を抜く。

 その隙を目の端でとらえていた三条の目が細まった。

 槍は刃の反りで抜けなくなっている、ならば――。三条は思い切り地を蹴った。

 宙から降り立とうとしていた巨体の中を、彗星が駆け抜ける。

 肉と皮と破壊された殻を突き破って、三条は甲角龍の首の裏に躍り出た。

 噴水と同じく血が吹き出し、三条の全身が青紫色に汚れる。

 口の裏に大きな穴を開けたアラントスはあまりの痛みと衝撃に砕かれた顎をひきずりながら全身を震えさせる。

 その背中で三条は高々と槍を持ち上げ、振り下ろした。

 切先が甲殻の割れ目に入り込む直前、三条の体がぐらつく。残されたアラントスの節足が三条の背中を突き刺していた。

 相手にまだそんな力があったことを認めながら、三条は冷静に足を抜いて背中から降りる。

 その彼に大きな影がかぶさる。

 ふらふらと角をさまよわせていたアラントスが、閉じなくなった口を三条に向けていた。

 倒れ込むように三条へ一本角が振り下ろされる。

 背中を抉られていた三条はすぐさま避けることができなくて、槍でその切先を受け止める。

「・・・・・・?!」

 刹那、甲角龍の両後肢を囲むようにくすんだ虹の光輪が出現。

 角を中心に、アラントスの能力《推進力》が発現する。

 角が急激に熱を持ち、勢いが加速する。アラントスの攻撃力が推進され、角が何倍も重くなり突撃力が飛躍的に上がる

 急激な勢いの増加に三条ががくんと押し込められる。

 甲冑の穴から三条の赤い血がぼたぼたとまるで生き物のように零れ落ちていく。

 切っ先から気流を起こすらせん角の頂点と、虎王のテュラノスの、高熱に赤く輝く槍が激突したまま拮抗している。

 激しい気流の中心では火花が散り両者の顔を照らす。爆竹が弾けるような音が連続し熱風が渦を巻く。

『…………!』

 アラントスの四肢が地面を滑り窪ませた。

 歯を噛みしめた三条の剛力が、アラントスの巨体を押し返そうとしていた。

 その瞬間、甲角龍が最大の力を振り絞り吠えた。

 理性もなにもない獣然とした大音量。邪龍の全身に血管が浮き彫りになり、背後に光輪が三重に現れる。力にして三倍、威力にして最大。

 破壊の後光が噴射する。

 光の奔流と化した突撃に三条は一息で飲み込まれた。

 新野があっと叫んだその時、アラントスの角は地面を深々と突き刺し爆発を引き起こす。三条はその爆光の下に埋もれて消えた。

「纈!」

 飛来する龍へ背を向けて新野はその場に向かい走り出そうとした。

 しかし新野まで到達した爆光に視界は一瞬白くなる。

 衝撃の波が一帯を走り去り、遅れて地面が隆起する。

 新野の足場もひび割れ大きく波打つ。

 波紋が走るように地面が順番に破壊されていく。森が傾き葉が盛大にさざめく。

 破壊の中心で甲角龍の光輪は弾けて消え、極限まで使われた角は回転を終え亀裂が入る。

 アラントスの立つ地面は瓦解し、大きく窪みその中に巨体が倒れ込んだ。

「纈、纈!」

 崩れる地面に足をとられながらも新野は声を張る。

 その視界の中心で、人の手が見えた。

 続いて湾曲した刃、長い柄をした槍が。力強く立ち上がった男の後頭部から流れる鉢巻の紐が。

 汚れきった三条の目だけがなにも変わらず澄みきっている。

 三条はかぶっていたものを破壊され尽くした地面へ放り投げた。

 地面に落ちたボロ雑巾のようなそれはアラントスの下あごだった。衝撃の直前にぶら下がっていたそれを口からもぎ取って盾にしたようだ。

 それでも甲冑はぼろぼろで、青紫の返り血だけでなく赤色にも汚れきっている。

 とくに突き刺された背中は遠目にも無残だった。

 そんな三条はアラントスが息絶えている気配を確認して、新野にようやく気が付き爽やかに破顔した。

 空中では飛龍が大いに騒いでいる。しかしそれも一瞬忘れ、新野は三条につられて笑ってしまった。

「すげえな……こいつ」

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