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獣のテュラノス  作者: sajiro
土中の異世界/龍王のテュラノス編
1/147

大昔のプロローグ

 何百回の春を越し、

 何百回の夏を見送り、

 何百回の秋を過ぎて、

 何百回の冬をまたいでも、

 まだ、足りないほど遡る。

 それは、今からはるか昔のできごと。

 世界のどこかの上空で――。

 神秘と神秘が、激突した。

 夜。

 風の音だけが聞こえる。

 硬質的な輝きに濡れ光る翼を、悠然と羽ばたかせている影がある。

 長く太い首。厚い胸板。巨木のようにたくましい四肢。全身、長大な尾先まで包む鋼の鱗。

 背中の翼はその巨体をも隠せそうな程。

 頭頂から背中に続く背びれが淡く光を放っている。

 傲然たるも美しい。

 人の何十倍もの体躯を誇る龍の巨駆が、深遠に丸くくり抜かれた月を背負い権限していた。

 その黒色の鱗に覆われた巨大な龍は荒々しく息を吐き、前方に広がる夜空を見回していた。

 たちこめる薄い雲は月と星の輝きを返し、静謐に漂う。

 しかしその中に一瞬、わずか一瞬、雲の向こうに動いた影を認めた刹那、


──来たか同胞、この時を待ちわびた!


 らんぐいの牙をむき出しにし、黒龍の爆音にも似た咆哮が響く。

 直後、雲より一頭、龍が飛び出し現れた。

 真白の羽を背負った龍。

 燦然たる光沢をもつ銀の鱗が、羽ばたく際に躍動する。


──黒葵龍の主総長殿とお見受けする。私は白銀龍の族長。盟約のもと、疾く馳せ参じた。


 心底に暖かみをもつ鳴き声がそう語り、長い尾を打ち振るう。


──一族代表たる我が全身全霊、その身に受けてもらおうか。


 穏やかな緑瞳に似合わず、白銀龍は言い放つ。

 その宣戦布告を受けとった黒葵龍の口元が、獣らしからぬ笑みを形づくる。


──我が力をもって、汝が力を計らん!


 二頭は同時に開戦の咆哮をあげ、翼をはたく。初速から雷光の速さで戦いが始まった。

 龍の神秘の速度には景色も追いつかない。

 はるか下に広がる地上は一定の地点であることはない。海を越え国を越え山を越え、上空の星模様が変わろうと、包む空気が変わろうと、最強生物のぶつかり合いにはなんら関係せず、ただ龍は相手の動向だけに気をとめた。

 互いの牙が爪が尾が翼が猛威をふるう。

 黒葵龍が腕を振るい白銀龍の肉をそぐ。

 白銀龍が牙を突き立て鮮血を噴出させる。

 両者とも大気を剛翼で操り変幻自在の飛翔を見せる。

 いつの間にか戦場は広大な海上となっていた。

 隆々たる肉体をぶつけあい、お互い全身に傷を負っている。

 しかしどちらも致命傷は無い。

 打ち付ける翼が暴風を起こし、龍たちの間に距離が開く。

 爛、と橙色に輝いたのは、黒葵龍の目。

 五分五分かと見える戦いに攻めの先手を繰り出す!


──我が光、触れしもの全てを消そう!


 一帯に響き渡る鐘音に似た咆哮。

 黒龍の周囲に、青白い燐光で描かれた輪が三つ発生。

 眼前の危機を察知し翼を広げた白銀龍に向かい、輪が一斉に輝く。

 空に極大の爆光が放たれた。

 その輝きは直視する目を焼き、

 その爆音は海に大きなさざ波をたてる。

 そしてその光は通り抜けた後に何物も残さない!

 まさしく光速で迫る死槍を白龍は回避するしかない。

 光に対抗する速度の飛翔で。

 一本目、避ける。しかし後続の二本が曲線に迫る。

 二本目、辛くも避ける。

 三本目が横から白銀龍の飛翔線を先読みして来る。

 どちらも光速。死の光とぶつかる直前、白銀龍は翼の力を瞬間的に抜いた。

 回避成功。光は泡となって夜空にかき消える。

 落下からまた飛翔へと再び力をこめた白銀龍は、


──ッ!?


 その行動をたくみに読んでいた黒葵龍の激突をくらった。

 最後の槍は自分自身。神速で真上から衝突した黒龍の狙いはただ一つ。

 太く鋭利な両の牙が、鱗の間隙をついて深々と白銀龍の喉を貫く。

 全ての膂力を牙にたくし、渾身の力をもって噛み砕こうとする。

 二頭の龍は深淵の夜空を真っすぐに落下。

 そのまま海へと堕ちる。巨大な水柱が立ちあがる。

 水つぶてが土砂降りとなって海面を打つ。

 やがて、ゆっくりと大きく揺れる波となった。

 静謐。

 ……。

 ……。

 ……ちゃぷり。

 水面から徐々に現れてくる。

 海より上がり、空に再び浮く大きな影。

 濡れた巨体が月光を浴びる。

 今や力を失いだらんとした白銀龍の体。

 その首はくの字に折れ曲がり、がっちりと牙にくわえられている。

 輝くのは、橙色の双眸。

 濡れ光る鱗は大半が漆黒で、時折紫苑の色がまじる。波のような背鰭は淡い光を放っている。

 その龍は、前脚で骸を引き、牙を抜いた。

 そしてその遺骸を抱き、天上を見上げる。

 夜空に一頭権限する龍は、朗々と尾をひく咆哮、同胞への別れを謡った。

 最後に静かに告げる。


──盟約は果たされた。これより最強を示した龍は眠りにつき、残された同胞たちは終焉の帰路につく。

 

──来るべき時再び目を覚まし、全龍の神秘を行使するのは、覚えておけ地球よ! 我、黒葵龍主総長、一なるものモナドだ!

 

 怒りとも悲しみともつかない感情の奔流をこめた叫びがこだまする。

 その声を聞いている者など誰もいない。

 しかしもしもいたならば。その声に潜む物悲しい響きに胸を掻き乱されたかもしれない。


──龍の時は終わる。そしていつか地球よ、おまえの時も終わろう。その時再び龍は現れる、忘れるな! 決して忘れてくれるなよ!


 それは今からはるか昔のこと。

 この戦いの後、世界から龍が消えた。


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