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02

「でさ、本当びっくりして、走って逃げた」

 夜。夕飯を食べながら、俺は墓場であった男の事を家族に話した。一番上の兄は大学生で、一人暮らしをしているから、家にはいない。真ん中の兄と、俺と、父と母。

「やあね、何もされなかった?もう今度からお墓いっちゃだめよ、今の世の中男の子でも何されるか分かったもんじゃないんだから」

 母が心配そうに、目を見開く。

「しっかし変わった奴だな、名前まで調べてたんだろ?」

 兄は奇怪な事件だとだけ捉えたらしい。にやにやと笑って、「何もされなくて良かったな、冬冶。逃げたのは正解だよ。今度俺もいってみようかな」などと言い、俺の背中をパシンとたたく。俺も墓場での恐怖は何処へやら、にやりと笑い、「今度一緒にいくか?」などと嘯いた。

「気持ち悪い人がいるものね。しかも外人さんでしょう?何処でうちのこと調べたのかしら。ねえ、お父さん?」

 そのとき。ちらりと、父の顔に緊張が走っているのが見えた。しかしそれは一瞬にしてかき消され、母に向かって「そうだな、外人っていうのが気味が悪いな」と相槌をうつ。俺は不思議に思って、兄のほうを見たが、彼は父の様子に気づかなかったらしく、のんきにおかずの芋をつついている。見間違いだったのかもしれない、そう思い直し「そういえばこの前学校でさ・・・」と自分から話題を切り替えた。

 しかし、話はこれで終らなかった。夕飯の後、部屋で宿題をしていた俺の所へ、珍しく父がやってきた。いつもと違う、真面目な顔。先ほどの一瞬で捕らえた表情と、同じだった。

「どうしたの、父さん?」

 あえてのんびりとした声で、シャ-プペンシルを机の上に転がす。そうでないと、父の異様な雰囲気に呑まれてしまいそうだったから。

「話があるんだ」

よく見ると、彼の顔は血の気が引いて真っ白に近い。何か重大な事が起こってしまったかのような様子であった。

「なに」

墓場の男に関係のある話だろうか。いや、きっとその話だろうと確信していた。何故かは分からないけど。

「墓場の男の事?」

父が言う前に言うと彼は少し驚いたように頷く。そして、キョロキョロと部屋の中を見回し、開いていたカーテンをさっとしめると、身振りだけで付いて来いと俺を促した。何事だろう、不思議に思いながらも、また好奇心が頭をもたげ始める。だって、父がこんなに深刻な顔をする事はめったに無いことだから。二階にある俺の部屋から一階に降り、母が皿を洗う音を聞きつつ仏間に入った。

「襖を閉めて」

俺は言われた通りに後ろ手に襖を閉め、仏壇の前に正座した父の後ろに座る。畳とジーンズの微かにこすれる音がすると、それが合図だったかのように父が蝋燭に火を灯し線香をあげ静かに手を合わせた。俺も、同じように後ろで合掌し、固く目を閉じた。いきなり何事だろうか、と父の背中をうかがいながら。

「冬冶」

 父はそう言い、脇によけると俺を手招きし、仏壇の正面に座らせる。

「そこの下の引き出しをあけて、鍵がはいってるから取り出して」

 何故、自分でやらないのだろうか。そう思いながらも軽くうなずき、カタリと接続の悪い木の引き出しを開ける。マッチ、蝋燭、ライタ-が乱雑に入っている奥のほうをあさってみると、いかにも古そうなくすんだ金色の鍵が見えた。

「おう、それだ」

 父は横合いから覗き込み、うなずく。摘み上げてみると思ったよりは重く、引き出しをしめてからしげしげと眺め回した。いかにも鍵、といったような風体の、今のものとは違う先の丸い鍵。こんなもので開く扉って、今の世の中にあるのだろうか?

「何の鍵?」

「倉庫だよ」

「倉庫?」

「そう。うちの、庭の先にあるだろう。あれの鍵」

 小さい頃に遊んだきりで、最近近寄りもしなかった庭先の古い蔵のような倉庫が、突然頭の中に浮かんできた。忘れてしまうほど、庭にでていなかったのかと少し驚く。

「さて、いくぞ」

「は?今から?」

「膳は急げ、時間がどのくらいあるのか父さんにもわからん」

 何の時間だよ、そう聞く前に父はさっさとリビングに行き、母に「懐中電灯はどこにあったかな」とのんきな声を出していた。俺は手のひらの上にある鍵を見つめ、そういえば昔一つだけ戸の開かない倉庫があったな、とふいに思い出した。

懐中電灯は結局見つからなかった。キャンプ用のランタンで何とかしようと、探したがこれも見つからず、結局蝋燭に火をともしていくというなんとも原始的な方法と、俺の携帯のライトを使っての行軍となった。

「お前があけるんだぞ、冬冶。俺は何が入ってるか詳しくは知らんからな」

「何が入ってるか?何かあるの?」

 真っ暗闇の中で芝の感触を踏みしめながら、父はなんとも頼りない言葉を発する。鼻先を掠めていく、冬の風がどんどん俺のからだの熱を奪っていくのが感じられた。

「曾じいちゃんからの、置き土産だ」

「遺産ってこと?」

「そんな生易しい物だったら良いな」

「はあ?」

「まあ、見てみたらわかる」

「その前に、話を聞かせて欲しかったな」

「話?」

「展開が速すぎてついていけてないよ、俺」

ふと父の顔があるところを見上げると、彼の頭越しに冬の星空が見えた。といっても、星はあまり見えず、分かる正座はオリオン座ぐらいしかない。見とれたわけではないが、足を止めると、父も同じように空を見上げ「見事なオリオン座だなぁ」とつぶやいた。

「見事なオリオン座って、何だよ。見事じゃない奴があるの?」

 父の言葉におもわず噴出すと、彼も笑い

「いや、もしかしたら動き出して配置が換わるかもしれん」

とわざと真面目くさった声で言った。

「実はあれは星じゃなくてユ-フォ-でした、とか?」

「うーん、ありうるぞ。もしかしたら、あそこの話かもしれない」

「何が?」

「今から、お前に話そうと思っている話だよ」

さあ、いくぞと再び歩き出した背中に少し遅れをとり一歩踏み出した。宇宙の話?今日の男と、どこに関係があるのだろうか。まさか、彼は宇宙人?いやいやまさか、それならばどこに曽祖父との関係があるというのだ。いや、もしかしたら海運業をやっていたと言うのはウソで、本当はNASAのような所に勤めていたのかもしれない。

「さ、ここだったかな」

枯山水を意識したのだろう、祖父が庭に玉砂利を敷き詰めて作った川を無遠慮にザクザクと踏んでいくと、倉庫についた。記憶の中のそこと、全く変わっておらずまるで昔に戻ったかのような錯覚を覚えてしまう。

「鍵は?」

父の問いに無言で鍵をさしだすと、彼は頷き俺の背中を軽く押した。そして、南京錠のついた扉に蝋燭の火を近づける。黄色い光に照らし出され、鈍い光を発する錠前を手に取るとひんやりと金属の冷たさが指先に伝染した。恐る恐る鍵穴に鍵を差し入れると、何年間も放置されていたとは思えないほどすんなりとはまり、ぐるりと右に回すと、ガチャっと音がして錠がはずれた。取手からはずし、鍵と一緒にポケットに入れる。

「俺があけるの?」

 振り返り父にそう聞くと、彼は先ほどよりも緊張した面持ちでゆっくりとうなずいた。どこか、おびえているようでさえある父を不思議に思いながらも、俺は戸に手をかけ、一気に押し開けた。とたん、ギシ、と戸のきしむ音がしてパラパラと上から何かが降ってくる。かび臭いにおいと共に、何匹か羽虫が蝋燭の明かりを求めこちらに向かってきた。それをよけつつも、倉庫に入り、携帯のランプで中を照らしてみる。深い闇から浮かび上がってきた空間は、そんなに広くはない。棚が壁に渡されていたが、何も乗っておらず少し進むと足元で何かにつんのめった。

「うわっ・・・なんだ?」

「何かあったか?」

父が倉庫の外側から声をかける。

「箱みたい・・・蝋燭かして」

そう言い手をのばすと、父は俺の手に蝋燭を握らせ、

「その箱をとって、早く家に入ろう」

と言った。その声はやはりどこかおびえたような色が混じっており、蝋燭を手渡した手は小刻みに震えていた。おそらく、寒さのせいではない。

「よい・・・しょっ・・・重」

 蝋燭を地面に置き、足元を照らして箱を持ち上げると、意外と重く俺はうんうんと言って倉庫の外に運び出した。箱を父に渡し、蝋燭をとるとすばやく出て戸を閉め、ポケットから南京錠を取り出し元の通りにガチャリと鍵を閉めた。

「よし、戻ろう」

 父は箱など持っていないかのように、すいすいと進んでいく。俺は蝋燭の火を消さずについていくことに必死で、「まって」とも声をかけられないほどだった。わざといつもは使わない裏口から家の中に入り、ほっと一息つくのも束の間、父は箱をそのまま俺の部屋に運ぼうと階段を上っていった。あわてて蝋燭の火を消し、階段をかけあがる。

「それ、何なの」

「知らない」

「知らない?じゃあ、なんでもってきたの」

「そういわれてたから」

「誰に?」

「曾じいちゃんに」

 部屋に入ると父はよいしょ、と言い中央に箱をおろした。箱は、金属で出来た金庫で、扉にダイヤルがついているものだった。こんなに大きな金庫は、初めて見る。二人で金庫の前に腰を下ろし、まじまじとその姿を見つめた。

「中身を先に見たいか、それとも話を先に聞きたい?」

「・・・話!」

何も分からずに金庫の中身を見ても、きっと分からないだろう。首をすこしかしげて父を見ると、彼もうん、と首をかしげていた。

「どこから話せば良いのかなぁ」

「なんでも、分かりやすければ何処からでも良い」

何の話かは知らないけれど。

「ひとりの男が関わってるのは確かだ」

「それって、あの墓場の?」

「多分、いや確実にそうだろうな。お父さんは直接見たことが無いんだ」

父は片手でぽりぽりと頭をかくと、薄く目を瞑った。何かを想い出しているようである。

「曾じいちゃんはいつも何かに怯えていた・・・気がする。いや、そうだなあれは怯えてたというよりも、いつも油断する事がなかったのかな」

「緊張しっぱなしって事?」

「家にいるときはそうでもなかったんだが、一歩外にでると人が変わったように厳しい目つきをしてた」

こんな風に、と父が顔をしかめてみせる。ぐっと引き締まった顔は先ほど倉庫に行った時の表情だった。

「それで、いつも平和な世なんて来なければ良いのにって呟いてたな

「どういう意味?」

曽祖父が生きていた時代は戦争があっていたはずだ。普通なら、平和を望むだろうに。

「わからない」

父が肩を落とし、ため息をついた。俺もそうかと首をかしげ、謎解きは苦手なんだけど、と口をすぼめる。

「まあ、それはおいとこう。たぶんその冬冶が見た男がその曾じいちゃんの恐れいた人物なんだろう、と思う」

「ちょっとまって、曾じいちゃんの時代の人が生きてるわけないだろ?今からもう100年前の話だ」

墓場で男の口から直接聞いた時は、そんなことはありえないと思った。しかし今、目の前の父が大真面目に同じことを言っている。

「だから、言ったろう?もしかしたら、空の上の話かもしれないって」

 父が、はじめて少し楽しそうに口元に笑みを浮かべた。俺は疑問符を頭の上にたくさん浮かべ、また首をかしげる。

「どういう意味?」

「冬冶、お前が今日話した相手はたぶん人じゃない」

「は?」

「曾じいちゃんが言ってたんだ。『もしかしたらこれからお前かお前の子供の代に私の知人だと言う人が近寄ってくる時があるかもしれん。その時は、この倉庫をあけて、中のものを見てから対処しなさい。この中のものを見る前にあれに関わってはいかん。いくら話しかけられても無視して、そして十分に備えができてから追い払いなさい。そうじゃないと、お前は食われてしまうよ』って。あの倉庫を閉める時、父さんも見てたんだ。鍵がかけられるところを」

「それでだしたんだね、この箱」

「何が入ってるかは知らないけれど、曾じいちゃんはその男に会ったものだけがこの金庫の中身を見る権利がある、といっていた。お前のじいちゃんの代にも、父さんの前にもそれらしき人は現れなかったから、ウソだと思ってたんだがなぁ・・・まさかお前の前に」

まったく正体がつかめない。曽祖父の時代に生きていた男が現れて、追い払わないと、食われてしまう?まるで時代錯誤の御伽噺だ。

「父さんは、この話信じてるの?」

 普段、この類の話を信じる父親ではない。しかし、聞いたとたん父は大真面目に大きくうなずき、

「あの曾じいちゃんの様子からすると、冗談ではないと思う」

と言い切った。

「じゃあ、もし本当だとするよ?」

ここで本当だ、ウソだ、といっていても話はすすまない。まだ納得したわけではなかったが、一歩譲って続けることにした。だんだんと、床から寒さがしのびあがってきたので、俺は適当にベッドの上のクッションをとってしりの下に敷く。もう一個とって、父に渡すと要らないとしぐさで断られた。

「それで、俺はこの中身をみる権利がある。だけど、父さんは言いつけを守って、中のものを見ないの?」

 もし見ないのだったら、俺は自分ひとりで身の危険と闘わなければならなくなる。あまり、というか、かなり自信がない。父はうん、と唸り古い金庫をじっと見つめた。

「事態がまだよくわかってないからなんとも言えんが・・・もし見て冬冶に身の危険が増えるんだったら見ない。というか、見てはいけないと禁止されはしたけど、見た本人から話を聞いちゃいけないとは言われていないだろう?だから、どうとでもなる」

「つまり、助けは期待していいのかな?」

「もちろん。冬冶が食われる事だけは、絶対に避けるぞ」

 父は頼もしくうなずき、俺はほっと胸をなでおろした。一人で立ち向かえなんていう親じゃなくて、良かった。

「とりあえず、父さんが知ってる話はここまでだ。曾じいちゃんの知人だという不審な人物が現れたら倉庫の鍵を開けて中の金庫を出すこと。そして中身を見てからその人物を追い払うこと」

「そして、その人物は人ではないって父さんは思ってて、それで俺の前に今日現れた。俺はこの金庫を開ける権利がある」

「そのとおりだ。冬冶」

「何」

「今日のうちにあけて、中のものをみてみなさい。明日から、何が起こるかわからん」

そういった父の顔は、蒼白だった。俺の身を案じているのだろうか。

「大丈夫だよ」

 俺はわざと明るい声をだし、にこりと大きく笑ってみせた。まだ事態もよく飲み込めていないのに、そんな顔をされても困る。だいたい、いきなりこんなウソのような話を信じろといわれたほうが無理な話なのだ。

「さ、あけてみるから、父さんテレビでも見といて。番号は?」

 金庫の前に行き、ダイヤルに手をかけると、父は立ち上がり短く息を吐き出す。

「19001513だ。やり方、わかるな?」

「わかるさ、このぐらい」

「じゃあ、何かあったらよびなさい」

「うん」

「それと、この事は父さんと冬冶以外は知らないからな」

「母さんも?」

「勿論だ」

短く告げると、父は部屋のドアを閉めた。廊下を歩く足音が遠ざかっていく。


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