婚約破棄されたので、蜜月の指輪を返して差し上げます。〜元・宮廷魔導師の私が抜けたら、この国が滅びるそうですが、知りません〜
「レイア・アーデンフェルト。お前との婚約を破棄する」
王宮の大広間。数百のシャンデリアが煌めく夜会の只中で、王太子クロヴィスの声が響き渡った。
貴族たちのざわめきが、波のように広がっていく。
私は、ワイングラスを持つ手を止めた。
(……ああ、ついに来たか)
正直、驚きはなかった。むしろ「やっとか」という感想が先に立つ。
クロヴィスの隣には、ピンクブロンドの巻き髪を揺らす男爵令嬢ミレイユ。潤んだ瞳で私を見上げ、いかにも「怯えた小動物」を演じている。
「クロヴィス様……わたくし、恐ろしくて」
彼女はか細い声を震わせ、私の左手を指さした。
「あの女が、国宝の魔導具を私物化しているのです。あの古びた指輪こそ、王家に伝わる秘宝——それを、平然と自分のものにして」
大広間が凍りつく。
クロヴィスは勝ち誇ったように顎を上げた。
「聞いたか、レイア。貴様の悪事はもう露見している。地味で愛想がないだけかと思えば、まさか国宝を盗むとはな」
(国宝、ねぇ)
私は内心でため息をついた。
この指輪の正体を、この場の誰も知らない。知っているのは、私ただ一人。
そして——過労死して転生した前世の私、危機管理コンサルタントとしての記憶だけが、その真実を淡々と告げていた。
(この指輪は、この国の生命線。私が毎晩、魔力を注いで維持してきた大結界の起動キー)
(つまり、これを外したら——この国、詰むんだけど)
でも。
私は静かにグラスを置いた。
言うべきことは、あの日、何度も進言した。「結界の維持には私の魔力が不可欠です」と。誰も、聞かなかった。
「地味な女が、また面倒な話を」と鼻で笑われて終わり。
(——なら、もういい)
前世で、私は理不尽なクライアントを無数に捌いてきた。喚いても、事態は好転しない。淡々と、契約書の条項を確認するように応じるのが最善だと、身体が知っている。
私は、ゆっくりと顔を上げた。
菫色の瞳で、まっすぐにクロヴィスを見据える。
「かしこまりました」
静かな声だった。
「では、この指輪もお返しいたしますね」
***
私が左手の指輪を、するりと抜いた瞬間。
指先に、ほんのわずかな「軽さ」を感じた。
十七年間、毎晩私に絡みついていた魔力の糸が——ぷつり、と切れた感覚。
(ああ。これで、辞められる)
周囲の貴族たちは、私が国宝をあっさり手放したことに、どっと嘲笑を漏らした。
「あの女、往生際が悪いと思えば、案外潔いこと」
「盗人が観念したのでしょう」
(好きに言えばいい)
私は指輪を、近くの侍従が捧げ持つ銀盆の上に、そっと置いた。
カチン、と小さな音が鳴る。
それは、私が十七年間務めた「宮廷魔導師」という名のブラック職からの、退職届のようなものだった。
(やっと辞められる。この国、私一人に危機管理を丸投げしてたブラック国家だったし)
(残業代も、感謝の一言もなし。転生してまで社畜って、どういうことよ)
クロヴィスは満足げに頷いた。
「賢明な判断だ。今すぐこの城を去れ。二度と戻ってくるな」
「かしこまりました」
私は深々と一礼した。完璧な、宮廷式の礼だ。
最後まで、非の打ち所のない態度で。
踵を返し、大広間の出口へと歩き出す。
ミレイユが、クロヴィスの腕に縋りながら、勝ち誇った視線を私の背に投げているのが分かった。
(せいぜい、頑張ってね。聖女様)
(あなたに、この結界が維持できるものならね)
扉が開き、私は夜の廊下へと出た。
そこに、一人の老婦人が静かに佇んでいた。
白髪をきっちりと結い上げ、背筋の伸びた侍女——セラフィナ。
私が王宮で唯一、地味な献身を見守り続けてくれた人。
彼女は、私が近づくと、深々と頭を下げた。
「お嬢様。ようやく、あの牢獄から出られましたね」
私は——少しだけ、泣きそうになった。
「ええ。セラフィナ。行きましょう」
「どちらへ?」
「私を、必要としてくれる場所へ」
まだ、そんな場所があるかは分からない。
でも、この国でないことだけは、確かだった。
***
私が王都を去ったその夜から——。
国境の大結界に、目に見えぬほころびが生じ始めた。
最初は、些細なことだった。
辺境の村に、低級のゴブリンが数匹現れた。
「まあ、たまにあることだ」と、誰もが気に留めなかった。
だが、翌週。
ゴブリンの群れが、村を一つ襲った。
その翌週には、オーガが。さらに次の週には、ワイバーンの姿さえ、空に確認された。
冒険者ギルドには、緊急討伐依頼が雪崩のように殺到した。
王都の魔導師たちは首をひねった。
「なぜ、急に魔物の活動が活発化しているのだ?」
「結界には、異常はないはずだが……」
誰も、気づかない。
結界を十七年間支えていた、たった一人の魔力供給者が——もういないことに。
そして、その頃。
私は、遠く離れた辺境の街・グラーツにいた。
冒険者ギルドの扉を押し開けると、受付にいた快活そうな女性が顔を上げた。
短く刈り上げたアッシュグレーの髪に、そばかす。二十代半ばの、姉御肌といった風情。
「いらっしゃい。冒険者登録かい?」
「ええ。お願いします」
「名前は?」
「レイア、とだけ」
彼女——ノラは、じろりと私を上から下まで眺めた。
「見たところ、魔導師系だね。悪いけど、辺境は甘くないよ。最近、魔物の動きがおかしくてね……」
そこまで言って、彼女はふと言葉を切った。
私が、無造作にカウンターへ置いた依頼書——街道の魔物討伐依頼を、じっと見ていたからだ。
「あんた、いきなりこれを受けるつもり? Cランク相当だよ?」
「ええ。ついでに、この地図の補給路を三本に分ければ、討伐隊の消耗が四割減ります。今のルート、一本に依存しすぎです」
ノラの動きが、止まった。
「……は?」
「あと、そこの掲示板の依頼、時系列で並べ替えると、魔物の出現地点が同心円状に広がっているのが分かります。震源地は、北の国境結界。原因は、そこですよ」
沈黙。
ノラは、まじまじと私の顔を見た。
そして、ぼそりと言った。
「……あんた、ほんとに新人?」
私は、ほんの少しだけ、口角を上げた。
(前世の危機管理コンサル、なめてもらっちゃ困る)
「ええ。今日から、よろしくお願いします」
***
辺境での日々は、驚くほど心地よかった。
私は前世の知識——兵站、情報整理、リスク分散——と、規格外の魔力量を淡々と運用し、瞬く間にSランク冒険者へと駆け上がった。
ノラは、私を正当に評価してくれた。
「レイアの立てた作戦通りに動いたら、死者ゼロで大型討伐が終わったよ。あんた、ほんと何者なんだい」
「元・社畜です」
「しゃちく?」
「こっちの話です」
誰かに認められる、という当たり前のことが、こんなにも温かいとは。
王都では、決して得られなかったものだった。
そして、ある日。
私は、辺境を統べる将軍の元へ、召集された。
竜人の将軍・カイル。
無口で冷酷、「氷の将軍」と噂される男。
執務室の扉を開けた私は——一瞬、言葉を失った。
広い部屋の中央に、山と積まれた「気に入ったもの」の巣。
上質な毛皮、光る鉱石、色とりどりの布。
その真ん中で、長身の偉丈夫が——膝を抱えて、座っていた。
銀を帯びた黒髪。褐色の肌に刻まれた古い戦傷。
光の加減で金にも紅にも見える竜眼が、私を捉える。
(……えっと。冷酷な将軍、では?)
私の内心のツッコミなど知る由もなく、カイルはゆらりと立ち上がった。
そして、私に一歩近づき——すん、と匂いを嗅ぐように、目を細めた。
「お前……結界の主だな」
心臓が、跳ねた。
「……なぜ、それを」
「魔力の質で分かる。この国の大結界と、同じ匂いがする」
カイルは、まっすぐに私を見据えた。
「間違いない。お前が、十七年間、あの結界を支えていた者だ」
私は、静かに息を吐いた。
この世界で初めて、私の「本当の役割」を、一目で見抜いた者が現れた。
「……ええ。そうです。もう、辞めましたけど」
カイルの竜眼が、ふと揺れた。
そして、彼は思いもよらぬことを言った。
「なら——あの指輪の、本当の意味を、お前はまだ知らないな」
「本当の、意味?」
「あの婚姻契約は、王家と結ばれるものではない」
カイルは、自らの左手を見せた。
そこには、私の外した指輪と——対になる、古い紋様が刻まれていた。
「初代国王と契約したのは、竜の一族だ。蜜月の指輪は本来、竜と、結界の担い手の間に結ばれる」
彼の声が、低く響く。
「つまり——お前の、本当の伴侶は」
言葉が、宙に浮いた。
「王太子ではない。俺だ」
カイルの言葉が、静かに執務室に落ちた。
私は、しばらく言葉を失っていた。
(つまり……私はずっと、契約相手を間違えたまま、一人で国を背負っていた、と)
(誤配された婚約者。前世で言うところの、他部署の仕事を押し付けられ続けた社畜……)
「信じられないか」
「いえ……妙に、腑に落ちてしまって」
私は、額に手を当てた。
「どうりで。王家に魔力を注いでも、契約が『しっくりこない』感覚がずっとあったんです。相手が、違ったんですね」
カイルは、少し驚いたように瞬きした。
そして——ぽつりと言った。
「お前は、変わっているな」
「よく言われます」
***
その日から、私はカイルの領地に滞在することになった。
竜人たちの暮らす辺境は、不器用だが温かかった。
そしてカイルは——「氷の将軍」の噂とは、まるで違った。
私が資料を読んでいると、いつの間にか隣に座っている。
私が街へ出ると、「どこへ行く」と真顔でついてくる。
夜、私が眠ろうとすると、部屋の扉の前で、膝を抱えて待っている。
「……あの、カイル。なぜ、そこに?」
「……なんとなく」
「寒くないんですか」
「……お前がいれば、寒くない」
(甘えん坊が、渋滞している)
呆れながらも——私は、その不器用な温もりに、少しずつ、ほどけていった。
そして、ある夜。
満天の星の下で、カイルは私に、まっすぐ告げた。
「レイア」
「はい」
「俺は、結界の主が欲しいわけじゃない」
竜眼が、静かに私を映す。
「役割じゃない。お前自身が、欲しい」
——その瞬間。
私の中で、何かが、崩れた。
十七年間。いや、前世を含めれば、もっと長く。
私はずっと、「役割」としてしか、必要とされてこなかった。
有能だから。魔力があるから。仕事ができるから。
「私」そのものを求められたことなど、一度もなかった。
気づけば、私の頬を、温かいものが伝っていた。
(ああ。これが……居場所、というものか)
私は、震える声で、答えた。
「……もう、誰かのために我慢して魔力を捧げるのは、終わりにします」
カイルの手が、そっと私の頬に触れた。
「次は——守りたいと思える場所のために、使います」
「その場所は」
「ここです。あなたの、隣です」
カイルは、初めて——ほんの少しだけ、笑った。
***
その頃、王都は——地獄と化していた。
結界は完全に崩壊し、ついに大型魔物の氾濫が発生。
城壁は破られ、貴族たちは逃げ惑い、王都は火の海の一歩手前だった。
そんな中、辺境の私のもとへ——王家の使者が、馬を潰す勢いで駆け込んできた。
「レ、レイア・アーデンフェルト様! 王太子殿下の、ご命令です!」
使者は、震える手で書状を差し出した。
「直ちに王都へ戻り、指輪を再装着し、国をお救いください、と!」
私は、その書状を、ちらりと見た。
(命令、ねぇ)
(あれだけ「二度と戻るな」と言っておいて、この手のひら返し)
そばに控えていたセラフィナが、氷のような声で応じた。
「無礼者。お嬢様は、もう宮廷魔導師ではございません。命令を受ける筋合いは、一切ございませんが?」
「そ、そこをなんとか! このままでは、国が滅びます!」
私は、静かに立ち上がった。
「……分かりました。王都へ、参りましょう」
使者の顔が、ぱっと明るくなる。
「では!」
「ただし」
私は、菫色の瞳を細めた。
「指輪を再装着するためではありません。——公の場で、真実をお話しするために、です」
そして、私はカイルを振り返った。
「カイル。一緒に来てくれますか」
「当然だ」
彼は、迷いなく頷いた。
「お前を、二度と一人にはしない」
***
王都の緊急貴族会議。
炎に照らされた議場に、私は静かに足を踏み入れた。
かつて私を追放した、あの大広間へ。
クロヴィスが、青ざめた顔で駆け寄ってきた。
「レイア! 来たか! 早く指輪を——」
「クロヴィス殿下」
私は、冷ややかに彼を遮った。
「今さら、指輪を返せと? 十七年間、私の進言を鼻で笑い続けたあなたが?」
議場が、しんと静まり返る。
私は、セラフィナに目配せした。
彼女が、恭しく——分厚い記録の束を、議場の中央に置いた。
「これは、何だ」
クロヴィスの声が、震えていた。
私は、静かに告げた。
「私が、十七年間。毎晩、たった一人で。この国の結界に魔力を注ぎ続けた——その記録。魔導ログ、です」
魔導ログの束が、議場の魔導灯にかざされる。
記録の一つ一つが、淡い光を放ち、宙に浮かび上がった。
——供給者:レイア・アーデンフェルト。
——供給日数:六千二百十日。欠かすことなく。
「供給者、レイア・アーデンフェルト。供給日数、六千二百十日。欠かすことなく」
セラフィナが、毅然と読み上げた。
「すべて、この目で見守ってまいりました」
貴族たちが、息を呑む。
「六千……十七年間、一日も欠かさず……?」
「あの結界を、たった一人で……?」
ざわめきが、波紋のように広がっていく。
私は、淡々と続けた。
「そして、もう一つ。皆様に、確認していただきたいことがございます」
私は、ミレイユを見た。
ピンクブロンドの令嬢は、真っ青な顔で後ずさりしていた。
「聖女ミレイユ様。あなたには、結界を維持できる聖なる力がおありだとか。ならば——なぜ、あなたが指輪を着けても、結界は戻らなかったのでしょう?」
「そ、それは……」
「魔導具による、鑑定を要求します」
議場に持ち込まれた鑑定水晶が、ミレイユにかざされる。
水晶は——沈黙したまま、微塵も反応しなかった。
「魔力反応……ゼロ」
鑑定士の声が、震えた。
「この方には……聖女どころか、平民以下の魔力しか、ありません」
議場が、爆発した。
「偽物だと!?」
「では、聖女の力とは、全て嘘だったのか!」
ミレイユは、その場に崩れ落ちた。
「ち、違うのっ! わたくしは、本物の聖女で——!」
「もう、いいでしょう」
私の静かな声が、彼女の言い訳を断ち切った。
喚くことも、罵ることもしない。
ただ、事実を、契約書の条項を読み上げるように、突きつける。
それが、最も冷たく、最も凄みのある断罪だった。
私は、クロヴィスへと向き直った。
彼は、床にへたり込み、呆然と私を見上げていた。
「私が抜けたら、国が滅びる」
私は、静かに告げた。
「——と、最初に申し上げるべきでしたね」
一拍。
「でも——聞く耳を持たなかったのは、そちらです」
クロヴィスの顔から、血の気が引いていく。
彼は、震える手で、あの指輪を掴んだ。銀盆に置かれたまま、誰も装着できずにいた指輪を。
「た、頼む! これを、着けてくれ! そうすれば——」
彼は、私に指輪を握らせようとした。
だが。
指輪は——冷たく、沈黙したままだった。
かつて私の魔力に応えて輝いた、その光は、もうどこにもなかった。
「無駄です」
私は、首を振った。
「契約を裏切った王家に、この指輪はもう、応えません。それが——蜜月の指輪の、本当の掟です」
クロヴィスの手から、指輪が滑り落ちた。
カチン、と虚しい音を立てて。
「失って、初めて気づかれましたか」
私は、静かに言った。
「私という人間の、価値に」
***
議場の外では、スタンピードが刻一刻と王都に迫っていた。
地響き。魔物の咆哮。悲鳴。
「もう、時間がありません」
私は、崩れ落ちた王家の面々を一瞥し、カイルへと向き直った。
「カイル。行きましょう」
「ああ」
私たちは、城壁の頂上へと駆け上がった。
眼下には——地平を埋め尽くす、魔物の群れ。
かつて私が、たった一人で防いでいたもの。
でも、今は違う。
私は、床に落ちていた指輪を——自らの手で、拾い上げていた。
「カイル。手を」
彼が、左手を差し出す。対になる紋様の刻まれた、その手を。
私は、彼の指に、指輪の片割れを。
そして、自らの指にも、対の指輪を。
「初代の契約に基づき」
私は、静かに詠唱した。
「竜の一族、カイルと。結界の担い手、レイア。ここに——新たな蜜月の契約を、結び直します」
カイルの竜眼が、金に、紅に、輝いた。
「誓う」
低い、揺るぎない声だった。
「お前を、この命の続く限り、離さないと」
——その瞬間。
二つの指輪が、対になって、眩い光を放った。
王家に応えなかった指輪が。私とカイルの手の中で、生まれ変わったように輝いた。
これが。
これこそが、本当の——蜜月の指輪。
私の魔力と、カイルの竜の力が、一つに溶け合う。
城壁から、天へと——巨大な光の結界が、立ち上がった。
かつての、一人で支えた脆い結界とは、比べ物にならない。
二人で紡いだ、揺るぎない大防壁。
光は、うねりながら王都全体を覆い、そして——魔物の群れへと、降り注いだ。
咆哮が、悲鳴が、静寂へと変わっていく。
スタンピードは——鎮圧された。
光が収まった後。
城壁の上に立つ私たちを、王都の人々が、呆然と見上げていた。
カイルが、そっと私の手を握った。
「終わったな」
「ええ」
私は、初めて心から——穏やかに、微笑んだ。
「終わりました。全部」
(長い、長い残業だった)
(でも、これで——本当に、退職完了)
***
それから、私は辺境へと戻った。
王家からの、必死の慰留を全て断って。
「どうか、宮廷魔導師に復帰を!」
「莫大な報酬を!」
「爵位を!」
——知ったことではない。
(一度捨てた社員を、都合よく呼び戻そうとする。ブラック国家の、いつもの手口)
私は、二度とあの国の危機管理を請け負わないと、正式に通達した。
クロヴィスは廃嫡され、ミレイユは偽聖女として断罪された。
王家は威信を失い、国は新たな体制のもと、竜人の一族と正式な同盟を結び直すことになった。
——今度は、対等な契約として。
そして、私は。
カイルの領地で、竜人たちと、ノラと、セラフィナと。
穏やかな、けれど確かな「居場所」で、日々を過ごしていた。
守るのは、もう国全体ではない。
自分が選んだ、この場所だけ。
ある夜。
私は、ふと気になって、隣を歩くカイルに尋ねた。
「ところで、将軍」
「なんだ」
「竜人の求婚って——指輪の他に、何をするんですか?」
カイルは、少し考えて。
それから、真顔で、こう答えた。
「……三日三晩、離さない」
「……は?」
「竜の習性だ。番を得たら、三日三晩、巣から出さない」
(真顔で、とんでもないことを言い出した)
(前世含めて、過労死しそうなんですけど)
私は、思わず額を押さえた。
だが——その頬が、少しだけ緩んでいることに、自分でも気づいていた。
カイルの手が、そっと私の手を握る。
対の指輪が、月明かりの下で、静かに輝いた。
「嫌か」
彼が、不安そうに竜眼を揺らして、尋ねる。
私は、ふっと笑った。
「いいえ」
そして、彼の手を、握り返した。
「三日三晩でも、三年でも。——今度は、私が望んで、ここにいますから」
カイルが、目を見開いた。
そして——今度は、はっきりと、笑った。
寂しがりで、甘えん坊で、不器用な、私の竜。
(ようやく、始まる)
(役割じゃない。誰かの代わりでもない)
(私が、私のために選んだ——本当の、蜜月が)
星空の下、二つの指輪が、対になって輝いていた。
それは、もう二度と、色褪せることのない光だった。




