2.0_第二章プロローグ
誠がこの時代に落ちてきて、
石川と、あずさと出会い、三人で行動することになった、その翌日。
1996年1月24日。東京・有楽町。
重厚な外壁と、企業名を誇示するような看板を掲げたオフィスビルが、冬の空の下に静かに立っていた。
ここは、日本の産業を支えてきた某ナショナルブランドの名を冠する、大手総合商社の本社ビルである。
エントランスを抜け、エレベーターが吐き出す人の波は、皆同じような背広と同じような表情をしている。
その一角で、石川美雪は、いつも通りの朝を迎えていた。
情報システム部。
社内でも数えるほどしかない、電気・情報通信系に明るい人材が集められた部署。美雪はそこに所属して、五年目になる。
高専卒の女性。
1990年代半ばの総合商社において、その組み合わせはまだ珍しかった。入社当初は「技術が分かる女の子」として半ば物珍しく扱われ、今では「とりあえず聞けば何とかしてくれる存在」として、当たり前のように頼られている。
彼女自身は、それを特別なことだとは思っていない。
分かるからやる。できるからやる。ただそれだけだ。
白いブラウスに、落ち着いた色のスカート。
髪はきちんとまとめ、表情は柔らかく、物腰も丁寧。社内の誰もが抱く石川美雪の印象は、「真面目で、穏やかで、少し頼りになる若い女性社員」だ。
プライベートでの彼女を知る者はいない。
仕事を終え、帰宅し、扉を閉めた瞬間。
部屋に鳴り響くのは、歪んだギターと重低音のドラム。ヘビーメタルという名の爆音だ。整ったリズムと、容赦のない音圧が、日中に溜め込んだ苛立ちや違和感を、きれいに焼き払ってくれる。
会社では見せない顔。
だが、それは仮面ではない。むしろ、どちらも彼女自身だった。
パソコンに触れたこともない人間が、さも分かったような顔で語る。
仕組みを理解しないまま、結果だけを求める声。
そうした日常的な摩擦は、確実に美雪の内側に蓄積していく。
それでも彼女は、淡々と仕事をする。
理屈が通らないなら、通る形に直す。
非効率なら、切り捨てる。
合理的に、冷静に。
そして時折、ふと思う。
自分は、もう二十五歳だ。
周囲では、結婚や婚約の話も聞こえ始めている。
仕事だけでなく、人生そのものについても、次のステージを考えざるを得ない年齢。
――できれば、話が通じる男がいい。
――理屈が分かって、無駄に威張らなくて。
――できれば、少しは格好良いと、なおいい。
そんな現実的で、少しだけ可愛らしい願いを、胸の奥にしまいながら。
この日も、美雪は情報システム部の席に着き、
CRTモニタの電源を入れた。
――そのフロアでは、今日もまた、リフが鳴る。




