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野いちごと茨の妖精

作者: 諏訪 惠
掲載日:2026/03/01

1.

 ある深い森の奥で、魔女が野いちごを摘んでいました。大釜に火をくべて、真っ赤な野いちごに特別なスパイスをいれて七日七晩煮ると、すてきな魔法の薬ができるのです。その薬をつくるために、魔女は鼻歌を歌いながら、野いちごを摘んでは籠に入れていくのでした。

 すると突然、野いちごのひとつがいいました。

「わたしを摘まないで」

魔女は手をとめて、野いちごに聞きました。

「どうしてだい?」

「次の春になったら、きっともっと甘くなるわ。だからわたしを摘まないでちょうだい」。魔女は笑っていいました。

「来年になったらもっと甘くなるなんて、一体誰がいったんだい?」

「いばらの妖精よ。私の後ろにいるわ」

見ると、野いちごの後ろにはいばらの花が咲いています。とんがり帽子の妖精がいいました。

「ぼくにはわかるんだ、野いちごは来年もっと甘くなるって。だからお願いだよ、この野いちごを摘まないでおくれ」

魔女はため息をついていいました。

「仕方がない、お前を摘むのはやめにしよう。けれど来年は必ず私の薬になってもらうからね」

野いちごと茨の妖精は、喜んでうなずきました。


2.

 その次の春になると、魔女はさっそく森の奥にやってきていいました。

「野いちごや。去年より甘くなったかね?」

野いちごは答えていいました。

「ええ、魔女さん。もちろんよ。でも来年は、きっともっと甘くなるわ」。

いばらの妖精もいいました。

「ぼくにはわかるんだよ、来年はもっと甘くなるさ。だからどうか、この野いちごを摘まないでおくれ」

魔女はあきれてしまいました。野いちごと茨の妖精は、そろって去年と同じことをいうのです。

 去年より今年のほうが甘くて、今年より来年のほうがもっと甘くなるなんて、一体どうしてわかるのでしょう。それならば、野いちごが一番おいしくなるのは来年の次の年のまた次の年の、ずっと遠い春になるに違いありません。それは魔女にもわかりませんでしたし、魔女にもわからないことを、野いちごや茨の妖精が知っているはずがないのです。

「いいかい、よくお聞き。お前はもう真っ赤に熟れているし、甘い香りもしている。ちゃんおいしくなっているんだ」

魔女がそういったので、野いちごは泣きだしました。野いちごを抱きしめて、茨の妖精も泣きました。小さな二人にため息をついて、魔女はマントの中からひとつのビンを取りだしました。

「ごらん、これは去年つくった魔法の薬だ。いい匂いがするだろう?」

ビンのフタを開けると、とろとろに煮込まれてキラキラ光る、過ぎたはずの春がありました。春風に香る野いちごの香りを、ぎゅっと閉じ込めてあるみたいです。茨の妖精は思わず、魔女の手の上のビンをのぞき込みました。

「これはなんの薬なの?」

魔女は答えていいました。

「この薬には去年の春が閉じ込めてあるのさ。この森の動物たちは、冬の眠りにつく前にこの薬を一さじ舐めるんだ。そうすると夢の中に春があらわれる。一人ぼっちは寂しいが、それなら幸せに眠れるだろう?そしてぐっすり眠って目を覚ましたとき、本当の春が訪れる。新しい春がね」

いばらの妖精が喜んでいいました。

「それはいいね。ぼくは冬が嫌いなんだ、ずっと土の中で退屈しているからさ」

野いちごもいいました。

「わたしがその薬になったら、きっとあなたにとびきりの夢をみせてあげるわ」。

魔女はほほえみました。

「野いちごや、お前はきっとそうなるだろう。けどそれは、今年のお前でなければダメなんだ。いばらに恋してる、今のお前でなくてはね」


3.

 春が訪れるたびに真っ赤な野いちごが実るのを、魔女がどんなに楽しみにしていることでしょう。その年の春は一度しかなくて、ずっと同じ季節にいることはできないのです。物知りな星たちが空を一周し、またこの森の上に帰ってきたら、新しい春の始まりです。今まで知らなかった楽しいことや嬉しいことが、野いちごに訪れるでしょう。

「なぁに、心配はいらないさ。」

魔女はいいました。

「私がお前をとびっきりのジャムにしてあげよう。寒い冬はこれを食べて、楽しい春を思い出しながら、お前が生まれ変わるのを待っているよ」。

 豊かな深い森の奥では、またひとつ季節が変わろうとしていました。


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