ファンBの一線
朝仲志音のことを、
ファンBは直接知らない。
話したこともない。
すれ違ったこともない。
それでも、
存在ははっきりしていた。
画面の向こうにいる人。
大学生になってから、
志音の名前を見かける機会は増えた。
雑誌のページ。
広告のビジュアル。
イベントの告知。
特別に派手な売り方ではない。
けれど、
確実に認識される位置にいる。
ファンBは、
その距離感が心地よかった。
志音は、
多くを語らない。
撮影の感想も、
私生活の話も、
必要以上には出さない。
だからこそ、
想像の余地が残る。
踏み込みすぎてはいけない、
そう思わせる余白。
それが、
好ましかった。
志音の周囲にいる人間のことも、
自然と目に入るようになった。
兄。
仕事関係者。
そして、
桐原涼真。
幼馴染。
その関係性は、
最初から説明されていた。
近くにいる理由が、
ちゃんと分かる。
それは、
安心材料だった。
けれど、
見続けるうちに、
違和感が消えなくなった。
涼真は、
いつも志音の少し前を歩く。
手を引くわけでもない。
背中を押すわけでもない。
ただ、
進む方向を示している。
志音が迷う前に。
ファンBは、
自分の感情を疑った。
これは、
ただの嫉妬ではないか。
特別な誰かがいることが、
気に入らないだけではないか。
よくある話だ。
そうやって、
何度も自分に言い聞かせた。
それでも、
気づいてしまった。
志音が選ぶ前に、
選択肢が揃っていること。
志音が困る前に、
誰かが前に出ていること。
桐原涼真は、
志音の代わりに決めてはいない。
決めやすい形を、
先に用意している。
――それは、
自分の独占欲とは、
少し違う。
ファンBは、
そう思った。
自分は、
境界線の外にいる。
踏み込めないから、
見ているだけだ。
でも、
涼真は違う。
境界線の内側にいて、
それを動かしている。
一度だけ、
志音に伝えようかと考えた。
忠告でもいい。
曖昧な言葉でもいい。
何か、
引っかかる一言を。
けれど、
指は止まった。
理由は、
単純だった。
自分には、
何の立場もない。
知らない人間の言葉は、
雑音になる。
それは、
志音の邪魔になる。
ファンBは、
画面を閉じた。
何も送らない。
何も言わない。
それが、
越えないと決めた一線だった。
志音は、
今日も守られている。
多くの人に、
それぞれの形で。
ファンBも、
その一人だ。
何もしない、
という選択をした。
それが、
一番正しい行動だと、
信じながら。




