閑話 大学一年目
高校を卒業して、
朝仲志音は大学一年生になった。
進学先は、都内の大学だった。
特別にやりたいことが
はっきりしていたわけではない。
ただ、
いくつか並べられた選択肢の中で、
一番無理がなかった。
モデルの仕事は、
高校時代よりも増えていた。
雑誌。
広告。
イベント。
名前を目にする機会が、
少しずつ増えていく。
志音は、
それを大きな変化だとは思っていない。
頼まれた場所に行き、
求められた役割を果たす。
終われば、
静かに日常へ戻る。
それだけだった。
周囲の環境は、
少しずつ変わっていった。
兄の晴は、
就職活動を経て、出版社に入った。
学生時代に関わってきた
モデルの仕事や誌面づくり。
今度は、
それを作る側に回る。
企画を整え、
人を配置し、
全体を見渡す仕事。
表に立つより、
裏側にいるほうが合っている。
志音は、
そう思った。
桐原涼真は、
大学院へ進学した。
学部時代の成績は安定していて、
進学は自然な流れだった。
実家の芸能事務所を手伝いながら、
経営学をさらに学ぶ。
現場と理論、
両方を把握するための選択。
将来を考えれば、
合理的だった。
志音は、
二人の進路について、
深く考えたことはない。
決まったことを、
そうなんだ、と受け取る。
そこに、
疑問は生まれなかった。
生活は、
相変わらず整っている。
移動手段。
連絡のタイミング。
仕事の進め方。
志音が困る前に、
誰かが動く。
大学生になっても、
それは変わらなかった。
知名度が上がるにつれて、
視線も増えた。
好意も、
関心も、
期待も。
その多くは、
志音に直接届くことはない。
届く前に、
整理される。
志音は、
自分の世界が
少し広がったような気がしていた。
けれど、
立っている場所は、
変わっていない。
安心できる範囲。
用意された道。
大学一年目になっても、
志音はその中で、
静かに過ごしていた。
それが、
特別なことだとは、
まだ思っていない。




