朝仲志音の静かな自由
朝仲志音は、高校ではクールビューティーと呼ばれていた。
理由は簡単で、あまり喋らないからだ。
――それだけでは、なかった。
黒髪のロングヘアは、特別な手入れをしなくても艶がある。
顔は驚くほど小さく、制服の上からでも分かるほど手足が長い。
化粧は、ほとんどしていない。
それでも視線は自然と集まった。
そこにいるだけで、目を奪われる。
作られた華やかさではなく、
最初から完成しているような存在感だった。
誰かが、こんなことを言っていた。
――性格、きつそうだよね。
志音自身は、その言葉を気にしたことがない。
どう見られているかを、考える必要がなかったからだ。
昼休みは、ひとりで過ごすことが多かった。
本を読んだり、窓の外を眺めたりする。
話しかけられれば、応じる。
けれど、自分から輪に入ることはない。
距離があるほうが、楽だった。
夕飯の準備をしているときだった。
キッチンから、包丁がまな板に当たる音が聞こえる。
「志音、次の撮影いつだっけ」
リビングにいた兄の晴が、
何気ない調子で聞いた。
志音が口を開くより早く、
母が手を止めずに答える。
「来週の土曜よ。
終わったら、そのまま帰ってきていいって」
志音は、「うん」とだけ言った。
それで、話は終わる。
家では、ずっとそうだった。
寒そうにしていれば、上着が出てくる。
空腹そうなら、食事が用意される。
迷っていると、選択肢が並べられる。
志音は、
与えられた中から選ぶだけでよかった。
――それは、とても楽だった。
小さい頃から、そうだった。
何かを欲しがる前に、手元にある。
困る前に、誰かが気づく。
自分で決めなくても、
日常は滞りなく進んでいった。
高校に入ってから、
兄と一緒にモデルの仕事をするようになった。
学校では知らない生徒はいない、
そんな兄の隣に立つと、
志音はますます「何も言わない人」になった。
言わなくても、足りていたからだ。
将来の進路も、
仕事の続け方も、
すでに話は整っている。
選択肢は、用意されていた。
選ぶ自由は、確かにある。
けれどそれは、
枠の中での自由だった。
志音は、
それを不自由だとは思っていない。
少なくとも、今は。
静かで、
穏やかで、
安心できる日常。
その中で、
志音は今日も選ぶ。
――用意された自由を。




