5 新生活のはじまり
「えぇ、そうだったんだ…。
でもちょっとヤバくない?急に手をつかまれるなんて
衣織、あんたたまにちょい抜けてるとこあんのよ。」
「んんん…でもホントにイケメンだったんだよね。
まぁ、もう会わないから。連絡先も交換してないし」
「ならいいか、。」
「個人的にはまた会いたくもあるけどね。」
「もう!!あたし、がちで心配してんのよ?」
施設から出て一日とたたず、
入居した部屋の中から澪に電話をかけていた。
あちらも元気そうだ。
「そっちも元気でね、また連絡する」
「ん。」
はぁ…。澪への電話には出なかったが
悠里はどうしているだろうか。
実際のところ、私は彼が自身に淡い恋心を
抱いているのを知っていた。
知っていて、知らないフリをした。
施設の私の部屋に忍びこんで、ハンカチや文房具、私が気づくか気づかないかくらいのものだけ新品のものと入れ替えていたことも。
彼のことは大好きだ、だからこそ家族としての関係を
壊したくなかったのもあるし、
8年間共に過ごしたのに、好意に気づいても、
今更異性として意識できるわけでもなかった。
彼の気持ちに知らないフリをしたのは、私の狡さだ。
いっそ別れ際に冷たい言葉でもかけて、
彼を自分の手で私から今すぐに解放すべきだったのに。
私が嫌われてでも。
彼は律儀だから。
でも彼は強くもあるから、少し時が経てば私のことなど忘れ…てほしくはないけど、ただの思い出として
処理できる。これは、確信。
だから別れの時まで好意に気づかない、
鈍感な女のままでいることを選んだ。
いろいろ考えすぎて疲れた。
家具などは一通り入れてある。
日用品は明日買いに行けばいいだろう。
仕事は4/4からだ。
これからの新生活に胸を弾ませ、眠った。
4/4の朝、初出勤の日。
お気に入りの焦げ茶の長髪をお団子にして、前髪も整え、
リップも気合いを入れて赤寄りの色にした。
「行ってきます」
棚の上の無表情にこちらを見つめる母の遺影に
手を合わせ、私は駅に向かった。




