96話 生贄
俺とガイコツが見守る中、少年たちは再び攻撃を仕掛けた。紅色の髪の少女――アンが素早く数本の矢を放つ。矢には特に魔力が込められていない、ただの矢だ。
「ミラ、ルカ!頼んだわよ!」
アンの叫びに応じ、眼鏡の少女ミラと小柄な少年ルカが同時に動く。
「「了解!」」
二人は矢に水元素の魔法を放ち、それぞれが巧妙な制御を施した。放たれた矢は宙を舞いながら水に包まれ、まるで生命を持ったかのように白銀の骸骨の周囲へと散らばる。矢が地面に突き刺さると、水は膜を張るようにして骸骨を中心にドーム状の結界を形成した。
「魔法にあんな使い方があるのか……」
俺は息を呑み、その見事な技術に心底驚かされていた。敵を閉じ込めるために攻撃魔法を防御のように応用する発想。それをこれほどの精度で実現するとは。
「よし!アルク、今よ!」
アンの呼びかけに応え、金髪の少年――アルクが飛び上がる。その剣にはいつの間にか炎が巻きついており、赤く燃え上がる光が辺りを染めていた。
アルクが掲げた剣は尋常ではない高熱を発しており、彼の掌を焼きつつ、剣そのものを歪ませるほどだった。しかしアルクは怯むことなく力強く振り下ろした。
「これで終わりだ!」
剣先から放たれた炎が、水の膜に接触する。その瞬間、膜の内部で大爆発が起こった。轟音が響き渡り、地面が抉れるほどの衝撃が膜の中に閉じ込められる。
「やったのか……?」
俺がそう呟く中、少年たちは全員警戒を解かずに白銀の骸骨の姿を見つめていた。やがて爆煙の中からその姿が完全に見えなくなると、彼らはようやく武器を収め、俺たちのもとへ駆け寄ってきた。
「また会ったね。」
アルクが微笑みを浮かべながら話しかけてきた。その仕草はどこか懐かしさを感じさせるものだった。
「まさかこんな形で再会するとは思いませんでしたけどね。」
「はは、僕もだよ。」
アルクはそう言って小さく笑い、その視線をガイコツ――ロレンツォに向けた。沈黙が流れる中、少年たちはどこか感慨深げな表情を浮かべている。
それを破ったのは、小柄な少年ルカだった。
「あの……あなたの名前って本当にロレンツォ・ヴァルティエルなんですか?」
突然の問いに、ガイコツは一瞬驚いたようだったが、すぐに小さく頷いた。
「……うん、そうだよ。」
その返答を聞くと、アルクの表情が一気に明るくなった。
「やっぱり!本当にシンバさんのご先祖なんだ……!」
その言葉に四人の少年少女は歓喜の声を漏らした。
俺はその言葉に引っかかり、思わず口を開いた。
「シンバさんのご先祖って……どういうことですか?」
アルクが俺の質問に応えようと口を開く――その瞬間、先ほどの爆煙の中から黒い魔力の塊が立ち上った。それは水の膜を破壊する威力はなかったものの、まだ白銀の骸骨が生きていることを理解するには十分だった。
「……まだ終わっていない。」
ガイコツが低く呟くと、少年たちの表情も一気に引き締まる。
「やっぱりまだ終わってないか…」
俺の独り言に反応する余裕もないまま、少年たちは再び武器を構えた。そして今度は俺とガイコツも武器を構える。
水の膜の中で漂う煙。その奥に潜む白銀の骸骨を注視しながら、俺たちは張り詰めた空気の中で警戒を強めていた。
「いいかい?」
不意にガイコツが静かに口を開いた。その声にはどこか諦めの色が含まれていた。
「あいつは僕たちじゃ絶対に倒せない。国王様たちが遠くに逃げられたら、僕たちもその隙を見て撤退するんだ!」
その言葉に、アルクが即座に反応する。
「倒せないって……どういうことですか?」
ロレンツォは早口で説明を始める。
「奴と僕には、この骨だけの身体を動かす動力源――いわゆる『核』や『心臓』と呼ばれる部分がある。それが弱点なんだ。君たちが来る前、カイル君と僕でその弱点を狙った攻撃を試みた。でも……たとえ弱点を傷つけたとしても、奴は怯むどころかさらに攻撃の手数を増してきたんだ。奴は……方法は分からないけど、弱点を克服している。つまり、現時点で奴を倒す方法はない、ということ。」
ロレンツォは話し終えると、崩れ始めている水の膜を見据える。その視線には焦燥と絶望が浮かんでいた。
「そんな……」
アンが顔をしかめながら叫ぶ。
「本当に倒す方法はないの!?」
ロレンツォはわずかに間を置いてから答える。
「倒す……とはまた違うけど、奴の力を分断して封印する方法なら……あった。」
その言葉にアンの顔に希望が灯る。
「じゃあ、それをやればいいじゃない!」
しかしロレンツォはアンの言葉を遮るように首を振る。
「今の僕には無理なんだ!今の僕には……魔力がない。封印には膨大な魔力が必要だ。それに……封印にはさらに『条件』も必要になる。」
「条件?」
アンが眉をひそめる中、眼鏡の少女――ミラが思いついたように声を上げた。
「ロレンツォさん!魔力なら私たちのを使えばいいんじゃないでしょうか!?私とルカは魔力の『受け渡し』が得意なんです!私たちの魔力をロレンツォさんに渡せば!」
その提案にロレンツォは少し考え込んだあと、小さく頷いた。
「……できる、かもしれない。」
その言葉にアンも笑顔を見せる。
「じゃあ、すぐにその準備を――」
だが、その場を遮ったのはルカだった。
「おい待て。まだその封印の『条件』ってやつを聞いてないだろ。」
ルカの鋭い指摘に、一瞬その場が静まり返る。全員の視線がロレンツォに集まった。
「ロレンツォさん……封印の条件って……何なんですか?」
ミラが恐る恐る問いかける。その声には、不安と期待が入り混じっていた。
ロレンツォは視線を落とし、低い声で答えた。
「封印の条件は……生きた人間を、生贄にすることだ。」
その言葉が場を凍りつかせた。全員が息を呑み、動けなくなる。
「生贄って……そんな……!」
アンが呆然と呟く。その表情には絶望が浮かんでいた。
「待てよ、冗談だろ?」
ルカが苦々しい顔で反論する。しかしロレンツォの表情は変わらなかった。
「残念だけど、冗談ではない。生きた人間の生命力を核に転換し、それをもとに封印を施す。そうでなければ、奴の力を抑えることは不可能なんだ。」
その言葉を聞き、アンが震える声で呟く。
「……生贄なんて……無理よ…」
ロレンツォは答えなかった。
「……」
その静寂の場に、アルクが静かに振り返った。そして全員を見渡すと、微笑みながら言った。
「僕がやるよ。」
その場が一瞬、彼の言葉に飲み込まれる――。




