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93話 骨違い

 カイルが白銀の骸骨と戦闘を始めた頃――。

 ヴァルシオン近郊――『荒くれの森』


 大昔の自然災害や争いの影響で荒れ地と化した『荒くれの森』。その最奥にある避難所は、首都ヴァルシオンを襲った惨劇から逃れた人々で埋め尽くされていた。避難所にいるのは老若男女、兵士や貴族、そして国王までをも含む混乱の群衆だ。


「街の大半が破壊されただと!?」


 怒りを滲ませた国王の声が避難所内に響く。荒れ果てた森の空気を震わせるその声には、国を統べる者としての責任と焦燥が込められていた。


「犠牲者は…!?」


「街に残っていた兵士のほとんどは、突然現れた骸骨に殺されました。盗賊団を捜索していた冒険者や警備隊も全滅…。すでに首都は血の海と化しています…」


 街の情報員を担う兵士は震える声で報告する。冷や汗を流し、視線を床に落とすその姿は、街で起こった悲劇の規模を物語っていた。


 国王は眉間に深い皺を寄せると、隣に立つもう一人の『骸骨』――フードを深くかぶり、目立たぬよう努めるその者に目を向けた。


「ヴァルティエル…。100年前に死んだはずの『伝説の男』が、どうしてそんな姿になって生きているのか――いや、それは今は問わない。しかしこれだけは聞かなければならない。首都に現れたという『骸骨』とは何者だ?」


 国王の瞳は怒りを抑えながらも鋭く、ヴァルティエルの目のない眼窩を見据えた。


 ヴァルティエルと呼ばれた骸骨は、わずかに口元を動かしながら小さく語り始めた。


「…あれは、僕と同じく大昔に死んだ元この国の兵士です。しかし、あの骸骨はあまりにも力が強大すぎたため、目覚める前にこの『神器』でその力を分断し、封印したはずでした…。それが何者かの手で解かれてしまったのです」


 そう語ると同時に、ヴァルティエルは腰に収められた大剣の柄をそっと撫でた。その仕草は、大剣に宿る何かを確かめるようだった。


「それが…神器、だと?」


 国王は目を見開いた。


「まさか、あの伝説が…本当だったのか…?大昔、初代国王が勇者から神器を譲り受けたというおとぎ話が…!」


 ヴァルティエルは冷静に頭を横に振る。


「おとぎ話ではありません、陛下。神器は実在します。そしてその神器の力が僕と…『あの骸骨』を蘇らせたのです」


 国王はヴァルティエルの言葉の真実を悟る。その眼光は冷静さを取り戻し、次の言葉を発した。


「ヴァルティエル…あの骸骨を倒せるのか?」


 しかし、ヴァルティエルは再び首を横に振った。


「…申し訳ありません。僕では、あの骸骨を倒すことはできません」


 その瞬間、避難所内に叫び声が響き渡った。


「ああああぁああぁあ!」


「何事だ!」


 国王が振り返ると、群衆の中で一人の男が暴れていた。その手には白く光るナイフが握られている。


「お前がちゃんとしないから!俺たちは全員死ぬんだぁあ!」


 男は叫びながら国王に突進してきた。その動きは兵士たちの制止を振り切るほど、恐怖と絶望に突き動かされていた。


「くっ…!」


 その時、国王を守るように立ちはだかったのはガイコツだった。突き出されたナイフはガイコツの腹部に深々と突き刺さる。しかし彼の骸骨の体には血も肉もない。むしろ問題はその衝撃でフードが脱げ、白骨が露わになったことだった。


「あ、あぁぁ…アイツだ…!」


 男は絶望に染まった表情を浮かべると、その場で気絶した。


「……ああ、気絶しちゃった。」


 ガイコツはフードを直すことも忘れ、男を支える。しかしその光景を目にした群衆の反応は冷酷だった。


「悪魔だ…!」


「なんで骸骨が避難所にいるんだ!」


「きゃあああ!」


 人々は悲鳴を上げ、パニックが広がる。避難所は瞬く間に混乱の渦に巻き込まれた。


 そんな中、一つの少年の声が響いた。


「みんな、落ち着いて!」


 その声は幼いながらも堂々としており、逃げ惑う人々を動きを止めるのに十分な力があった。人々の視線の先に立っていたのは、金髪を風になびかせ、重厚な装備を身に纏った若き戦士だった。その背後には同じく装備を身に着けた数人の少年少女が控えている。


「やみくもに騒いでも状況は何も変わりません!」


 金髪の少年が強い口調で叫ぶ。その声は驚くほどしっかりとしており、恐怖と不安に包まれた避難民たちの間に、一瞬の静寂をもたらした。だがその直後、再び怒声と怯えた声が交錯する。


「ガキに何がわかるってんだ!」

「騒ぐなだと!? 街を滅ぼした骸骨がそこにいるんだぞ!」


 少年を糾弾する大人たちの目には恐怖が宿り、その矛先が少年へと向けられる。しかし、どこかで分かっていた。目の前の少年の言葉が正しいことを。


 それでも恐怖は理性を打ち砕く。彼らにとっては、目の前の骸骨が街を滅ぼした怪物と同じ存在にしか見えないのだ。


 少年はそんな大人たちの怒声をすべて受け止め、冷静に、しかし一層強い声で言葉を放った。


「落ち着いてください!」


 その鋭い声に、叫び続けていた大人たちがようやく息を飲む。少年は周囲をぐるりと見渡しながら続けた。


「まだ街の方から大きな音が聞こえている。つまり、あの『白い骸骨』がまだ暴れているということだ。それなのに、何故ここにその骸骨がいると言えるんです?」


 その言葉に大人たちは一瞬目を見開き、互いの顔を見合わせた。少年はさらに言葉を続ける。


「それに、先ほど暴れる男性を殿下から守ったのは、あなたたちの背後にいるこの骸骨だ。彼は敵じゃない。人違い……!いや、骨違いか…」


 少年の真剣な声と皮肉を込めたユーモアに、緊張していた空気が少しだけ緩む。骸骨の方を再度見つめた人々は、確かに彼が何もしていないことに気づき始めた。


「あの白い骸骨はもっと光沢があったような……」

「それに格好も違うわ! あのローブって兵士たちが着るローブじゃない?」

「よく見たら本当だ!でも、これが……兵士なのか?」


 未だ完全には恐怖が拭えないものの、人々は次第に混乱から抜け出し、落ち着きを取り戻しつつあった。


 少年は仲間たちを振り返り、小さくうなずく。そして、先ほどの叫びが嘘のように静まった避難所の中を堂々と進み、国王の前に膝をついた。


「……すまないな、子どもに助けられるとは。」


 国王はその身分からか、頭を下げることはしなかったが、目の前の少年たちに深く感謝を述べた。


「ありがたきお言葉です、殿下。」


 少年たちが礼を返す中、彼らの背後に立つ骸骨に注目が集まる。金髪の少年は改めてその姿を見上げ、感嘆の声を漏らした。


「本当に骨だけなのに生きてるんですね……近くで見ると、迫力がすごい……!」


 骸骨はその言葉に、照れ隠しのように片手で頭を掻く仕草を見せた。そして、その仕草が一層人々を安心させるのか、誰からともなく小さな笑いが漏れた。


「いやぁ、まさかバレちゃうとはね……ありがとう、騒ぎを収めてくれて。」


 ガイコツは軽く笑いながら、深々と頭を下げた。その動作の際、頭蓋骨には小さく走るヒビが覗き、疲労の色を感じさせる。だが、その佇まいには妙な気高さがあった。


「殿下、僕は街へ戻ります。」


 ガイコツは静かに国王を見つめ、言葉を続ける。


「倒すことはできませんが、国民たちが十分な距離を逃げられるまでは時間を稼げると思います。」


 その言葉に国王は驚愕し、思わず声を上げた。


「封印は……できないのか!?」


 ガイコツは静かに頭を振る。彼の目には明確な覚悟が宿っていた。


「できません……力の分断をするには、多くの条件が必要です。しかし、今の僕だけではその条件を満たすことはできないのです。」


 国王は悔しそうに顔を歪め、拳を強く握りしめた。

 自らの無力さが、目の前の義勇をただ送り出すことしかできない現実が、彼の心を苛む。救国のために戦おうとするこの骸骨――いや、男――を見殺しにするのか。


「大丈夫です。」


 ガイコツの声が国王の葛藤を遮った。その声音は不思議と落ち着き、力強かった。


「殿下たちが遠くまで逃げることが分かったら、僕も逃げるつもりです。」


「し、しかし……」


 国王が言いかけた瞬間、ガイコツが無礼にも声をかぶせた。


「僕には神器がありますから! ちょっとやそっとじゃ死にませんよ! あっ、もう死んでるか! ははっ!」


 自虐めいた冗談を飛ばしながら、ガイコツはどこか明るい笑顔(に見える顔)を見せた。その言葉が意図した通り、場の空気を僅かに和らげたように思える。


 国王はため息をつき、ガイコツの意思を汲むように小さくうなずく。そして重く、しかし確かに言葉を紡いだ。


「分かった……君が早く戦場から離れられるように、私たちも善処する。絶対に死なないでくれ、ロレンツォ・ヴァルティエル。」


「仰せの通りに……殿下。」


 ガイコツ――ロレンツォ・ヴァルティエルは深々と礼をし、腰に携えた大剣を軽く確認する。その所作は静かで、一切の迷いを感じさせない。そして、次の瞬間には目にも留まらぬ速さで森を駆け抜けていった。


 ガイコツが去り、避難所には微かなざわめきが残るのみだった。国王は深い思案に沈んでいたが、すぐに顔を上げ、再び指揮を執り始める。


「これ以上時間はない。すぐにさらに遠くの地へ逃げる準備を整えろ!」


 その命令に人々は動き出し、避難所は再び慌ただしい雰囲気に包まれる。だが、その中でただ一人、避難所の中央に立ち尽くす少年の姿があった。


(ロレンツォ・ヴァルティエル……?あのガイコツの人の名前がそうなのか…?まさか…。)


 少年の中で、記憶の断片が不確かな形で繋がろうとしていた。そして、その表情には決意の色が浮かぶ。金色の髪をなびかせた少年は静かに仲間たちに目配せをし、避難所の外へと歩き出す。


 少年たちが姿を消したことに気づいた者は、そのとき誰一人としていなかった。

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