92話 深い欲望と輝く剣
「今度は俺が時間を稼ぐ!」
俺は叫び、杖を振りかざす。無数の水弾を生成し、白銀の骸骨に向けて次々と放つ。水弾は高圧の勢いで骸骨の身体を叩き続けるが、そのどれもが奴に傷一つつけることすらできない。それでも構わない。俺の目的は、ただの時間稼ぎだ。
(アイツが立ち上がるまで、俺が……!)
白銀の骸骨は水弾を全身で受けながらも、冷酷な笑みを浮かべている。
「無駄だ……すべての攻撃も、すべての行動も、自然の事象さえも我には何の意味もなさん。」
奴が静かに右手を持ち上げると、空間が歪むように魔力が具現化する。俺の放った水弾が奴の魔力に触れた瞬間、それは黒い棘状の塊に変わり、逆に俺を狙って飛んできた。
「しまっ──!」
俺は反射的に身をかわすが、黒い棘は重力を無視して軌道を変え、執拗に追尾してくる。そのうちの一つが俺の右足を捉えた。
「ぐっ……!」
鋭い痛みが太ももを貫き、息が詰まる。だが、直撃の瞬間、黒い塊はさらに形を変え、無数の棘が肉に食い込んだ。
「がぁあっ!」
痛みに歯を食いしばるも、棘が血管や筋肉を縫い付けていく感覚が全身を支配する。ドクドクと血が流れ出し、右足に力が入らない。
(でも……ここで倒れるわけにはいかない……!)
俺は震える手で棘を掴み、一気に引き抜いた。鋭い痛みに意識が遠のきそうになるが、すぐさま魔法で応急処置を施す。止血こそできたものの、俺の治癒のイメージでは完全に治癒するには程遠い。
それでも立ち上がり、杖を再び構えた。
「俺が……止めなきゃ……!」
水弾をさらに増幅し、鋭く高速で放つ。それでも白銀の骸骨は微動だにせず、冷笑を浮かべている。
「愚かだが、執念だけは褒めてやろう。だが、弱者の足掻きは無意味だ。」
奴の赤い眼光が俺を冷たく見据える。その視線に圧倒されそうになるが、俺は歯を食いしばり、杖を振り続ける。
(時間を稼ぐんだ……それだけでいい!)
ふと、瓦礫の山からわずかな気配を感じた。
「……やっぱり……君、強いね。」
か細い声が聞こえると同時に、瓦礫の中から淡い光が漏れ出した。それはガイコツの身体に残された力の輝きだ。
「ガイコツさんっ……!」
俺が叫ぶと、ガイコツがゆっくりと立ち上がった。砕けた鎧はそのままだが、青い眼光が再び宿る。
「少し……休みすぎたかな。」
ガイコツは呟きながら、大剣を引き抜き、一歩ずつ白銀の骸骨に向かって歩みを進める。その姿はまさに不屈の騎士だった。
「時間を稼いでくれてありがとう、カイル君。今度は僕が前に出るよ!」
ガイコツは大剣を構え直し、俺の横を通り過ぎる。その剣先には、これまでにない圧倒的な力が宿っているのを感じた。
白銀の骸骨はカタカタと指を鳴らし、不敵な笑みを浮かべる。
「ふむ……死の淵に立つ程、力を増すか。我と似て非なる存在だな。」
奴は再び黒い魔力を具現化し、無数の黒い棘を形成する。しかし、ガイコツは鋭い声を上げた。
「させないよ!」
大剣を振り下ろすと、剣先から放たれた光が黒い棘を弾き飛ばす。その隙をついて、俺も全ての魔力を注ぎ込んだ一撃を放つ。俺の魔法はガイコツの剣と融合し、さらに強大な力を宿して白銀の骸骨を貫いた。
「ふっ……見事な攻撃だ。」
奴の身体に初めて傷が入り、骨が砕け散る。しかし、砕けた骨の欠片がゆっくりと浮かび上がり、黒い魔力に包まれて再生し始めた。
「だが、これで終わりではない。それでもまだ、我には程遠い。」
奴の身体からさらに強烈な魔力が放たれ、空気が震える。
(まだ終わらない……か。)
俺とガイコツは再び構えを取り、次なる攻撃に備えた。白銀の骸骨の赤い眼光が、不気味な輝きを放ちながら俺たちを見据えている。
「…しかし、我も自我を得たばかりとはいえ、まさかこの身に傷が入るとは思わなんだ…貴様、もしやその大剣、神器ではないか?」
白銀の骸骨はガイコツの持つ大剣を鋭い視線で見据えながら呟く。
「神器…?これが?」
俺もガイコツの大剣を横目で見るが、到底神器とは思えないほど傷が入っており、ボロボロだ。刃の表面は錆びつき、いくつものヒビが走り、まるで長い年月を耐え抜いてきたかのような姿だった。
「…っ」
ガイコツは何かを言いかけて口をつぐむ。分が悪そうに目を逸らしながらも、大剣を握る手に力を込める。
「もしそれが神器ならば…我に渡すがいい。貴様では扱い切れていないだろう。」
白銀の骸骨は赤い眼光をさらに輝かせながら手を差し出した。その表情は先ほどまでの冷淡な態度とは異なり、狂気的なまでの欲望が滲み出ている。
「誰が渡すもんか…!」
ガイコツは一歩前に出て、大剣を振りかざす。
白銀の骸骨は不気味に笑う。その骨の口元が大きく裂け、笑みとともに漏れる声は耳障りなほどに歪んでいた。
「フフフ…その意気が果たしていつまで続くかな。」
白銀の骸骨の身体がゆっくりと揺らめき、その周囲に濃密な魔力が漂い始める。空間が波打つように歪み、黒い魔力の塊が無数に浮かび上がった。その塊は不規則に動きながら、まるでこちらを狙いすましているかのようだ。
「今から始まるのは、ただの殺戮だ…!」
塊が急激に収束し、次の瞬間、雷鳴のような轟音とともに放たれた。それはあまりにも速く、正確で、容赦のない攻撃だった。
「くっ!」
俺は咄嗟に防御の魔法を展開するが、黒い塊の一撃で簡単に砕け散る。その衝撃で後ろに吹き飛ばされ、何とか立ち上がろうとしたが、周囲を覆う殺気が動きを鈍らせる。
ガイコツも大剣を振るって防御するが、その度に体勢を崩される。防御の隙間を突くように黒い塊が降り注ぎ、次第に俺たちは追い詰められていった。
「くそっ…このままじゃ…!」
再び攻撃を試みるが、奴の猛攻はその隙すらも与えない。徐々に防御が崩れ、俺とガイコツの息が上がる。
「この程度か…」
白銀の骸骨が嘲笑を浮かべながらこちらを見下ろす。その圧倒的な威圧感に押されそうになりながらも、俺は杖を握り直す。
(負けるわけにはいかない…!)
だが、限界は近かった。俺たちは一歩ずつ後退し、ついには背後に瓦礫の山を背負う形になった。追い詰められた状況に焦燥感が募る。
その時、瓦礫の山の中から微かな光が漏れ出した。
「……あれは?」
俺が目を凝らすと、光は徐々に強さを増し、その中心から新たな気配が感じられるようになった。
「――僕たちも手伝います!」
かすれた声が光の中から響く。その声を聞いて、俺とガイコツは同時に目を見開いた。
「あれは…!」
金色に輝く髪をなびかせ、白く輝く剣を掲げながら光の中から現れたのは――。




