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89話 最恐の死者と最強の死者

 白銀の骸骨――その光り輝く骸骨は、この世界のものとは到底思えないほど美しく、不気味な威圧感を放っていた。全身を覆う漆黒のローブは白銀の輝きを更に助長させ、その手に握られた魔力で創られた鎌は禍々しいオーラを放っている。


 俺と白銀の骸骨の間に訪れた一瞬の静寂。それは嵐の前のような不気味な静けさだった。


「……来る。」


 冷や汗が頬を伝う。俺は杖を強く握りしめ、全身に魔力を循環させた。緊張で震える足を必死に押さえ込む。逃げ出したい衝動が脳裏をよぎるたびに、自分に言い聞かせた。


(逃げるわけにはいかない…!)


 奴の眼窩の奥で、赤い光が不気味に揺らめく。それを見た瞬間、時間が一気に動き出した。


 奴が一歩前に踏み出しただけで、大気が重く押しつぶされるような感覚に襲われた。その圧力に耐え切れず、思わず息を呑む。


「っ!」


 次の瞬間、白銀の骸骨の鎌が閃いた。俺の視界が真っ白に染まり、間髪入れずに空気が裂ける音が耳を刺す。


「くっっ!」


 咄嗟に身体を横に飛ばし、辛うじて回避する。骸骨の鎌が地面を切り裂き、床石が砕け散る。周囲に飛び散る瓦礫が肌を掠めた。


「速すぎる…!」


 その動きは重厚な外見からは想像もできないほど鋭く、俺の反応をあざ笑うようだった。


「くらえ!」


 俺は素早く杖を振り上げ、大気中の魔力を凝縮させて雷撃の魔法を放った。青白い光が弾丸のように奴の輝く身体へと飛び、雷鳴の音が響く。


「――っ!?」


 だが、俺の目の前でその光は何事もなかったかのように消えた。奴の身体に触れた瞬間、雷撃が無力化されたのだ。


「効いてない…!?」


 目を見開く俺を嘲笑うように、白銀の骸骨はゆっくりと歩み寄る。その姿はまるで勝敗を確信しているかのようだった。


「なら…これならどうだ!」


 俺は再び杖を振り、魔法を唱えた。膨れ上がる炎が骸骨を包み込むように襲いかかる。熱風が周囲に広がり、空気が焼け焦げる匂いが鼻を突いた。


 だが――


「まじかよ…」


 炎の中から現れた光輝くその存在は、身体に一片の傷もないまま立ち尽くしていた。その赤い光の瞳が俺を射抜く。


「…どうして効かない!?」


 俺は息を切らしながら後退した。杖を握る手が汗で滑り、全身が震えている。


 奴は歩みを止めることなく、静かに俺との距離を詰めてくる。その一歩一歩が、死を告げる鐘の音のように感じられた。


「……くそっ、何か…何か弱点があるはずだ!」


 俺は頭の中でありとあらゆる魔法を思い浮かべた。けれど、どれも効く気がしない。目の前の存在が、常識の外にあることを痛感する。


「……逃げっ。」


 自分の口から漏れかけた言葉に、ハッとする。それでも恐怖は止められない。足が震え、呼吸が浅くなる。


 そんな弱気な自分を必死に否定する。震える手を無理やり握りしめ、杖を構える。


「まだだ……まだ終わってない!」


 俺は渾身の力を振り絞り、全身の魔力を杖に集めた。


焔光(フレア・レイ)!」


 強烈な光が杖の先から放たれ、光線となって骸骨を貫かんと飛んでいく。空間が震え、眩い閃光が辺りを照らす。


 だが――。


 光が消えたあと、奴はただ静かに立っていた。無傷のまま、俺を見つめている。その瞳の赤い光が、より強く揺らめいているように見えた。


「そんな……」


 膝が崩れ落ちる。すべての攻撃が無効化され、俺の中で残っていた希望が完全に砕かれた。


 奴が鎌をゆっくりと持ち上げる。


「まだ……まだだ……!」


 自分に言い聞かせても、身体が動かない。頭の中が真っ白になる。俺は死ぬのか。ここで――


 その瞬間、赤い瞳が俺を覆い尽くすように光り輝いた。


 動けない。


 どれだけ動けと心の中で叫んでも、俺の身体はまるで凍りついたかのように言うことを聞かない。指一本、眉一つ動かすことすらできない。


 目の前には白銀に輝く骸骨。その瞳の奥で揺れる赤い光が、俺の意識を侵食するように揺らめいている。


「く…っ!」


 必死に抗おうとするが、心臓に激しい痛みが走る。


 初めてこの骸骨と相対したときと同じだ。いや、それ以上の激痛だ。まるで内側から心臓が握りつぶされるような感覚に、俺は膝を突き、その場に倒れ込んだ。


 視界が揺れ、思考が痛みに押し流される。ただただ呻き声を漏らすことしかできない。


 白銀の骸骨は、振り上げた鎌を固定したまま、ゆっくりと俺に近づいてくる。その動きは無駄がなく、凛然としている。まるでこの世の終焉そのものが形を成したかのようだった。


 ――俺は、ここで死ぬのか?


 心臓の痛みが身体を支配し、まともに考えることすらできない。それでも、意識の奥底で「死」という言葉が何度も浮かび上がる。


 奴の鎌が振り下ろされる瞬間を、俺はただ待つことしかできないのか。


 近づいてきた骸骨は、振り上げた鎌を静止させたまま、俺の前で立ち止まった。


 そして――初めてその存在が声を発した。


「……何故、我の前に二度も現れる?」


 それは不気味な声だった。低音と高音、そして無機質な声が何重にも重なり合ったような音。その声は、耳だけでなく、頭の中全体に響き渡るようだった。


 俺は苦しみながらも、奴の問いに答えようと必死に口を動かした。


「くっ…!俺はっ!」


 言葉を絞り出すたびに心臓の痛みが増し、息をするのも辛い。それでも、口を閉ざすわけにはいかなかった。


「俺は……強くなるんだ……この世界の誰よりも強くなって……『最強』になって……アイツの夢を、叶えるんだ!」


 俺の言葉に、骸骨は一瞬だけ動きを止めた。その赤い瞳がわずかに揺らめく。


 しかし、次の瞬間、奴の身体が以前にも増して強烈な光を放つ。その輝きは眩しすぎて、目を閉じなければ耐えられないほどだ。


「ならば、その夢、叶うことはない……」


 その声は、確信と共に俺に告げる。


「なぜなら、我こそが――『最恐』だからだ。」


 光と共に振り上げられていた鎌が、いよいよ振り下ろされる。


「くそっ……!」


 俺は身体を動かそうと必死に力を込めたが、まったく動かない。魔法で水の盾を何重にも生成し、必死に防御するが、その鎌の前では無意味だった。


 盾が触れた瞬間、まるで泡のように弾け、消え失せる。


「これで終わりか……」


 鎌が俺の身体に到達しようとする――そのときだった。


「――っ!」


 目の前に、一つの影が立ちはだかった。その影は巨大な剣を振るい、迫り来る鎌を容易に弾き飛ばした。


 鎌は白銀の骸骨の手から離れ、地面に突き刺さると純粋な魔力となって消散する。

 俺は痛む心臓を押さえながら、顔を上げた。その姿を見た瞬間、驚きの声を漏らす。


「あ、あなたは……!?」


 そこに立っていたのは、黒いローブを羽織り、見覚えのある骨格を携えた――『ガイコツ』だった。


 その目には青い光が宿り、静かに俺と白銀の骸骨の間に立ちはだかっていた――まるで、『死』そのものに抗う意志を持つかのように。

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