85話 浄化の水
俺は亡霊の破片を持ったまま、立ち尽くしていた。粉々になったにもかかわらず未だ生命力を感じさせ、脈打つ奇妙な骨。これをどうするべきか考えるが、何も浮かばない。
骨に浮かび上がる文様は広場の中心に大きく描かれている文様と同じだ。
(何か関係があるのか……?)
疑問は浮かぶが、答えが見つからない。とりあえず地面の文様を消してみることにした。
文様は白い塗料で塗られ、薄く光を放っている。魔法で鋭利な土を形成し、塗料を削ると、光は輝きを失った。
「これでどうにかなるといいけど……」
呟きながら掌の骨を見る。しかし骨の不気味な光は収まらず、脈も打ち続けている。
これ以上ここで時間を使うわけにはいかない。俺は持っていた骨をその場に捨て、スキンヘッドの男が走り去った方へ向き直る。だがその瞬間、男が逃げた先から悲鳴が聞こえた。
「なんだ?」
絶叫とともに轟音が広場に響き渡る。目を凝らすと、土煙とともにスキンヘッドの男がこちらに戻ってくる。
「うあぁああああ!!」
男が叫びながら、背後には優に百を超える亡霊たちが続いている。
その姿は俺が倒した亡霊とは異なり、骨は黒く染まり、赤く光る瞳が浮かんでいる。
亡霊たちは男を囲み、笑い声のような音を立てた。男は涙を浮かべて俺に手を伸ばし叫ぶ。
「お前かぁ!!封印を解いたのは!!お前のせいで、この国はもうおしまいだ!はははっは!!」
狂ったように笑う男は亡霊たちに取り込まれていった。俺はその異様な光景に震える。次の瞬間、男を取り込んだ亡霊たちは一斉に俺を見た。
「……くっ!」
一斉に襲いかかってくる亡霊たち。
俺は魔法を放ち、固まり行動する亡霊たちを分断させながら男が来た方向へ走る。
「奴がこっちに逃げたのなら出口があるはずだ!」
そう信じるしかなかった。
しかし、設置されている扉はどれも偽物で、出口へは続いていない。そして、ついに俺は行き止まりに追い詰められた。
残る扉は一つ。これが出口に繋がっていなければ……。
俺は震える手でその扉を開け、中に飛び込む。しかし、そこは簡素な作りの部屋で何もない。
「詰みか……」
言葉に力が入らない。
目の前が真っ暗になる。
追い詰められた――もうダメだ。胸の奥が冷たく沈む感覚に襲われる。
だが、目を伏せた先に、机の上の一冊の本が目に入った。それはどこか禍々しく、青い光を帯びているようだった。俺はふらつきながら本を手に取り、ページを開いた。
「これは……」
脳に何かが刻まれるような感覚と猛烈な吐き気が俺を襲う。
「う……!」
俺はその場で吐きながら、記憶の奥底から浮かぶ一つの光景を思い出した。
――かつて、エルドリックの家で見た禁忌の魔導書『赤の魔導書』。
記された魔法を瞬時に扱えるが、代償に『魂の寿命』を削られるという恐ろしい書物。そして、その話の中でエルドリックが語っていた他の魔導書についても。
禁忌の魔導書は、現在までに4種発見されている。それぞれ『赤の魔導書』『青の魔導書』『緑の魔導書』『黄の魔導書』と呼ばれ、四大元素を象徴する力を秘めている。
赤の魔導書は『永遠の炎』を操る力を持つ。その炎は一度灯ると決して消えず、対象を完全に焼き尽くすまで燃え続ける。
緑の魔導書は『自然』を司る。その力は環境そのものを破壊し、地形をも一変させる災害を引き起こす。
黄の魔導書は『大地の創造と破壊』を操る。新たな大地を生み出し、既存の大地を破壊するその力は、まさに神々の領域と呼べるものだった。
そして、青の魔導書は『浄化の水』を生み出す力を秘めている。どんな呪いや穢れも洗い流し、純粋な形へと還元する奇跡の水だ。
「浄化の水なら……あるいは……」
亡霊たちを思い浮かべる。死してなおこの世に縛り付けられている彼らを、この魔導書の力で解放できるかもしれない。
「……やるしかない」
俺は覚悟を決め、扉を魔法と部屋の家具で封じる。亡霊たちが扉を叩きつける轟音が響く中、本を開き内容を読み進めた。吐き気と頭痛で意識が朦朧としながらも、俺は14ページ目にたどり着く。
その瞬間、扉が破壊され、亡霊たちが怒涛の勢いで押し寄せてきた。俺は立ち上がり、杖を構えた。
「さあ、来い!」
迫りくる亡霊たち。俺は深く息を吸い込み、魔法のイメージを脳裏に描く。
『暖かさ』――それがこの魔法の本質だ。
俺はこれまでの旅の中で感じてきた無数の暖かさを思い出した。ボーダの街でゴームとディアから受けた優しいぬくもり。デイヴスの街で知った、仲間を信頼し、信頼されることの暖かさ。すべてが、俺の胸の中で一つの光となる。
「俺は…一人じゃない!」
瞳を開け、迫り来る亡霊たちを見据える。そして頭に浮かんだ言葉を力強く叫んだ。
「無尽恩光!」
杖から青白い光を帯びた水の波が渦を巻いて広がる。
その波は生きているかのように亡霊たちを包み込み、触れた瞬間に彼らの骨は砕け、赤く光る瞳が消えていく。
だが、不思議なことに彼らの表情は苦痛ではなく、どこか安堵を浮かべているようだった。
「ありがとう……」
かすかに聞こえた声が波に消えていく。残った亡霊たちはその場に立ち尽くし、やがて一斉に部屋から逃げていった。
終わった。俺は杖を下ろし、その場に膝をついて肩で息をする。
「た……助かったぁ……」
俺は安堵の息を吐きながら地面に倒れこむ。
しかしまだ亡霊は半分も残っている。まだ全てが解決したわけではない。
「…まだ終わってない。」
俺はすぐに立ち上があり、逃げた亡霊たちの下へと足を進めた。




