80話 彷徨う亡霊
「まずね、僕が生きてる理由はね…わかんないんだ!!」
胸を張って声高らかに言う骸骨に、俺は呆れを通り越して、もうどうでもよくなった。
「はぁ…もういいです。俺、用事があるので。それじゃ。」
俺が骸骨の横を通り過ぎようとすると、骸骨が骨だけの手で俺の服の裾を掴んだ。
「待って!待ってよぉ~!!話、聞いてよぉ~!」
無視して歩こうとするが、ズルズルと骨を地面に擦りながら骸骨はついてくる。仕方なく溜息をつきながら言った。
「はぁ…なら、歩きながら話してください。」
そう言うと、骸骨は嬉しそうに骨だけの口を大きく開き、また話し始めた。
「じゃあね、僕が分かることを話すよ!実はね、僕は大昔にこの国に仕えてた兵士なんだ!もう100年くらい前かな?国王様に命じられて、この『隠し通路』を守ってたんだ!でもさ、そこに監禁していたはずの罪人が脱走しちゃって、僕を含めてここを守ってた兵士たちは全員殺されちゃったんだよね。そんでさ、50年くらい前に『不思議な力』で僕は生き返ったんだ!」
「それで?」
「それからね、僕はここに偶然来る人たちを驚かすために全神経を注ぐことになったんだ!」
骸骨は親指を立てて、「グ~ッド!」と言いながら自慢げなポーズを取る。
「……何がグッドなんですか。」
俺は呆れながらも、なんとなくこの骸骨を面白いと思ってしまった自分に気づいた。こんな奴でも話していれば、少しは緊張も和らぐ。
「それで? それで?次は君のことを教えてよ!」
骸骨は骨だけの口を大きく開き、目もないくせにこちらをじっと見つめるような仕草をする。
「俺はカイルって言います。訳あってここに落ちてしまったんですが、出口とか知ってますか?」
「カイル君!いい名前じゃないかぁ!名付けたのはお父さん?それともお母さん?あ!まさかの、おばあちゃんとかかな?」
「母親です。それより出口は……」
「ねぇねぇ、母親ってどんな人?優しい?厳しい?料理は上手?それともあんまり?」
「出口の話をしてください。」
「ええ~、そんな冷たい態度だと、僕、悲しいなぁ~。」
「出口は!?」
俺は強引に話を遮るように言い放つと、骸骨は肩をすくめるような動きをして「仕方ないなぁ~」と前を先導し始めた。
「カイル君ってば、全然可愛くないんだから。まぁ、案内してあげるよ。感謝してね!」
薄暗い廊下を進む骸骨の背中を追いながら、俺は少し言い過ぎたかと反省したが、まぁどうでもいいかと割り切った。
俺たちが廊下を歩いていると、遠くの方から何かを引きずるような音が再び響いてきた。
「……!またこの音か!」
俺は杖を握りしめ、警戒を強める。しかし骸骨は何かを察したのか、慌てた様子で近くの錆びた扉を見つけると、それを強引に開けて中を指差した。
「ここ!ここに隠れて!」
「なんで隠れるんですか!」
「いいから早く!」
骸骨は地面に骨を滑らせながら手招きを続ける。俺は困惑しつつも仕方なく従い、その扉の中へと足を踏み入れた。
部屋の中に入ると、骸骨は勢いよく扉を閉めた。その音が廊下の静寂に重く響き、息をつく間もなく骸骨が緊張した声で話しかけてきた。
「静かにして…ここは本当に危ないんだ。」
「一体どうしたんですか?さっきの音と何か関係が?」
俺が問いかけると、骸骨はふざけた調子を一変させ、真剣な表情…いや、真剣な雰囲気を漂わせた。
「あの音の正体は『亡霊』だよ。僕と同じく長い年月をかけて甦った存在…でも僕みたいにちゃんとした意思はないんだ。」
骸骨はその場でうろうろと歩き回り、焦るように骨の指で頭を掻きむしる動作をした。
「亡霊?どういうことですか?あなたさっき、自分しか生き返らなかったって…」
俺が疑問を投げかけると、骸骨は口元に指を置き、俺に静かにするように指示した。次の瞬間、扉の向こうから異様な音が響いてきた。
ズル…ズル…。
何かが床を引きずるような音に混じり、重い足音が鈍く響く。扉を挟んで、すぐそこに何かがいる。
骸骨は扉に耳を押し当て、低く囁いた。
「今、扉の前にいる…動かないでね。」
俺は息を殺し、耳を澄ませた。心臓が嫌なほど早く鳴り響く中、ズルズルという音が徐々に近づいてくる。時折、キリキリと金属が擦れる音が混ざり、何かが硬いものを引きずっているのは明らかだった。
(これが…亡霊?)
不安が募る中、骸骨は片手を上げて静止のジェスチャーをした。やがて音は扉のすぐ前で止まり、微かなうめき声が聞こえた。濁った声が低く響き渡り、その不気味さに背筋が凍る。
しばらくの間、音は動かなかったが、やがて引きずる音が再び遠ざかっていく。骸骨は安堵のため息をつき、扉に顔を近づけて外を確認すると、俺を手招きした。
「ふぅ…もう大丈夫だよ。」
俺は骸骨に促されて廊下へと戻ったが、先ほどの音の正体が気になって仕方がなかった。
「さっきのは一体なんだったんですか?」
「『亡霊』だよ。完全には生き返れなかった死者さ。僕と違って、意思や記憶が残らなかったんだ。ただの…殺戮者だよ。」
骸骨の声には珍しく感情がこもっており、その不気味な響きが耳に残った。
「侵入者を見つけると殺す。それが『亡霊』の役割なんだ。だけど、僕みたいに話すこともできないし、視界に入らなければ何もしないんだ。だから、さっきみたいに気配を消せば大丈夫!」
骸骨は突然明るい声に戻り、肋骨を誇らしげに叩く。
「それよりさ、早く出口に行こう!こんな暗いところ、ずっといたくないでしょ?」
その軽い口調に一瞬拍子抜けしたが、亡霊の恐怖は未だ俺の胸に残っていた。歩き始めると、骸骨は再びいつものおしゃべりな性格に戻った。
「ねぇ、カイル君。さっきの亡霊、怖かった?怖かったよねぇ?でもさ、僕がいたから大丈夫だったでしょ?感謝していいんだよ?」
「はいはい。分かりましたよ。」
「ええー!本気で感謝してないじゃん!カイル君って素直じゃないねぇ!」
骸骨がどこか楽しそうに骨を鳴らしながら笑うのを聞き流しつつ、俺たちは薄暗い廊下を歩き続けた。
数分後、一本の長い階段が視界に入った。
「ここが出口ですか?」
「その通り!この階段を登れば、王宮の裏手に出るはずだよ!」
「王宮!?盗賊団のアジトじゃないんですか!」
俺は頭を抱えて考え込んだ。今から地上の隠し階段に戻っても時間がかかりすぎる。仕方ない、王宮に盗賊団の計画だけでも伝えるか。
「ここまでありがとうございました。それじゃあ俺は行きます。」
俺が階段を登ろうとすると、骸骨が慌てて手を伸ばしてきた。
「待って!待ってよ!」
「何ですか?」
「手伝えることはない?僕にも何かさせてよ!こんな僕だけど役に立てること、あるかも!」
真剣な声色に、俺は少し戸惑った。
ここまで連れてきてくれた骸骨には感謝しているがまだこいつには謎が多すぎる。信用しきれない。
すると骸骨がポツリと呟く。
「僕…嬉しかったんだ、こんな骸骨になった僕を見ても逃げずに話しかけてきてくれた君に出会えて。だから!僕は君の役に立ちたい、カイル君を手伝わせて!」
そういう骸骨は今までのふざけた雰囲気ではなく、まるで何か決意や覚悟を固めた様子だった。
俺はその覚悟にかけてみることした。
「分かりました…それじゃあ、盗賊団が一体王宮で何をするのか情報を集めてきてください。俺は王宮に知らせに行きます!」
「任せて!すぐに戻ってくるから!」
骸骨は骨を鳴らしながら闇の中へと消えていった。その背を見送る暇もなく、俺は急いで階段を登り始めた。




